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開発ストーリー:MT-09 TRACER

スポーティかつ快適な走行を楽しめるスポーツマルチモデル、ヤマハ発動機MT-09 TRACER(トレーサー)の開発に込められた想いをお伝えします。

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ツーリング機能を充実させた “Sport Multi Tool Bike”
プロローグ

私たちヤマハは2013年から進めている中期経営計画のなかで「基本プラットフォームをベースにしたバリエーション展開の拡大」に取り組んでいます。MT-09 Tracerはその国内第一号モデル。したがってその開発は、次世代ヤマハの企業姿勢や新しいモデル開発の方法を模索するという使命も携えていました。
基本プラットフォームをベースにしたバリエーション展開の拡大とは、エンジンやフレーム、それに前後サスペンションといった車体の基本骨格=基本プラットフォームを共有しながら、異なる個性を持った複数のモデルを展開するもの。それにより多くのモデルを市場導入することができ、その結果より多くのバイクファンの皆様に、今まで以上の大きな満足を提供することがその目的です。もちろん複数のバリエーション展開を考慮しながら個々の個性を際立たせ、なおかつその完成度を高めて行くには、共通プラットフォームコンセプトだからこそ実現した新たな発見もありましたが、今までとは違う思考を巡らせながら開発を進める必要もあり、一筋縄では行かない難しさも多々ありました。そんななかTracerは、ヤマハの大型バイクのなかで共通プラットフォームコンセプト第一号車として、自信を持って皆様に提供することができるバイクに仕上げることができました。
MT-09 Tracerは、そのネーミングからも分かるとおりMT-09と基本骨格を共有しています。
アップライトなライディングポジション、落ち着いたエンジン出力特性とハンドリング、優れた機能拡張性など、“Sport Multi Tool Bike/スポーツ・マルチ・ツール・バイク"というコンセプトのもと、ツーリングシーンにおいてもスポーティかつ快適な走行性能を備えた多機能なバイクに仕上げました。
しかし私たち開発陣は、Tracerにツーリング機能を充実させましたが、ツアラーを造ったつもりはありません。目指したのは、スイスアーミーナイフのようなマルチな使用感と、スポーツバイクとしての高い精度感。そのトータルパッケージとしての完成度の高さなのです。
Tracerを走らせれば、私たちが目指したカタチをすぐにご理解頂けると思います。

あらゆる走行シーンでも活きる「クロスプレーン・コンセプト」
エンジン

Tracerは、MT-09と同じ水冷4ストローク直列3気筒DOHC4バルブエンジンを採用しています。3気筒エンジンは、等間隔爆発で滑らかなトルク特性と高回転での伸びを得られると同時に、軽量スリムでコンパクトなサイズが特徴。なによりピストンの往復運動によって発生する慣性トルクが少なく、その結果スロットル操作に対してリニアなトラクションフィーリングが得られるのです。
慣性トルクが少なく、燃焼室のみで生み出される燃焼トルクだけを効率良く引き出す設計思想を、私たちヤマハでは「クロスプレーン・コンセプト」と呼び、MotoGPマシンの「YZR-M1」やスーパースポーツマシン「YZF-R1」に採用しているクロスプレーン型クランクシャフトエンジンも、その設計思想によって誕生したものです。バイクのリニアリティの向上、エンジンのコントロール性の向上に大きく影響を及ぼしています。
Tracerは、その「クロスプレーン・コンセプト」を受け継ぎながらも、マウンテンロードにおける扱いやすさ、ロングディスタンスにおける快適性を追求し、MT-09からエンジンマッピングを変更しています。

D-MODE(走行モード切替システム)を採用し、ハンドルスイッチを操作することで「STDモード」「Aモード」「Bモード」の3つのモードを選ぶことができるのもMT-09と同じ。しかし各モードの出力特性を変更し、前後サスペンションのセッティング変更とあわせ落ち着いた走行フィーリングを造り上げました。
だからといって、MT-09が持つエキサイトメントな一面を無くしてしまったわけではありません。Tracerは、低いエンジン回転域では落ち着いたフィーリングを造り込みましたが、ペースを上げ高めのエンジン回転域を使って走ると、MT-09譲りのアグレッシブなエンジンフィーリングがそのキャラクターを占めてきます。
そもそもパワフルな直列3気筒DOHC4バルブエンジンにくわえ、車体の基本子骨格を変更していないことから、しっかりとキャラクターが分けたTracerとMT-09ですが、そのエキサイトメントなDNAをしっかりと感じることができるのです。

