ソルティライフ
イラスト・Tadami
いつでも潮気のある生活を過ごしたい。
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MONTHLY COLUMN ● 日本の「大航海時代」に思いを馳せる、Saltyなタイの旅
キャビンの棚 ● 爽やかなラテン・フュージョン「A FAREWELL TO THE SEASHORE~午後の水平線」
船厨 ● 恵比寿様からいただいたパエリア風「鯛めし」
海の博物誌 ● アクアラングで広がった、素晴らしい海の世界
Salty One Day Boating ● ルアー限定のフィッシングトーナメント「BOAT GAME FISHING」に参戦!
海の道具 ● 「消火バケツ」の利用考
YAMAHA NEWS ● 横浜ボートフェア2017開催!/ヤマハセーリングチーム 'Revs'の高山(ヤマハ)/木村(アビーム)選手のペアで470級ジュニア世界選手権大会銅メダルを獲得/フィッシングボート「DFR-33」製品情報
10月の壁紙 ● 『Salty Life』読者限定壁紙カレンダー

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MONTHLY COLUMN
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 タイのバンコクは紛れもなく、東南アジア随一の国際都市である。2016年のデータによれば人口は約865万人。周辺地域を含めたいわゆる「首都圏」の人口は1600万人にものぼる。林立する高層ビル、整備された地下鉄や高架鉄道、眠ることを知らない繁華街の様子は東京の中心部とそう変わらない。
 その一方でバンコクは「水都」としての顔も持つ。バンコクの都市名としての名称は「クルンテープ」。ありとあらゆる修飾語で構成された正式名称をここに記すとかなりのスペースを占領されてしまうので割愛するが、「天使の都」を意味している。そして「バンコク」は首府としての名称で、これは「水の都」が語源となっている。
 バンコクはチャオプラヤ川の河口に位置している。かつてはメナム川と称されたが、メナムはもともと川を意味するタイ語。これは外国人による「メナム・チャオプラヤ」の誤訳が世界に広まってしまったもので、いまではほとんどの地図が「チャオプラヤ川」に修正されていると聞いた。
 そのチャオプラヤ川のデルタ地帯がタイ独特の稲作文化を生み出し、また、水都としての顔を持たせた。
 チャオプラヤ・デルタの西に位置するダムヌンサドゥアックの水上マーケットを訪れた。元来、タイは水上交通の要所で住宅やマーケットも水の上に多くあった。タイ政府は文化保護と観光誘致を目的に水上マーケットを復活させた。ダムヌンサドゥアックはその代表的なマーケットであり、有数の観光名所となっている。
 バスから降りて、タイ独特の推進システム「ロングテール」を有したナローボートに乗り込む。そしてけたたましい爆音を立てて両岸を家々が立ち並ぶ狭い水路を突っ走る。その体験はスリリングでかなり楽しい。マーケットに到着すると、手こぎの小舟に乗り換えて水上に面した土産物屋を巡る。南国の果物を満載にした小舟からドリアンやマンゴーを買って、手をべとべとにしながら頬張る体験もいい。
 先述したように、タイに残るほとんどの水上マーケットは観光地。決してタイ人の生活に密着したものとはいえないかもしれないが、それでも「水都」の原風景に思いを至らせるのに充分な雰囲気を放っている。


