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パフォーマー人財紹介 #05

ベテラン改善マン、現場に寄り添う「開発マン」に転身!

パフォーマー人財紹介

ベテラン改善マン、現場に寄り添う「開発マン」に転身!

#05 中村 賢征

1999年ヤマハ発動機に入社。浜北工場でオートバイのギア加工に8年間従事したのち、本社でIE研修を1年間受講。生産性向上に関するさまざまな知見と技術を習得した。2012年から浜北工場第2工区で12年にわたり改善マンを担当。さらなるステップアップを目指して2024年に設備技術部 FA展開推進グループに異動。アシスト付き台車の開発をきっかけに現在は自働搬送開発グループに移籍し、PAX事業部(Power Assist Transformation)の立ち上げに向けて奔走中。

IE研修をきっかけに、現場の作業者から改善マンへ

「初対面で一度も正確に名前を呼ばれたことがないんですよ」と笑う中村賢征(よりゆき)さん。漁業を営んでいた叔父の影響で幼少期から釣りに親しんでいた中村さんにとって、「ヤマハ」といえば船外機のメーカーでした。1999年に浜松市内の高校を卒業したのちヤマハ発動機に入社。浜北工場でオートバイのギア加工職場に配属になり、ギアの製造に8年間携わりました。

そんな中村さんに転機が訪れたのは入社9年目のとき。本社で1年間のIE(Industrial Engineering)研修を受けることになったのです。これは製造現場の工程や作業を科学的に分析して生産性・効率を改善する(=理論値改善)取り組みで、各拠点の代表者が社内留学という形で研修に参加しました。そして研修参加者は習得した知見・技術をもとに、各拠点の改善業務を推進する役割を期待されたのです。

研修を終えた中村さんは浜北工場に戻り、設備関連の技術職を4年間担当。もっと現場の困りごとに寄り添いたいと、2012年からは同工場の改善マンとして勤務することに。
「自分で手を動かして便利になるモノを作り、それを現場に置かせてもらう。すると作業が効率化されて、現場がどんどん良くなるのがわかるんです。作業者さんが笑顔で『ありがとう!』と言ってくれることが何よりの喜びでした」

ヤマハ発動機の改善マンは一般的に40代後半からスタートする方が多く、30代前半から経験を積めたのは幸いだった、と中村さんは振り返ります。さまざまなノウハウを蓄積しただけでなく、溶接、旋盤、フライス盤など機械加工の資格を取得して、改善室(*1)の設備を何でも使いこなすようになりました。そして棚やステーなどありとあらゆるものを、現場の要望に応えて作り上げていったのです。さらに他工場の改善応援、インド・チェンナイ工場の立ち上げ支援、現地作業者への安全教育など、国内外で改善業務に携わりながら視野を大きく広げていきました。
*1:工場内にある改善の工作作業を行うための専用室

12年にわたって改善マンとして浜北工場で頼りにされてきた中村さんですが、40代になり「目の前の現場だけでなく、他の工場やヤマハ発動機全体に関わる改善に挑戦してみたい」と考えるようになりました。そして悩んだ末にSVC制度(*2)を申請してキャリアチェンジすることを決意。異動先に決まったのは、テミル:ラボ「閃きプラットフォーム」のレシピ開発者が多数在籍する、設備技術部のFA展開推進グループ。中村さんは改善マンから「開発マン」として、新たな一歩を踏み出したのです。
*2:現SCC(セルフ・キャリア・チャレンジ制度)。社員が異動を希望する部署へ直接応募できる制度

「運命の商材」との出会い

新しい部署でOJTを受けていた中村さんに、ある日先輩から「ちょっと手伝って」という声がかかります。それは先輩が担当していた「国際物流総合展2024」の出展準備でした。これは国内外から最新の物流機器やシステムを集めたアジア最大級の物流専門展示会で、ヤマハ発動機からは汎用型AGV「COW-el」や、ティアフォーとの合弁会社eve autonomyによる自働搬送EV「eve auto」など、さまざまな製品が出展されました。比較的大型の製品が並ぶなかで、中村さんは見たこともない小型の製品を見つけました。16インチほどのタイヤ、自転車のようなハンドルとバッテリー。
(初めて見るけど、ヤマハにこんな製品あったっけ……?)

