ソルティライフ
イラスト・Tadami
いつでも潮気のある生活を過ごしたい。
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MONTHLY COLUMN ● 村上水軍のふるさと
キャビンの棚 ● 秀逸な絵本をさらに楽しくする「Sketches of Maine」
船厨 ● 豪快に「メバルの唐揚げ」
海の博物誌 ● 牛若丸と船の関係
Salty One Day Boating ● 日本橋川にて春を感じる。
海の道具 ● 海の横滑りは大歓迎!「サイドスラスター」
YAMAHA NEWS ● 春のイベント(展示、試乗会)スケジュール/「ヤマハはつくります」会社紹介イメージ映像/「マリン塾」操船、離着岸、ボートフィッシングなど/ボート免許更新お知らせサービス(無料)
4月の壁紙 ● 『Salty Life』読者限定壁紙カレンダー

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MONTHLY COLUMN
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 日本は国土の四方を海に囲まれながら、真の海洋国家として成長できなかったといわれる。その理由として真っ先に指摘されるのが、徳川幕府が200年以上にわたって施した鎖国政策だ。ポルトガルとスペイン、イギリス、オランダといった当時の列強が、航行能力に優れた船を造り上げ、はるか海の向こうへと次々と出航していった時代、日本は外国との交流さえ断ち切られていたのだから無理もない。
 だが、そんな日本でも北前船のように北海道から関西にいたる航路が活況をもたらすなど独自の海洋文化が育まれていた。当時の日本においては、船こそが遠距離を移動する際に用いられたただ一つの交通手段であり、独自の舟運文化、造船技術、航海術が発達していったことは想像に難くない。
 鎖国が実施される以前、瀬戸内海では「村上海賊」がその名をとどろかせていた。海賊と言われるが、日々の生活を補うために海での略奪行為を重ねていくという、一般的に想像される海賊とは少々趣を異にする。愛媛県の能島を拠点に勢力を奮った村上武吉は、各々が略奪行為をしていた海賊衆を秩序ある集団に作り替えることに成功した。
 無法者集団からの転身策として村上武吉が編み出したのが「海賊連判状」の制定だ。瀬戸内海に独自の航行ルールを作り、縄張りを航行する商業船から通行税を取り立て、家紋であった「上」の文字の入った旗を渡す。その旗を掲げた船は村上海族が安全な航海を約束するという仕組みだった。また、朝鮮半島や中国、東南アジアとの貿易も行い、海賊に安定した収入をもたらし、生活を一変させることとなった。
 と同時に、農作業や漁業から解放された海賊衆は、より組織的な海の戦闘集団としての力を付けていく。それが村上水軍である。
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 水軍は、安宅船、関船、小早船といった役割の異なる船によって船団を形成し、戦国時代の大名に請われて海戦に参加した。性能にこだわった船を造る力、急流の渦巻くなかでそれを自在に操る力、そんな「シーマンシップ」を備えた海の男たちの集団が、中世の日本には存在していたのである。
 村上水軍は能島、因島、来島の三家に分立するが、それぞれに居住跡や城跡をいまも有し、いにしえの水軍の活躍に思いを巡らせることができる。
 島が城そのものであった能島や来島とは異なり、因島の城は小高い山の上にあった。城をかたどった資料室には、当時活躍した軍船の模型が展示されていた。
 実は因島では1997年に日本宝くじ協会の助成金を用いて実物大の安宅船を建造したことがある。大河ドラマや映画にも使われたが、年間約300万円かかる維持費が計上できずに、2006年に取り壊されてしまった。一回曳航するのに200万円近くかかったこともあり、最後は雨ざらしで手入れも行き届かず、甲板に穴が開くなどボロボロの状態だったそうだ。
 その話を聞いたとき、大阪市が所有していた現役のトレーニング用帆船「あこがれ」も維持費が捻出できずに2013年に売却されたことを思い出した。
 日本が誇る海洋文化、シーマンシップの育成などと言えば聞こえはいいが、所詮マニアックな世界だし、背に腹は替えられない。そして多くの人々の海に対する意識はやはり鎖国時代とそう変わりはないのかもしれないのかと、少々さみしい思いがする。

※船の模型の写真は村上水軍博物館(宮窪町)にて、ほかは因島水軍城

田尻 鉄男●たじり てつお
外洋帆走部に所属しクルージングに明け暮れた大学生活、1年間の業界紙記者生活を経て、88年、プロダクションに入社。以来、日本のボーティングシーン、また沿岸漁業の現場を取材してきた。1963年、東京生まれ。