 バンコクに戻り、チャオプラヤ川のほとりに立つ。ボートが行き交う川を挟んだ対岸には、三島由紀夫の小説で多くの日本人が知るところとなる暁の寺「ワット・アルン」の仏塔が見える。
 実は16世紀から17世紀の初頭にかけて、この川を多くの日本人が通っていった。タイと日本で知られた代表的な人物が山田仁左衛門長政、つまり山田長政だろう。
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 山田長政は1590年ごろに駿府(現在の静岡県)に生まれた。20代でタイに渡って、アユタヤ王朝の傭兵部隊に加わった。その武勲が認められたことでチャオプラヤ川を通行する船から税を徴収する権利に加え、アユタヤ王朝でかなり高位の職を与えられている。タイで死没したために日本には山田長政の記録はほとんど無く、いま語り継がれている山田長政の活躍はタイに残る記録と、小説などの創作によるものが多い。
 「海に囲まれながら日本は、海を防壁としか考えない国家となってしまった」と嘆いた作家の故・白石一郎は、鎖国以前の日本で海を舞台に活躍した人々を主人公にした小説を精力的に著した。山田長政を主人公とした「風雲児」もそのひとつ。「風雲児」の中の山田長政は、故郷の駿府から幼なじみとともに荒波を乗り越えて長崎に渡り、長崎の御朱印船の船主・荒木宗太郎と出会い、台湾へ。さらに数年後、日本に帰ることなく台湾からシャムの国にわたった。
 シャムに到着したシーンでは、チャオプラヤの河口にはもちろん現在の大都市「バンコク」の姿はなく、どこが河口かもわかりにくい、ただのジャングルだったと描かれている。朱印船はその河口から約100キロも離れたアユタヤまで、風がなければ櫓を漕いで遡っていったのである。
 そして山田長政がアユタヤに到着したときには、すでに日本人が1500人規模の町をつくっていた。住民の多くは、関ヶ原の戦いで主君を失った浪人たちとその家族だった。実戦経験が豊富で勇猛な日本の武士たちは、当時ビルマの侵攻に悩まされていたアユタヤ王朝に傭兵として重宝されていたのだ。その後も豊臣家の滅亡を機にシャムに渡った浪人がおり、最盛期には3000人もの日本人がアユタヤで暮らしていたとされる。
 この時代、タイに限らず日本から多くの者が新たな生活を夢見て、また財を求めてベトナムなどアジアの国々へ航海していたのである。当時は造船技術にも長け、例えば荒木宗太郎の朱印船は和洋折衷を施した独特の構造を持っていたという。
 バンコクのチャオプラヤ川の流れを見て、またそのはるか上流のアユタヤの遺跡に立つと、大海原を渡り、異国の文化の中で生き、その地に散っていった同胞の姿が頭の中であざやかに蘇る。それは西洋とはまったく異なる日本の「大航海時代」の姿でもある。
 日本は海洋国家であり、我々は海洋民族の末裔であることをタイ王国とチャオプラヤ川は思い起こさせてくれる。


写真/ 上:観光客で賑わうダムヌンサドゥアックの水上マーケット。「水の都」とよばれた所以がイメージできる
中:バンコクを蛇行を描いて流れるチャオプラヤ川。中世には多くの日本人がこの川を遡りアユタヤを目指した
下:アユタヤ王朝時代の遺跡も有数の観光地。かつてこの地で多くの日本人が傭兵として雇われていた

田尻 鉄男●たじり てつお
外洋帆走部に所属しクルージングに明け暮れた大学生活、1年間の業界紙記者生活を経て、88年、プロダクションに入社。以来、日本のボーティングシーン、また沿岸漁業の現場を取材してきた。1963年、東京生まれ。



キャビンの棚
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「A FAREWELL TO THE SEASHORE~午後の水平線」
レーベル:ワーナーミュージック ジャパン
参考価格:¥2700(税込み)
 深いブルーに変化する海と空。そんな情景がジャケットを飾るアルバム「A FAREWELL TO THE SEASHORE~午後の水平線」は、1983年にリリースされた、ラテン・フュージョンの第一人者である松岡直也を代表する一枚だ。
 フュージョンはロックやクラシックから電子音楽など現代音楽に至る他ジャンルの要素をジャズと融合させた音楽で、ラテン・フュージョンは、ジャズとラテン音楽を組み合わせたもの。元々独学でピアノを弾き始めて、10代の頃はラテンピアニストとして活動していた松岡直也が奏でるメロディは、ラテンの空気を強く醸し出している。
 パーカッション・ブレイクのスタートで、端からラテンを感じさせるこのアルバムは、ジャケット同様にすがすがしい爽やかさを感じさせる8曲を収録。そしてニューヨーク・フィルハーモニア室内管弦楽団など、実力者揃いのサポートメンバーが奏でる優しいメロディがグルーヴィーに展開。聞いているうちに、段々と引き込まれていく。
 最後に収録された「The Last Summer Day」に辿り着くころには、このアルバムのジャケットのような情景が目の前に浮かびあがる。



