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ヤマハ発動機株式会社

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第1回

ホルヘ・ロレンソ選手のコラムです。

ホルヘ・ロレンソコラム

ヤマハも僕も、一歩前へ!

2010.04.06掲載


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 皆さんもご存じの通り、2009年最終戦のバレンシアから今まで、本当にたくさんのことがあった長いシーズンオフだった。この期間は、大きく四つのイベントに分割できると思うんだ。MotoGPのプレシーズンテストと、宣伝活動のための東南アジア訪問、ジムでのトレーニング。そして……、手術だよ!

 実際のところ、僕のシーズンオフは、昨年11月に行った古傷の左鎖骨手術とともに始まったといってもいい。どちらかと言えば簡単な手術で、2週間もすると回復して僕はバンコクへと向かった。タイヤマハの工場を午前中に見学し、午後には首都にある最重要ディーラー、ヤマハライダーズクラブを訪問した。

 工場では、社長の永島さんとCOO(最高執行責任者)のPraphan Phornthanavasitさんの歓待を受け、各部署に案内をしていただいた。そこでは3,000名以上の人々が働いていて、主に同国の大ヒット製品である115ccのFinoの製産に従事している。工場の人たちとの写真撮影でカメラに向かってポーズを取っているとき、「次のナンバーワンは、あなただね」と永島さんは話しかけてきた。うれしいことをいってくれる人だね。

 午後は地元メディアとのインタビューを行ってから、ツナギを着用してフィアットヤマハカラーに塗装したYZF-R1に試乗した。カウル正面には、僕の番号99も表示されていたんだ。800人の観衆は熱狂的で、バーンナウトをするとさらに大きく盛り上がった。こういったイベントがひんぱんには行われないバンコクのような街で、こんなにたくさんの人たちのハッピーな表情を見ることができるのは、本当に素晴らしいことだと思う。この国では二輪ロードレースはメジャースポーツではないようだけれども、二輪産業がビジネスとして非常に重要であることは間違いないようだね。

 翌日はインドネシアへ向かった。ここでの行事は、ジャカルタで同国の3,000ものディーラーを前に、ジュピターZの発表。イベント会場に5,700名の関係者が詰めかけた様子は、圧巻だった。会場を占める人々の笑みを誘おうと、僕はインドネシア語で挨拶をしてみた。"Yamaha, Semakin di depan"と言ったんだけど、これはインドネシア語で「ヤマハ、一歩前に出よう」という意味なんだ。これは、ヤマハインドネシアのスローガンで、今シーズンの僕とバレンティーノのバイクにもステッカーが貼られることになっている。イベントは大盛り上がりだった。僕の知る限りこの盛況と比較できるのは、ラスベガスのショーくらいのものだね! 皆が僕に向かって声援をかけてくれたときには、鳥肌が立ったよ。そうそう、ヤマハが主催するアセアンカップ最終戦の見学に、セントゥルの国際カートサーキットにも行ったよ。開会のスピーチをして、数周のデモランも披露した。それから、インドネシアの超有名コメディアン、コメンと一緒にテレビCFを撮影して、その後にバリで休日を過ごしたんだ。

 クリスマス前にはヨーロッパへ戻り、まずはイタリアのボローニャでダイネーゼの発表会に参加し、その翌日に、同社の新規ストアオープンでミュンヘンへ向かった。この店舗はオリンピックスタジアムのすぐ近くで、雪が降る寒さの中、サインと写真を求めて400名もの人たちが行列に並んでくれたんだ。現地は驚くくらいの寒さだったけど、ドイツのファンの人々のモータースポーツに対する敬意と愛を目の当たりにした気がして、心を打たれる思いがした。

 そしてようやくクリスマス休暇に入ったわけだけれども、僕の場合「休暇」という言葉はジムでのトレーニングと同じ意味なんだよ! マネージャーのマルコス・ヒルシュやトレーナーとたくさんのメニューを消化した。トレーニングには、新しいマーシャルアーツも組み込んだ。コースでさらに1/10秒程度を削ってゆくための新しい項目が増えると、トレーニングにもさらに熱が入るよ。水泳にも取り組んでいるんだ。水泳は全身を使う激しい競技だし、苦しい息の中で効率的な呼吸方法を習得する役にたつんだ。

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 その結果、2010年最初のセパンテストにはいい体調で臨むことができた。でも、初日はリズムを掴むのに少し苦労した。とはいっても、それほど大きな問題じゃない。しばらくの間バイクに乗っていなかったから、ちょっとぎくしゃくしたってだけのことさ。初日に乗り込んで、2日目にはずっといい感じになった。最終的には、バレンティーノとケーシー・ストーナーに続く3番手でテストを終えた。ヤマハは従来のマシンの長所を残しながらさらに改善を施してきた、という印象だったな。シャシーとエンジンをほどよく改良してくれたおかげで走行ペースも良くなったし、僕は自信を深めてハッピーな気持ちでマレーシアを後にすることができた。
 クアラルンプールからは、バレンティーノと一緒にバンコクへ飛び、タイヤマハの宣伝活動に2日間従事した。ヤマハライダースクラブの人たちと合流して、タイのナイトショー番組に出演し、新車Mio125の発表会では10,000人のファンの方々と交流した。楽しい旅だったよ。

