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ヤマハ発動機株式会社

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特別対談・引退記念 「友情のスクラムワーク」

2007年度に引退した中越将通選手と米倉隆之選手の対談をお届けします。

特別対談・引退記念 「友情のスクラムワーク」
2007年度で引退の中越将通選手と、米倉隆之選手。2人の特別対談をお届けします。
最近のプライベートからラグビーのことまで本音トークで語ります。


第1部「スクラムは積み重ね」
――まずは最近の生活を教えてください
中越 朝はまずビリーズブートキャンプを30分することからスタート。ダイエットのためですが、朝飯が美味くて美味くて(笑)。それから会社に行って、現在は海外駐在のための研修を受けています。
米倉 えっー、ゴエさん、今頃ブートキャンプですか!僕は朝は普通に出社して、夜は7時か8時くらいまで仕事しています。家に帰ってからは子供を風呂に入れて、寝るくらいです。
海外駐在が決まりましたので日夜勉強中です 子供のアルバム作りにハマッています
海外駐在が決まりましたので日夜勉強中です 子供のアルバム作りにハマッています

――二人は寮生活をされていましたね
中越 25歳から5年間お世話になりました。当時は向いの部屋が堀川監督で、隣が浜浦さんでした。2日に1回はラーメン屋にいきましたね。酒は飲みませんよ、炭水化物を取るためとコミュニケーションのため。
米倉 僕は4年間。寮の部屋が広くなった年に入社しました。僕がいた頃に比べると、今の寮生の部屋は奇麗で、オシャレですよね。

――さて、対談らしくいきましょう。まずは中越さんから見た米倉さんはどんな人?
中越 誰とでも仲良くするコミュニケーション重視の人。だから、聞きつけるのではなくて、情報が集まってくる(笑)
米倉 集まってきませんよ、みんなが勝手に“ヨネは情報通”と言うんですよ。何か聞いてきたら、答えると“さすが情報通!”となってしまう(笑)
中越 だけどヨネと一緒に引退するとは思わなかった。もっとヨネは出来ると思った。けがが本当に残念です。本当に昨シーズン一番伸びたと言っていいくらい。
米倉 有難うございます。僕から見たゴエさんはですね、まずスクラムのスペシャリスト。1番と3番(左プロップと右プロップのこと)の両方ができ、いろんな対戦相手に対応する引き出しの多さは凄いと思いました。それから人間性。同じフロントロー(スクラムの最前列のポジション。プロップとフッカーを指す)として、本当に助けられましたし、相談にものってもらいました。
中越 あの、これで対談ですか?(笑)
米倉 ははは!こんな感じでゴエさんに、みんな笑いを期待していました。何か面白いことを言ってくれるのではないかと。
中越 そんな!
米倉 真面目な話をすると、試合中や練習中でもゴエさんの一声は響きました。“ここをこうしようぜ”と言うと、みんなに響いていました。
中越 FWコーチのサイモン(オーストラリア人・2007年度で退団)と若手選手の間に入って、サイモンの指示を伝えただけ。自分の意図も入れて訳していたけれど(笑)。ヨネはラインアウトのスローイングが最高。一番うまかった。
米倉 有難うございます。でも、トップリーグだと、どのチームの選手もスローイングの技術はあります。まっすぐ投げるだけですから、基本は。でも、投げることは実は精神力が必要なんです。気持ちがぶれないことが大切なんです。それに気がついた時に引退です。
中越 教えるよりも自分で気づくことが一番早く上達する。
米倉 なんでもそうなんですよね、わかってきた時に終わりがくる・・・
ゴエさんの愛称で人気者の中越さん 集合写真撮影にて。カメラ目線の米倉さん
ゴエさんの愛称で人気者の中越さん 集合写真撮影にて。カメラ目線の米倉さん

――スクラムはやはり難しいもの?
中越 スクラムは積み上げ。もう一つ上のレベルに上がろうと思ったら。経験値を上げるしかない。そのチームが強いのは、積み上げがあるから。だから1年やそこらでは急には強くならない。積み上げたものがないと。今年は春からガンガンとばしているようなので、良いことだと思います。
米倉 昨年の反省を今年に活かしてくれれば、僕らとしても嬉しいですね。
中越 それにしても・・・スクラムだけという競技があったら、まだ引退していませんでしたね。ないか!(笑)
スクラムは積み重ねと力説する二人
スクラムは積み重ねと力説する二人
 
第2部「現役時代を振り返る」
――二人が入部した当時はどんな時代でしたか?
中越 1998年に入社しました。その前の3年間は他所の会社で営業をしていました。ヤマハに入社当時は朝の8時から夕方の5時まで仕事をし、それから大久保グラウンドで練習でした。残業時間なしで、その分、ラグビーに集中させてもらっていました。
米倉 僕も入社した年だけが8時5時。それを経験できたことは良かったと思っています。一日が短くて、学生時代の生活と一転し、きつかったですね。