キャビンの棚
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「Sketches of Maine」
レーベル:River Music
アーティスト:Paul Sullivan
価格:2,236円(税込み/輸入盤CD参考価格)
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「すばらしいとき」
発行:福音館書店
著者:ロバート・マックロスキー(渡辺茂男・訳)
価格:1,500円(税別)
 先月号の「船厨」で取り上げた作家、ロバート・マックロスキーの作品に「すばらしいとき」という絵本がある。アメリカのメイン州の小島ですごす家族の一夏の経験を描写したこの絵本もまた、「うみべのあさ」に匹敵する素晴らしさで、海や自然、そして家族を愛する者にとってはたまらない内容となっている。
 小欄と同じくロバート・マックロスキーを愛する、あるマリンジャーナリスト氏がこの絵本にぴったりの音楽があると勧めてくれたのが、ピアニスト、ポール・サリバンの「Sketches of Maine」だ。
 波の音、鳥の声で島々が浮かぶメインの海へと迎え入れられ、波うちぎわで足を濡らしながらはしゃぐ子どもたち、タイドプールでの水遊び、嵐の夜、満天の星空、夏が終わりメインを後にするシーンまで、まるで「すばらしいとき」に合わせて創ったような音楽なのだ。
 これを聞きながら、絵を眺め、渡辺茂男氏による研ぎ澄まされた訳を朗読する。秀逸なアートの三重奏である。
 いつの日か、実際にメイン州のペノブスコット湾の島に身を置きつつ、この三重奏をカルテットにしてみたくなる。



船厨
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 メバルは年間を通して楽しめる釣魚の一つ。餌で、ルアーで。ボートで、防波堤で。釣りをした経験のある方も多いことだろう。
 メバルの呼び名だが、漢字では「眼張」と書く。これは眼が大きく張り出していることからつけられた。もう一つ、メバルの特長のひとつに魚の中では数少ない胎生であることが上げられる。受精した卵は雌の体内で孵化し卵巣を食べながら稚魚になる。海で生きられる状態になってから母親の胎内から飛び出していくのだ。春から夏にかけて10cmぐらいにまで育ち、約3年で20cmほどのにまで成長して成魚となる。
 成魚に満たないメバルをまるごと唐揚げにするのも、まあいいのだが、20cmサイズのメバルの背に包丁を入れ、これを丸ごと唐揚げにしてみた。小魚のバリバリした食感に比べて(もちろんこれも美味い)、こちらはバリバリにフワフワが加わった極上の食感。そして味も最高、見た目も豪快である。
 目利きによれば、メバルは夏が旬の魚ではある。だが、産卵期をさして「春告げ魚」(地方によってほかの魚を指すこともあるけれど)との別名もある。食卓に春を演出してみよう。


「メバルの唐揚げ」の作り方
■材料
新鮮なメバル(成魚)、塩適宜、小麦粉適宜、ポン酢
■作り方
1)メバルの鱗を取り除き、口からエラと内臓を取り出してよく洗い、キッチンペーパー等で水気を取り除く
2)背骨の両脇に包丁で切れ目を入れ、少々の塩を振りかけ、小麦粉をまぶす
3)170度に熱したサラダ油に入れ、きつね色になるまで揚げる
4)レモン汁をかけたり、ポン酢で召し上がれ。もちろん塩でも



海の博物誌
 日本の船名につくことが多い「丸」。「丸」つき船名の起源は古く、京都 仁和寺の古文書にある平安時代の「坂東丸」が最初だ。「坂東丸」は源秀頼所有の軍艦で、海から乗組員を守る城として、船に「本丸」や「一の丸」のような城郭内部の呼称の「丸」をつけたというのは諸説ある由来のひとつ。船首を「船首楼」呼ぶのも同じ理由らしい。
 そして最も広く語られるのは、「麿(まろ)」からの転化説。「柿本人麿」や「坂上田村麿」のような自らのことを指す麿が、「牛若丸」にみられる「丸」へ転じた。時を経て刀や鎧、飼犬などの大切なものに「丸」が使われるようになり、やがて船につけられるようになったという説。などなど諸説あるが、決定的なものはない。
 語源の説明ではないが明治に制定された船舶法に、船名には丸をつけることを奨励するような記載がある。船籍登録のルールで国内では船名をつけなければならない。これが明治以後「丸」の船名が増えた要因だとされている。
 「丸」はあってもなくても変わらないという意見もあるが、「丸」が船首にあれば、船の勇ましさや雄々しさが栄える。