 バンコクからバルセロナへ戻り、モンメロ近くの練習コースでモトクロスのトレーニングをしている際に手を怪我してしまったことは、すでに皆さんもご存じだと思う。時速30km/h程度の低速コーナーで転倒し、強打した右手を負傷してしまったんだ。即座にカタルーニャ・カピオ総合病院へ搬送されて、第一中手骨底骨折が判明した。第一中手骨、というのは、親指の付け根にある骨のことなんだ。アウグスト・J・カサノバス医師が、骨折部位に小さなチタンプレートを挿入する手術を執刀してくれた。4〜6週間動かさないように固定しておかなくてはならない、と言われたんだけど、これはつまり、カタールテストまで走れない、次のセパンテストは見送らなければならない、ってことだ。

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 これにはがっかりしたけれども、事態はもっと悪くなっていたことも考えられる。でも、僕たちは前回のセパンですでにバイクのパフォーマンスを確認して10月のレースに向けた情報も収集している。2回目のマレーシアテストを欠席するとしても、インドネシアでの業務には是非とも参加したかったので、僕は東南アジアへ向けて出発した。まず最初に出席したのは、花の都バンドンでの"Yamaha, Semakin di depan"発表会の記者会見だ。ここでも暖かい歓迎を受けて、詰めかけてくれた何百人ものファンにサインを提供した。バンドンの次は、インドネシアの伝統的工芸品バティック(ジャワ更紗)で有名な都市ジョグジャカルタへ移動し、ヤマハ顧客の方々とお会いして市内最大のショッピングモールで行われた宣伝活動に出席した。

 治療の休養期間中には、マヨルカの実家にも行った。父の新しいプロジェクトである、6歳から13歳までの子供たちが参加するシリーズ戦<リーガ・ソシアル・インテレスクエラス>を手伝ったんだ。子供たちは、マヨルカのロレンソ・コンペティシオン・スクールか、バレンシアのKSBスポーツスクールのいずれかに所属しており、3戦はマヨルカ、3戦はバレンシアで開催という計6戦のシリーズで、チーム対抗戦を行う。開幕戦では4.2bhp(制動馬力)と6.2bhpというふたつのカテゴリーでバレンシアが勝ち、15bhpのクラスではマヨルカが勝った。次戦は4月3日に、パテルナで開催されるんだ。

 父のアイディアを多くの人々が支持してくれていることを目の当たりにして、僕はとてもうれしく思った。1,000人近くの人たちが、バイクで楽しむ我が子の応援に駆けつけてくれたんだ。上質のサーキットを建築したという事実にも、本当に驚かされた。このような事柄を通じて、自分の故郷で二輪レースが支えられていると思うと、本当に誇らしく感じる。チームワークの大切さを子供たちに教えるという意味でも、この父のアイディアは、素晴らしいことだと思うんだ。個人競技では、全員で協力することの大切さは見過ごされがちだからね。

 カタールテストに先立つ月曜には、医者がテスト参加のOKを出してくれた。バイクに乗っても大丈夫とは言われたものの、たとえ腫れがひいていても骨折した箇所周辺の筋肉が元に戻るまで理学療法は続けなければならない、という話だった。骨折してから5週間も経っていないのに、カタールのテストを見送らずにすんだのはありがたいことだ。開幕戦まであまり時間もないのだから、参加できて本当によかったよ! 骨折部位を保護するために医師はカーボンファイバー製の補助具を作ってくれて、ダイネーゼがそれをグローブに装着してくれた。

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 バイクに乗れて本当にホッとしたし、ナイトテスト初日にコースへ出て行ったとき、手の状態は思っていたよりもずっと良かった。数日前と比べると痛みはだいぶ軽くなってきていたので、周回数も重ねることができた。切り返しの際にはスペシャルグローブがとても助かったけれども、ハードブレーキングを要する場所では、負傷箇所である親指まわりの筋肉がハンドルバーに押しつけられてしまうので、なかなか厄介だった。この問題は2日目にさらに悪化して、腫れを冷やすためにアイシングを施さなければならないような状態だった。でも、レースまでには手の状態はだいぶ良くなると思うんだ。このテストで僕が6番手タイムで終えたという事実を見れば、ヤマハのバイクの仕上がりが素晴らしいことはわかってもらえると思う。ヤマハの選手全員が上々のパフォーマンスを見せていることからも、それは明らかだよね。

 僕たちは、できることはすべてやってきた。開幕戦のカタールでは、それがきっと力を発揮してくれると思う。僕は今、手の治療に専念しているので、開幕戦までにはかなりよくなっていると思う。開幕後はシーズンオフ以上の幸運に恵まれますように、と願っているんだ。

 "Yamaha, Semakin di depan"(一歩前へ!)

ホルヘ#99


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