船厨
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 七福神の中で唯一の日本生まれの神様が「恵比寿様」である。その恵比寿様といえば、釣り竿と鯛がトレードマーク。恵比寿様は古くから漁業の守り神として、我々に海からの幸をもたらす神様としてまつられてきたのだ。ヤマハのマリンイベントなどでも活躍している釣りの得意なタレント・石崎理絵さんは、何を隠そう、大阪で恵比寿様がまつられている今宮戎神社(えべっさん)の福娘コンテストに入賞したことがタレント活動を始めるきっかけになった。釣りを始めたのはタレントになって、ある番組プロデューサーに話を持ちかけられてからである。恵比寿様の導きだろうか。その御利益(というより計略か?)は侮れない。
 石崎さんのエピソードは余談だが、この漁の神様が海の幸の象徴として手に抱えているのが「鯛」というのは、日本人にとって鯛が特別な魚であることを象徴している。
 一般的にマダイの旬は桜前線とともに訪れると言われるけれど、晩秋から真冬にかけての、脂の乗った鯛を好む「通」もいる。魚の旬とは概してそういったもの、つまり地方や人によって異なることが多いし、最近では養殖技術の進歩によりかなり美味い鯛が年間にわたって市場に出回っている。プロが手塩にかけて育てた鯛は天然ものに負けず劣らず美味い。
 仕事で疲れ切って釣りを諦めたある日曜日、午後に訪れた鮮魚店のオヤジがどことなく恵比寿様に似た雰囲気で、思わずマダイを購入してしまった。これも恵比寿様の計略かもしれない。刺身や塩焼きなどもいいが、今回はパエリア風の鯛めしに。うん? 鯛めし風のパエリアか? 豪快な料理がお好きな人、客人をあっと言わせたい人にはオススメの一品である。


パエリア風「鯛めし」の作り方
■材料
鯛1尾(大きさはフライパンやパエリアパンに合わせて)、ハマグリ10個くらい、生姜1かけ、オリーブオイル大さじ3、米3カップ、出し汁540cc、酒50cc、醤油 大さじ3、みりん大さじ2、塩小さじ1
■作り方
1)鯛はていねいに鱗を取り、はらわたとエラを取り、水でよく流す
2)ハマグリは砂抜きしておく
3)出し汁に酒、醤油、みりん、塩を入れてよく混ぜ合わせておく
4)パエリアパン(または大きめのフライパン)にオリーブオイルを入れ、千切りにした生姜を中火で炒め香りがたったら、米をそのまま研がずに加え透き通るまで炒める
5)3を入れてよく混ぜ米を薄く平らに敷き詰め鯛を真ん中に乗せ、周りにハマグリを置く
6)沸騰したらアルミホイルなどで蓋をして弱火で20分炊く
7)鯛に火が通ったら火を止め、10分ほど蒸らす
※米には少しぐらい芯が残っても構わない。パエリアパンの上で鯛をほぐしながらいただきます。



海の博物誌
 「24分3秒」は、プロダイバーが水中で息を止めた際の世界最長の記録である(2017年現在のギネス記録)。一般人が、水中呼吸装置を用いて長く水中にいられるようになったのは、第2次大戦後のことである。世界初の自給式水中呼吸装置であるアクアラングは、フランスの海軍大佐であったクストーとガニャンによって1943年に開発された。この装置は、フロッグマンと呼ばれる水中工作員の軍事活動で、水中に張られた網を破るために考案されている。
 潜水器具の軍事目的での歴史は古く、紀元前333年のイッソスの戦いにて、アレキサンダー大王は、潜水士を用いて、ペルシアの船を沈めたという記録も残っている。1950年代以降、スポーツダイバーの数は、急激に増えて、現在では誰でも気軽に海に潜ることができるようになった。
 その起源が軍事目的であったことなどすっかり忘れるほど、アクアラングが我々にもたらした世界は美しく、素晴らしい。



Salty One Day Boating
資源(魚)を大切にしようという意識を高めてもらうとともに、ルアーフィッシング(スポーツフィッシング)の楽しさを味わっていただくことを目的とする「BOAT GAME FISHING」(日本マリン事業協会主催・以下、BGF)。木更津港(木更津出島)をベースに開催されたそのBGFの関東大会に、マリンクラブ「シースタイル」のフィッシングクラブのメンバーとともにエントリーすることとなった。木更津港から出艇し、釣行エリアは東京湾全域。対象魚はスズキをメインにタイ・マゴチ、ブリ・イナダなど。それらをルアーで狙う。参加チームは10艇38名。3匹の「合計重量」で1~3位までが表彰される。大型魚を狙い、いざ出港!