共通プラットフォームだからこそ求めた強力な個性
ボディ

MT-09を開発する際、パワフルなエンジンを造り上げることが大きな目標でした。それと同時に、そのエンジンを支える車体は軽量でコンパクトであることを目指しました。バイクにとってパワフルなエンジンと軽量な車体は、いかなるシチュエーションにおいてもバイクのパフォーマンスを高め、そして扱いやすさを生み出すからです。
共通プラットフォームのベースマシンとなるMT-09をパワフルで、軽量コンパクトなバイクに仕上げることで、Tracerもその強みを共有することができる。開発陣は、常にそう考えていました。

MT-09の開発がスタートする以前に、MT-09とTracerのキャラクターの違い、パフォーマンスの違い、そしてデザイン的違いをしっかりと議論し、造り込んだうえでMT-09の開発がスタートしました。このお膳立てが、開発陣にとって大きな助けとなりました。
一般的なニューモデルの開発は、ディテールを絞り込むのにとても苦労します。大胆に絞り込んだほうがキャラクターが際立つ。しかし、より多くのライダーの皆さんに新型車を味わってもらうには万人受けするディテールも捨てがたい。そんな葛藤を、毎日続けているのです。しかしMT-09とTracerの開発では、そんな悩みから開放されたのです。最初からキャラクターが違う2台のマシンの開発が決まっていたこと、そのキャラクターがしっかりと距離感を保ちそれぞれを補完し合っていたこと。その結果ディテールを大胆に割り切ることができ、それぞれのキャラクターを一層際立たせることができたのです。
とはいえ、MT-09のフレームには、Tracerに必要な取付穴やステーがそのまま残されています。試乗会のときには、皆様にその部分について質問され答えに困ってしまいました。そのときはまだ、Tracerについて何も発表していませんでしたから。いまになってやっと“それはフレームを共有するTracerに使用するステーです"とハッキリと説明出来るようになりました。

そういった、思い切った割り切りで生まれた特徴的なパーツが前後ホイールです。意匠も加工工程数も変わりませんが、加工方法を変え、わずかに重量を増しているのです。前後サスペンションを積極的に動かしキビキビとしたハンドリングを与えたMT-09に対し、少しだけサスペンションの動きを抑制し落ち着いたハンドリングを造り上げたTracer。そのハンドリングを生み出すために、わずかに重いホイールが必要だったのです。もちろんそれには、大型フロントカウルを装着したことや、パニアケースに荷物を満載しタンデムで長距離ツーリングに出掛けるというTracerの使用シーンも考慮しての判断でした。

シートも、ライダーズシートとタンデムシートを分割するセパレートタイプとし、ライダーズシートは二段階の調整式としました。シートを可変式としたのは、足つき性の向上はもちろんですが、シートポジションによって乗り心地の変化を提案したかったから。低いシート位置を選べばアップライトなポジションが強調され、より快適な仕様に。高いシート位置を選べば、ハンドル/シート/ステップの位置関係がMT-09に近づき、よりアグレッシブなポジションで走りを楽しむことができます。同時にライダーの視線を高い位置に置き、長距離走行における快適性の向上も図っています。ライダーの視線を上げるにはライディングポジションの変更が必要となり、それにともない前後重量バランスが大きく変わります。しかしTracerでは、MT-09開発時にマスの集中化を徹底したおかげで、大きな修正は必要としませんでした。
次世代のスタンダード・スポーツバイクを造り上げたMT-09。そのトータルバランスを徹底的に磨きこんだことで、Tracer開発においてもその高いスポーツ性を活かすことができたのです。

機能を想像させるカタチ
デザイン

冒頭に、Tracerにはツーリング機能を充実させたがツーリングバイクを造ったつもりはない、と言いました。それは、車体デザインにも現れています。共通プラットフォームを採用するバイクにとって、ボディデザインはそのキャラクターを表現するもっとも重要なパートとなります。しかしTracerでは、MT-09シリーズに共通する軽快さをしっかりと表現しました。
Tracerが求めた軽快さとは、オフロードバイクのような、フロントタイヤを中心に車体を振り回すようなアグレッシブなイメージ。それを増幅させるために、フロントフォーク周りにボリューム感を集め、リア周りはより軽快なイメージとしました。

ツーリング機能を高めるためには大型のフロントカウルの装着を想像しますが、快適性と機能性を持ちながらも、求めたのは軽快性。十分なツーリング機能を持ちながらも、レイヤー構造のデザインを取り入れ、MT-09シリーズの軽快さを演出しています。またキャラクターを際立たせる為に、ヤマハスポーツバイクのアイコンである、MotoGPマシン/YZR-M1を彷彿とさせるエアダクトをカウル前面にデザインしました。