Salty One Day Boating
東京湾で春を感じさせてくれるイベントといえばやっぱり花見。花見は貴族の行事を起源として約1100年の伝統をもつとされ、江戸時代に徳川吉宗が、墨田川堤(現隅田川)にさくらを植え、庶民の行事として奨励したことで一般大衆化したそうだ。
さて、東京に桜開花の情報が聞こえ始めたある日、釣りガールの石崎理絵さんの発案でお花見クルージングが企画された。東京の花見に興味津々の地方出身、新人編集員部員も、同じく地方出身の友人2人を引き連れて、出航地であるニューポート江戸川に向かった。


内陸は2分咲き、水辺は?
 3月の東京は20度を超える日が無く、花芽の生長は足踏み状態が続き、平年よりかなり遅いペースで桜前線は進んだ。3月4週目に桜は開花したとされたが、開花後急激に冷え込む日もあり、満開までは少し時間がかかるよう。出航前夜に乗り込んだタクシーで運転手さんから「場所によっては咲いているよ。」という情報を得た。小さな期待をもって出港に臨めた。
 当日の朝は春の心地よさを感じられる晴れ。そんな天気の下、葛西駅にて友人と合流、妙見島のニューポート江戸川へ向かう。乗船を前に石崎さんや現地スタッフの温かい手ほどきを受け、新人編集部員の私と友人の緊張も徐々にほどける。デッキへ荷物を運ぶ友人には笑顔も見られて、出航の時を心待ちにできた。
 江戸川の放水路を東京湾方向へ向かう。デッキの上でも寒さはほとんど感じられず、春の温かさが感じられて「心地がいい」。友人同士でそんな会話に浸っていると、いつの間にか右舷側に葛西臨海公園の菜の花畑が。海上から見た初めての空と水と菜の花のコントラストに息を飲んだ。活き活きとした黄色の花を前に、迷わず船を低速にしてもらい記念撮影。その後水上から見えるディズニーランドやタワーマンション群が私のミーハーな精神をくすぐったが、やっぱり気になるのは「さくら」。当初は隅田公園へと向かう予定だったが、桜はまだ咲いていないことがわかり、ボートは隅田川から日本橋川へ入っていく。


首都高と重なる日本橋川クルージング
 日本橋川は徳川幕府によって400年前に造られ、流域は、水運の便の良さから江戸時代から経済の中心だったそうだ。首都高速道路が川に重なるように走り、水運から陸運に移りかわって、川の両端には現代の東京でも有数のビジネス街が広がる。江戸時代は、かし(河岸)とよばれた荷物のあげおろしをしていた船着場を横目にゆっくりとしたスピードでボートは進む。
 そして橋の北岸と南岸に「後藤」家の屋敷があったことから「五斗+五斗=一石」という洒落で名づけられた「一石橋」(八重洲)を抜けたところで、本日の初さくらが。日当たりのよくて温かそうな場所に茂るピンク色の花を高速道路下の暗い場所から見上げたのは新鮮で、間近の水面に反射するさくらに思わず目をうばわれた。
 その後も神田川と合流する日本橋川起点方面へ、年度最終日前日で忙しそうなビジネスマンたちを見上げながら、ボートはゆるやかに川面を走り続ける。その起点近く、線路と川が交差するポイントのすぐ手前の場所に、しだれ桜を見つけた。タイミングよく走りこんできた黄色のラインカラー。しだれた桜と500番台の総武線車両と首都高、そして行き交うサラリーマン達が、ボートの前で交差する様子に、東京の春を感じた。
 その後神田川~隅田川経由で東京港へ戻り、浜離宮に停泊して、ランチタイム。私たちのようなビギナーにとっては、この時点で大満足のクルージングだったが、釣りガールの石崎さんはどこかまだ物足りなさそう。
 ということで、昼食後、東京湾の穴場釣りスポットに向かった。私にビギナーズラックがあると繰り返し言ってくれていた石崎さんのみが2匹釣るという結果に終わった。
 ちょっと残念だったけれど、それでも釣れると信じてルアーを動かす友人たちを見て、来てみて大正解だったと感じた。桜は咲いていなくとも、間違いなく、春の空気に包まれた1日を過ごすことができた。


