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55mph - 人命救助のためのスーパーセロー

東京消防庁には事故現場へいち早く到着し、負傷者の救出や救護、車両の消火活動を行うセロー250の部隊が存在する。消防活動二輪車、通称「クイック・アタッカー」である。「Web 55mph」編集部は深川消防署を訪ね、その活動について聞いた。

写真/三浦 孝明

 東京消防庁には人命救助や消火活動を行うための二輪車部隊が配備されている。ヤマハ・セロー250をベースにした消防活動二輪車、通称「クイック・アタッカー」である。
 クイック・アタッカー隊が創設されたのは1997年のこと。95年に発生し、各地に甚大な被害をもたらした阪神淡路大震災の教訓からである。地震によって建物が崩壊すると瓦礫などが散乱して道路をふさぎ、車だけでは充分な対応ができなくなるからだ。
 余談になるが、当時は一般のボランティアの間でも機動力に優れるバイクが大いに活用された。バイクを使って救援物資を運ぶ様子は新聞や雑誌でたびたび報じられていたのでご記憶の方もいるかもしれない。
 東京消防庁では現在10ヵ所の消防署所にクイック・アタッカーを配備している。ここではそのうちのひとつ、深川消防署での活動についてお伝えしよう。

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 「八王子や青梅といった山間部に配備されたクイック・アタッカーは登山客の救命救助が主な仕事ですが、我々のような23区内の署では渋滞の多い首都高速道路上の交通事故や車両火災への対応が主な任務になります。事故が発生した際にいち早く現場へと向かい、消防車や救急車が到着する前に負傷者の救助や応急救護、消火活動を行います。また震災や水害時では、情報収集のために出動することもあります。先の東日本大震災では首都圏の道が大渋滞をおこしていたため、クイック・アタッカーで街や橋の状況を調査し、無線で署に報告しました。昨年はだいたいひと月に1~2回のペースで出動しています」

 そう話してくれたのは消防隊員として15年、クイック・アタッカーの隊員として10年のキャリアをもつという八木彰規(やぎ・あきのり)隊員。普段から750㏄のロードスポーツに乗っているというバイク好きだ。クイック・アタッカーの隊員は出動命令がないときは一般の消防隊員と同様の任務をこなしており、八木さんは普段ポンプ車に乗っているという。

 「クイック・アタッカーは基本的に2台1組で出動します。各車の装備は署によって若干異なりますが、深川署の場合では1号車に可搬式消火器具、2号車には簡易式救助器具や救急資器材が積載されていますね」

 可搬式消火器具というのは、圧縮空気を利用して放水を行う携行型の消火器のことである。クイック・アタッカーに搭載されているものは約20㎏の重量があるが、放水できる時間はわずか20秒ほど。本格的な火災用ではなく、あくまで初期消火を行うためのものだ。そして簡易式救助器具とは俗に油圧カッターや油圧スプレッダーと呼ばれるもの。交通事故によって変形してしまった車のドアをこじ開けたり、ボディを切断するために使用する。これも10㎏ほどの重量がある。

「赤色警光灯やサイレンも装備されているので、普通のセローに比べると車体はかなり重くなっています。とくに1号車は走行中にタンク内の水が動いて重量バランスが変化するので取り回しには注意が必要です」

 実際にまたがらせてもらったところ、たしかにセローと聞いてイメージするような軽快さはない。車体を傾けるとガクンと重さが増し、まるでタンデムでもしているようだ。これを自在に走らせるにはやはりそれなりのテクニックが必要と思われる。

 「隊員には普通自動二輪免許でもなれますが、学科と実技の厳しい試験をクリアし、約3週間の実技研修を受ける必要があります。実技試験では一本橋やスラローム、8の字走行といった基本的なことを実車で行います。研修ではいわゆるオフロードライディング的な訓練もありますが、装備があるのであまりアクロバティックなことはしません。安全確実に現場へ向かうことが大事ですから。また、出動も安全上の観点から日の出から日没までと決まっています」

 もちろん隊員は普段も操縦訓練によってテクニックの向上に努めている。白バイの安全運転競技大会のように、各署から選抜された隊員を集めて合同で技能審査を行うこともあるという。

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 ひと通りお話しを伺った後、実際に訓練の様子を見せてもらった。交通事故によって車両が出火。さらに車内に負傷者が閉じ込められている状況を想定した訓練である。
 現場に到着したらまず信号紅炎(しんごうこうえん)で後続車に事故を知らせて現場の安全を確保。簡易救助器具を使って助手席側のドアを開け、負傷した乗員を救出。そしてエンジンから出た火がガソリンに燃え移らないよう消火作業を行うという流れだ。
 いち早く現場に到着するクイック・アタッカーはこうした事故の初期対応をたった2名でこなさなければならない。そのため隊員には冷静かつ的確な判断力はもちろんのこと、資器材の適切な運用や応急処置を行うための医療知識など、多くのスキルが要求される。訓練によって様々な事故現場をあらかじめシミュレーションしておくことが大事なのである。
 それにしてもクイック・アタッカーの車両はまるで新車のように綺麗である。マニキュアのような真っ赤なボディには顔が映り込む。

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 「1・2号車は配備されてから5年以上、予備車はすでに10年が経っていますね。清掃と点検は必ず毎日行い、同時にキズや問題がないかを確認しています。出動の際に万が一にも不具合があってはいけませんから。愛着?うーん、車両によってクラッチのつながるポイントが違うので、やはり自分がいつも乗っているやつがしっくりきますね(笑)」

 人命救助という崇高な目的のために少しずつ距離を刻むクイック・アタッカー。その存在はセロー250に乗るすべてのオーナーに誇りを与えてくれるのではないだろうか

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セロー250

85年の初代モデルから数え、今年でデビュー30周年となるロングセラー。軽量コンパクトな車体に低いシート高、低速トルクを重視したエンジン特性やギア設定など、誰でも気軽に山道を楽しめる車体構成を採用し“マウンテントレール”というそれまでにないオフロードバイクのあり方を提案。2005年には排気量を225㏄から250㏄に拡大した新型へフルモデルチェンジされるも、そのコンセプトは変わらず。現在に至るまで ビギナーからベテランまで、高い支持を受け続けている。

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