――年々、練習時間が増えていくなかでの現役生活でした
中越 そうですね。だからと言って、仕事する時間が減ることへの不安はありませんでした。ヤマハに入る前に別の会社で色々経験したこともありますし、ラグビーほど辛い仕事はないと思っていましたから。今、一所懸命に頑張ること、それだけに集中していました。
米倉 今思うと、年々、ラグビーに集中できる時間が増え、チームメイトと過ごす時間が増えたことはコミュニケーションの上で、非常に良かったですね。
中越 情報が入ってくるしなぁ(笑)

――二人にとってベストゲームは?
中越 二つあります。2001年度の神戸製鋼との試合。あんなに気合の入った試合はない。(関西Aリーグで悲願の初優勝を決めた試合。同時にトップリーグ入りを決めた重要な試合であった)もう一つは2004年度のトップリーグ2年目、神戸製鋼との試合。ウイングスタジアム(現在はホームズスタジアムと改称)で2位を決め、体調が絶好調でタックルに入っても全く体が痛くなかった。
米倉 僕はマイクロソフトカップの準決勝でトヨタに抽選勝ちした試合(2004年度)。中林さん(2006年度引退。現在は立命館大のコーチとして活躍)がけがで途中退場になって、自分に交代。試合に出られることは嬉しかったのですが、トヨタにリードされている厳しい状況での交代だったので、ものすごいプレッシャーがあった。その中で良いプレーができ、逆転に成功し、最後は同点になってしまうのですが、追いつくことができたことが自信につながった。初めてヤマハに貢献できたなと思いました。ところで、ゴエさんトライしたことある?
中越
あるよ。関西リーグ時代はカネカ戦、トヨタ戦でもゴール前から押し込んでトライ。最近はヤマハスタジアムでのセコムとの試合(2005年度。ナイターの試合) 関西Aリーグ時代
関西Aリーグ時代
米倉 あれ、僕が後ろからゴエさんを押したんですよ。

――2003年度からヤマハスタジアムで試合が開催されるようになりました
米倉 職場のみんなが来てくれるようになり、職場での話題もラグビーの話が増えたのは嬉しかったですね。
中越
それまでは東京だったり大阪だったり。それが完全に自分たちのスタジアムという意識でプレーできた。職場や家族たちが来てくれる。最高のスタジアムです。 選手にとって嬉しいのは観客席からの大きな声援
選手にとって嬉しいのは観客席からの大きな声援

――トップリーグが誕生してから5シーズンが終了。日本ラグビーは変わった?
米倉 力の差が詰まってきた。トップリーグ前は上と下の差は激しかった。
中越 ウチがサニックスに負けたり、ラグビーでは番狂わせがないと言われていたのが、今は起きる。それだけ各チームとも力が整ってきている。移籍も増えているし。それから、プレーの質も上がっている。昔はスクラムだけでよかったのが、今はスクラムがブレイクしたら、走ったり、タックルしたり、ボールを奪ったりと高いパフォーマンスが必要。スーパーマンでないと出来ない(笑)。トータルを見る時代になっています。

――年々、ファンの目も肥えてきています。
そこで、二人が薦める「ここを見たらもっとラグビーが面白くなるポイント」を教えてください

米倉 結構、ボールに目が行ってしまうと思いますが、ボールを持っていないプレーヤーの動きにも注目してみてください。ボールを蹴った先にボールを待ち構えている選手がいる。そのプレーを先読みして動くプレーなど、面白いですよ。
中越 やはりスクラムを見て欲しい。特にフロントロー(スクラム最前列の選手のこと)。スクラムでぶつかり合う瞬間、組んだあとに、どっちにスクラムが動くのか、相撲の立ち合いみたいで面白いですよ。

――スクラムはよく崩れますよね
米倉 崩れる時、僕はおでこから地面に落ちるようにしていました。これが一番安全。地面を避けようとして肩から落ちるとけがをします。
中越 俺もフッカーをやったことがあるけれど、フッカーは両腕をプロップの背に回しているから手をつきたくてもつけない。怖いポジション(笑)。練習試合でやっただけ。

――最後に、これからの夢と今後のラグビーとの関わり方を教えてください
中越 夢・・・難しい・・・ヨネから言って!
米倉 ラグビー部出身で仕事ができる先輩も多いので、まずは仕事ができるようになりたいのと、他のスポーツをやってみたい。ラグビーとはけがが治ってからですが、ラグビースクールのコーチや母校(日川高校と専修大学)にも教えに行きたいですね。
中越 日本を離れるので・・・本当はOBと現役の架け橋となりたかったのですが、それができないことが残念です。10年間ラグビーで頑張ってきたので、次の10年は仕事で頑張りたいと思います。
まさにチームの大黒柱として活躍してきた二人。今後は社業に専念されます。しかし、ラグビーはどんな形であれ、彼らの人生から離れることはないでしょう。ゴエさん、ヨネさん、たくさんの感動を有難うございました!(編集部)
 

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