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ヤマハ発動機株式会社

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世界GPの最高峰・500cc初制覇

1955〜80年代のレース活動をテーマに沿ってご紹介します。

2009企画展 Vol.1
頂点をめざして YAMAHA Motorcycle Racing History - since1955・前期

“2ストロークのヤマハ”を決定づけた世界GPの最高峰・500cc初制覇
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1969年以降、市販レーサーの開発・販売を通じて世界GPと関わり続けたヤマハ発動機は、'70年代に入り、ファクトリー活動再開の意志を固めつつあった。しかもそれは、かつて栄光をつかんだ125cc、250ccクラスへの“復帰”ではない、最高峰GP500の頂点をめざす新たな挑戦だった。
一方その頃、FIMでフォーミュラ750というカテゴリー新設の動きがあり、ヤマハ発動機はアメリカで人気のデイトナ200マイルレースにも使える大排気量マシンの開発をスタートさせた。最初のGP500レーサーYZR500(0W20)は、そのYZR700(0W19)と同時開発されたマシンである。
1973年、新体制でGPに挑んだライダーは、'72年世界GP250チャンピオン、ヤーノ・サーリネンと'71年全日本チャンピオン(251cc以上)の金谷秀夫。ともに'45年生まれの2人は開幕戦から表彰台を競い合う快進撃を見せたが、第4戦イタリアGPの思わぬ事故でサーリネンを喪い、そのシーズンに幕を下ろした。
そして翌年、再出発を期すヤマハチームは、歴戦の王者ジャコモ・アゴスチーニを獲得。GP500ライダータイトルこそ逃したものの、初めて同クラスメーカーチャンピオンとなった。さらに、そのシーズン途中からニューマシンYZR500(0W23)を投入して熟成を進め、'75年、アゴスチーニとともにライダー/メーカーの2タイトルを制した。


<ブース展示車両>

1974 YZR500(0W20) [ロードレーサー]
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1973年から世界GP500に参戦したヤマハ発動機初の500ccファクトリーマシン。TD-3の250cc・2気筒エンジンを2機繋ぎ合わせる発想で500cc・並列4気筒とし、ピストンリードバルブ吸気の採用、水冷化などによって優れた動力性能を実現。車体にはクロームモリブデン鋼管ダブルクレードルフレーム、前後ディスクブレーキを採用。'73年の開幕戦フランスGPでデビューウィン(ヤーノ・サーリネン)を飾った。展示車は、モノクロスサスペンションを装備した'74年型の0W20・後期モデル。

● Engine: 2-stroke, liquid-cooled, in-line 4-cylinder, 494cm3 ● Transmission: 6-speed
● Max. output: over 58.8kW (80PS)/10,000r/min

1975 YZR500(0W23) [ロードレーサー]
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0W20から脱し、世界GP500専用に全面新設計したファクトリーマシン。エンジン、車体とも大幅な軽量・小型化が図られ、セッティング時間を短縮するカセット式ミッションや段付きテーパーマフラーなども盛り込まれた。1974年ベルギーGPでデビューし、熟成を進めた'75年には、メーカー/ライダー(ジャコモ・アゴスチーニ)の両チャンピオンを獲得。またオーストリアGPでは、金谷秀夫が日本人初の500ccクラス優勝を果たした。

● Engine: 2-stroke, liquid-cooled, in-line 4-cylinder, 499cm3 ● Transmission: 6-speed
● Max. output: over 66.2kW (90PS)/10,500r/min

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