SFC+Saltyチーム、合計重量で“青物部門賞”を狙う

 大会当日、9月24日の日の出は5時30分。まだ暗い時間に千葉県木更津市のシースタイル・ホームマリーナ「セントラル」に到着。シースタイルフィッシングクラブ(以下、SFC)チームの4名に合流すると、6時のスタートフィッシングにはポイントに着いていたいとの気持ちから、早々に挨拶を済ませ、クラブ艇「F.A.S.T.23」に乗り込んだ。足手まといにならぬよう、急いで後に続く。操船前のチェックが終わると、船尾にBGF大会フラッグを揚げ、舫い綱を放ち、日の出を待ちきれずに出航。最初に狙うのはスズキ。そのポイントを目指して真南に向けて舵をとる。キャプテンの西條さんと北畠さん、板倉さんは数日前に大会と同条件で出航し、スズキの試し釣りに成功している。ルアーフィッシング経験の浅い私にとって大変頼もしいお三方である。そしてもう一人、末永さんは東北での海釣り経験が豊富な上、体格がよく“大物を引き上げてくれそうだ”と、勝手に妄想(笑)。そんな5人で狙うは青物部門賞!
 バウデッキに座り、ポイントまでのクルージングを楽しむ。数日前まで千葉は30度の夏日を記録していた。朝の海風が心地よく感じる。体感気温は21度。東の風1m/s 。ポイント目指して疾走するF.A.S.T.23の船上は飛沫を受けることもなく、快適な時間を楽しむことができた。
 15分ほどで最初のポイントに到着。が、すでに先艇あり。
 少し離れたところにポイントを移し、スタートフィッシングの6時を待つ。北畠さんがタイムキーパーよろしく、カウントダウン。6時ジャストのGOサインでキャストをはじめる。(うん、きちんとしている。うん、大会だ!と、心中、大いに盛り上がってくる)
 操船するキャプテンを中央に、バウデッキ、スターンデッキのそれぞれ左右にポジションを取り、ルアーをキャスト。何度かキャストしたが魚信はなく、次のポイントへ。
 京葉シーバスとアクアラインの間あたりで減速し、態勢を整える。寡黙に、しかし、ビュンビュンと繰り替えしキャストする末永さんにファーストバイト。歓声があがる! 7時2分、満潮ジャストに、アジ。続いてイシモチを釣り上げた。

チームで競うからおもしろい!

 スズキを探して移動を続ける。富津の東京電力沖に到着し、操船を北畠さんに替わり、西條さんがキャスト。満潮から下げはじめ、1時間半ほど経過した時だった。「キター!」最初のスズキがキャプテンの西條さんにヒット! 勢いに乗り、次は事前に仕入れておいたイナダのポイントへ。程なく鳥山を見つける。
 イワシだろうか、水面がキラキラ、ざわざわしている。その上を数十羽のカモメが飛び、30センチくらいの魚も跳ねる。ナブラにボイル。その手前や奥を目指して、北畠さん、板倉さんがキャスト。ルアーフィッシングに慣れぬ私は、ナブラ祭りを楽しむ皆さんの邪魔をしないように、おとなしく着座。水深13.9mにハルの脇からポトンと50gのジグを落とす。操船する西條さんと「船の影あたりにイナダがいたりしてね(笑)」なんて、雑談しながら底に到着したジグを中層まで引き上げると「キター!」ホントに最初のポトンでキタのである。手放しで喜ぶ♪
 その後、誰かが釣れると皆、自分のルアーは素早く回収し、竿を置く。「チームの勝利」という目的に心を合わせ、一斉にフッキングしている一本の竿に向き合うのだ。操船を担当(場所をキープ)する、前後の安全確認をする、魚を寄せる、タモを差しだす。そしてカメラを構える。これぞチーム戦!! イケスに魚を放つと、また、それぞれがキャスティングポジションに戻る。サイズを出すことに皆が意識を集中しはじめる。イナダは合計6本釣れた。
 12時ジャスト。北畠さんのストップフィッシィングの掛け声で一斉にルアーを回収。「うん、きちんとしている。これぞ大会だ!」と、今度は声に出して言うと、皆から満足げな笑いが起きた。
 秋も中盤に入ると、早朝の釣りがますます面白くなるそうだ。イワシの群れを追って、フィッシュイーターが我先にとボイルする…。
 秋ははじまったばかり。みなさんもぜひ海に出て、春の日長ならぬ、秋の日長を満喫してください。