取材協力
ニューポート江戸川
〒134-0084 東京都 江戸川区 東葛西3-17-16
TEL: 03-3675-4701/FAX: 03-3675-4703
ホームページ:http://www.newportmarine.co.jp


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いざ!出航!9:00AM晴れ。石崎さんが操船してくれる貴重な時間もありました
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都内随一6400平方メートルの広さに10万本。葛西臨海公園の菜の花畑は、キレイでした
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川縁の遊歩道にはさくら色の帽子を被る園児たちの姿が。23区で最も広い公園面積を誇る江戸川区はお散歩が楽しそうです
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水面に反射する一石橋(八重洲)近くのさくら。八重洲の由来って江戸時代に住んだオランダの航海士ヤン・ヨーステンらしいです
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神田川・新三崎橋(水道橋)付近にあったさくら。首都高が曲がっていくことで生まれた日当たりのいいスペースに咲いていました
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神田川の浅草橋付近に停泊するカラフルな現代の屋形船。江戸時代には金や銀や漆が装飾に用いられたそうです
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将軍家ゆかりの東京・浜離宮恩賜庭園での昼食模様。江戸時代の庭園で潮入の池が現存するのはここだけ
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帰りにふらっと立ち寄った東京湾の穴場スポットにて、お手本とばかりに早速かわいらしいシーバスを釣り上げる石崎さん
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羽田空港をバックにしたダイナミックな構図で、2ヒット目と格闘してくれた石崎さん。大物かと思われましたが実はエイでした



海の道具 マリンギア四方山話
 船にとっての着岸は、クルマでいうところの縦列駐車と同様、キャプテンにとっての鬼門といえる。 エアフェンダーを出しているとはいえ、ポンツーンに平行に着けないと船のハルを傷つけてしまうし、折角いい感じでポンツーンに寄っていったと思ったら、出航艇の引き波に煽られて慌てて舵を切り返す、なんてことは日常茶飯事だ。
 離岸するときでもそうだ。前にぴたりと船が停泊されているなんて場面はしょっちゅうで、少しだけ横に移動できたらどんなに楽かと思うのは、けしてビギナーキャプテンばかりではないだろう。
 そんな場面でエンジンだけで離着岸をするのは至難の技だ。船が大きくなればなるほど、その度合いは増す。
 そこで現れる力強い助っ人がサイドスラスターだ。直訳すれば判る通り、横に滑らせるための装置で、大概は喫水下の船首か船尾に装備されていて、横向きにセットされたプロペラを回すことで、船を左右に動かす。 そのプロペラはさして大きいものではないが、船は水上にあれば、ちょっとした推進力でも船体を動かすことができる。実際動かすのは、左右数メートルだけなのだが、これができるとできないとでは大違いなのだ。
 操作は実に簡単で、スティックや左右を示すボタンを操るだけで、簡単に細かな横移動をやってのける、実に頼りになる横滑り機械だ。
 スラスターさえあれば、離岸着岸の難易度は下がり、精度は上がる。そしてキャプテンとしての負担が下がり評判は上がる。
 親父ギャグの滑りは禁物だが、船の横滑りはみんな大歓迎、なのだ。



ヤマハニュース
春のイベント(展示、試乗会)スケジュール
https://www2.yamaha-motor.jp/Event/Marine/

「ヤマハはつくります」会社紹介イメージ映像
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「マリン塾」操船、離着岸、ボートフィッシングなど
ボートで遊ぶための技術を基礎からしっかり学べるレッスンのご案内
http://sea-style.yamaha-motor.co.jp/marinejyuku/

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【編集航記】
このメルマガが届く頃には東京で桜も満開になっているでしょうか。今月ご紹介した私たちのクルージング当日は、花見というにはまだはやく、桜はつぼみの状態でした。それでも川面に華やぐ海鳥たちの群れや、時折見かける美しいしだれ桜などに春の訪れが感じられる1日でした。そして何よりもゲストたちの楽しそうな笑顔のおかげで和やかなクルージングを満喫することができました。季節に関係なく、ボートに乗って水の上で過ごすのは本当に気持ちいい。今月のタイトル画は立山連峰を望む春の富山湾をイメージしています。日本にはいろいろな春がありますね。
(編集部・ま)

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