さまざまなパーツが重なり合うイメージを造り上げることで中の構造物を連想させ、盛り上がる筋肉のような力強さを感じる。フロントカウルからタンクへと流れるラインはまさにそのイメージです。しかし外装パーツの中に収めなくてはならない機能パーツの形状や配置を考慮しながら、ギリギリまで造形を追い込んでいく作業は本当に苦労しました。そこでライトユニットがコンパクトなLEDヘッドライトを採用したことも、フロント周りのデザインに自由度を与えました。LEDヘッドライトは大光量を確保できるのはもちろん、そのカタチと光り方で、一目でTracerだと分かる特徴的なライトデザインも実現しています。
またヘッドライト周りやタンク側面に採用しているシボについても、積極的にキャラクターを表現する手段に使っています。通常は傷が付き難くするためにシボを使いますが、カーボン調のシボを車体の向きや造形に細かく合わせ調整することで、アグレッシブなパフォーマンスをイメージさせる外装パーツとして、車体の軽快さをより強調しています。

新しい試みと言えば、ハンドルガードもオフロードモデルのそれとは大きく違います。ウッズ走行時や転倒時にグリップをガードするハンドルガード機能に加え、ウィンドプロテクションの機能を織り込み、通常の1ピース構造から3ピースにすることで、転倒時だけでない走行中もライダーを守り、オフロードでもオンロードでも高い機能性を追求しています。

もうひとつ、さりげなく、でもじっくりと造り込んだ部分があります。それがパニアケースの取付ステーです。パニアケースを装着していると見えなくなるパーツですが、パニアケースを外して走る時には意外にも目立つ。そこを隠すのではなく、見せるデザインとすることでTracerのキャラクターを際立たせることができました。何をしたかというと、ステーそのものにツーリングネットなどをセットできるフックをさりげなくデザインしたのです。マルチツールのようなそのデザインは見ただけで機能拡張性をイメージすることができ、Tracerの機能性の高さをシンプルに、そして力強く表現しています。

あらゆるシーンで活躍するTracer
エピローグ

開発の初期段階、またTracerという名前も付いていないころ、我々が目指すバイクのカタチはどのようなものかを探るべく、欧州に市場調査に行きました。そしてアルプスから街中まで散々走り回り、ヨーロッパのバイク事情を身体にたたき込んだのです。
古い街並みは複雑に入り組み、それを構成する石畳の道路はグリップ力が低く荒れている所も多い。アルプスを走れば天候が急激に変化するのはもちろん、汗ばむような陽気から一桁台の気温へと下がることも、夏だというのに道路脇に雪が残っていることもありました。そして国境を越えれば言語はもちろん道路を取り巻く文化まで変わります。日本においても、生活圏内からリゾート地を目指して走れば、ヨーロッパほど振り幅は大きくないにせよ、さまざまな環境の変化を感じるはず。それを実感し、その中でときにはライダーをワクワクさせ、ときには快適に、ときには安心感を与えるバイクを造り上げなければならない。そう感じて視察の日程を終えました。
そのときお世話になったスイスのディーラー方に、視察の記念にとマルチツールをプレゼントしていただいたのです。そのとき、コレだ!と思いました。
魔法の杖をポケットに忍ばせているかのようなワクワク感、さまざまな場面で実際に使うことができ旅の相棒となる安心感、その精度も含めた使い心地の良さ。漠然と感じていながらも、それを端的に言い表す言葉が見つからずにいましたが、マルチツールを手にした瞬間、そこにいた開発スタッフ全員が同じことを感じたのです。
マルチツールのようにあらゆるシーンでスポーツライディングを楽しむことができるバイク。Tracerが掲げた“Sport Multi Tool Bike/スポーツ・マルチ・ツール・バイク"というコンセプトは、そんな思いから生まれました。
ぜひあらゆるシーンで、Tracerを堪能して下さい。

プロフィール

山本佳明 プロジェクトリーダー

入社以来、大型スクーターの車体設計に従事。マジェスティ、マグザム、TMAXなどの開発に携わる。MT-09では開発初期の基本計画時から参画。その途中にMT-09の開発から離れ、MT-09 Tracerのプロジェクトリーダーに就く。


飯村武志 デザイナー

インダストリアルデザイン会社 / GKダイナミックス所属。MT-09、FJR1300、YZF-R6など、スーパースポーツからツアラーまで幅広いヤマハモーターサイクルのデザインを担当。


小板橋 崇也 デザイン企画

ヤマハ発動機は、製品づくりの重要な柱として“デザイン"を位置づけ、あらたにデザイン企画室を設立。デザイン開発と技術開発の橋渡しを行っている。

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