レポート:菊地眞弓(きくちまゆみ)
今は無き伝説のアウトドア雑誌「アウトドア・イクイップメント」編集部員を経て、フリーライターに。趣味は旅・食・酒。魚釣りときのこ狩りに費やす時間は人生の宝。東京生まれ。


取材協力
セントラル(木更津マリーナ)
千葉県木更津市富士見3-1-22
TEL: 0438-23-2091
http://central-boat.co.jp/


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獰猛さを感じさせる大きな口、ウロコ、ヒレ、側線などのディテールに至るまで忠実に再現されたトロフィー
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取り回しが容易で、狙ったポイントにアプローチ可能なクラブ艇のF.A.S.T.23
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岸壁沿いを丁寧に攻める。数日前のプラクティスではこの付近で北畠さんがなんとヒラスズキを釣り上げた
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西條さんとスズキさん。大海原で釣り上げるウキウキ感は最高ですね
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海ほたる沖を走行。車でアクセスするのとは異なる景色が楽しめるのがボートの特権
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シンプルにデザインされたコックピット。ワイドなフロントウィンドウは視認性抜群!鳥山を見つけ、早速キャスト
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ルアーにバイトするイナダ。引きが強く釣りごたえ満点!
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末永さんから“真下に落として巻くだけ。初心者でも簡単に楽しめる”と教わった通り、HIT!
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最後に記念写真。我がチームは青物部門2位に。5人とも全力を尽くした感慨無量の大会に

※乗船中はライフジャケット(ジャケットタイプまたはベルトタイプ)を着用しています。



海の道具 マリンギア四方山話
 船の備品の中で、もしかしたら一回も使わないまま朽ち果てていくんじゃないかっていう予感がするアクセサリーNo1、それが消火バケツではないだろうか。というより、活躍して欲しくないアクセサリーと言い換えてもいい。
 真っ赤な布で出来ていて、ぺたんこにして仕舞っておける便利なバケツだ。今はビニール製のものもあるが、個人的にはごわっと硬い帆布のようなものでできている方がノスタルジックで好みに合う。真っ赤なカラーに白い文字で大きく消防用と書かれている。
 日本小型船舶検査機構で承認しているものが、船舶検査時には必要となる。船の場合、海上にいる限り、水は潤沢にある。後は汲むものさえあれば、初期消火は充分だ。
 ただし普通のバケツと違って、この船舶用の消火バケツには、取っ手だけではなくて2.5m以上のロープの付属が義務付けられている。船縁から水をくみ上げるには、取っ手だけでは海面に届かないからだ。となると、やはり物入れに放り込みっぱなしはちょっともったいない気がする。
 こませや魚の血で汚れたデッキを洗う際の水汲みや生餌用いわしのイケス代わり、なんて使い方もあるかもしれない。そうだ、「消防用」なんて無粋な文字じゃなくって、「FIRE BUCKET」と書いたり、炎をデザイン化したイラストなどを描いておいてもらえば、部屋のインテリアとしてゴミ箱や植木鉢カバーにしたり、もしかしたら、渋谷のギャルの間で、トートバッグ代わりにブレイクするかも。
 えっ?ブレイクさせてどうする!?



ヤマハニュース
横浜ボートフェア2017開催!
入場料無料の秋のボートショー! 魅力的なボートがベイサイドマリーナに集結。
※日本マリン事業協会 関東支部公式サイト
http://www.yokohama-boatfair.com/

ヤマハセーリングチーム 'Revs'の高山(ヤマハ)/木村(アビーム)選手のペアで470級ジュニア世界選手権大会銅メダルを獲得
https://global.yamaha-motor.com/jp/sailing/reports/1709_01/

フィッシングボート「DFR-33」製品情報
https://www.yamaha-motor.co.jp/marine/lineup/boat/dfr-33/



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【編集航記】
秋は様々なボートフィッシングが楽しめる季節ですね。さわやかな海を満喫したいものです。さて、10月は「神無月」と呼ばれます。日本のほとんどの神様が出雲へ出かけてしまうことからそう呼ばれるようになりましたが、それでも海の神様は豊穣をもたらしてくれます。「船厨」のコーナーに登場する恵比寿様はタイを片手に。そういえば、巻頭のエッセイもタイがテーマでしたね。偶然です。
(編集部・ま)

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