これは袋井市にあるGPC(グローバルパーツセンター)でアシスト付き台車として当時のスタッフが制作し、17年前から現場で使用されていたものでした。アシストの動力にはヤマハ発動機製の電動車いす「JW」のユニットが用いられています。工場内では台車やパレットによる搬送が頻繁に行われますが、重量物を積載すると女性作業者には動かしづらくなり、「重くて体力的につらい」「小回りがきかない」といった困りごとを抱えているのを中村さんは知っていました。

「改善マンをしていたころ、既製品のアシスト台車ユニットを買った職場から『使いにくいから何とか改造できないか』と依頼を受けたことがありました。しかし専用品のため、なかなか改造の余地がなかったんです。台車に取り付ける方法も煩雑で、バランスや安全性の観点から結局使われなくなったと聞きました。しかしこの『JW』を使った台車は汎用性には改善すべき点があるものの、非常に大きな可能性を感じたんです」

「このアシスト台車の開発を担当したいです!」とすぐに上長に申し出た中村さん。国際物流総合展でもこのアシスト台車は小さいながらも注目を集め、多くの企業から問い合わせを受けるなど強い手ごたえを感じました。なかでも導入を検討中のある食品メーカーでは、中村さんが工場見学に赴いて実際の使用環境を確認するなど、具体的な取り組みが始まっています。

「やはり工場内で台車やパレット台車を楽に運びたい、というニーズは想像以上に多かったです。確かに物流の省人化は進んでいますが、AGVやeve autoのような自働搬送機を導入するには敷地の広さも必要ですし、予算的なハードルが高いんですよね。また自働搬送機を使っていても、ラインの末端では人が台車を使って運んでいます。喩えるならAGVやeve autoは工場内の大動脈、台車は毛細血管としての役割があって、それぞれの現場に適した課題解決が必要とされているんです」

中村さんは古いアシスト台車を分解して採寸し、より機能的に再構成したアシストユニットを製作。そして持ち前の「改善力」をフル回転して、さまざまな形状の台車に取り付けられるオリジナルのアタッチメントを開発しました。また手動での押し引きだけでなくジョイスティックによる操作も可能にするなど、どんな作業者でも操作できるようユーザービリティの向上にも注力しています。
現在は以下の3機種のデモ機が完成。浜松ロボティクス事業所に展示されているほか、ヤマハ発動機の一部の工場で試験的に導入されています。

「e-Ox」
台車の後部にアシストユニットを取り付けて、後方から搬送をアシストします。

「e-dog」
台車の前にアシストユニットを取り付けて、スーツケースのように作業者が引いて搬送します。

「e-Camel」
アシストユニットに人が立ち乗りできるステップを備えた“人と台車の一体搬送”を研究中。

また、台車の脇を歩きながら馬を引くように搬送する「e-Horse」も現在開発中だそうです。

「電動車いす用ユニット」ならではの、圧倒的な「強み」

食品メーカーの工場見学を通じて、中村さんは「e-Ox」「e-dog」の必要性と強みを改めて認識できたと言います。
「工場の現場ではどこも共通して作業者の高齢化が進んでいますが、その食品工場が台車の搬送で想定している重さは最大で400kgを超えるそうです。作業者に過度な負担をかけることなく搬送力を維持するには、アシスト台車が不可欠だと感じました。また外国人作業者の比率が6割以上と高いので、操作がシンプルで直感的に行えることも重要です」

工業製品の工場に慣れ親しんでいた中村さんにとって、食品工場の見学は驚くことばかりでした。衛生管理が徹底されていて、所定のユニフォーム・マスク・帽子・手袋で全身を覆うほか、作業エリアに入る前は粘着ローラーで衣類表面の埃や髪の毛などを入念に除去します。持ち込むものはすべてステンレス製。バインダーやボールペンなどもすべてステンレス製のものが用意されました。当然「e-Ox」「e-dog」を導入する場合は、使用するフレームやパーツもすべてステンレス製にしなければなりません。

同時に、食品メーカーと製品仕様をすり合わせたことで「e-Ox」「e-dog」の圧倒的な強みも判明しました。それは電動車いす用ユニットならではの耐環境性の高さです。
「工場では台車で数百キロの小麦粉を運んでいたのですが、床や台車にも粉が舞い落ちるのでルートの敷設が必要なAGVは使えません。さらに衛生のために常に床が水で濡れている点を考慮してほしい、との要望がありました。もちろん『JW』のユニットは雨天時の使用を想定しているためこの問題は大きなリスクに発展しませんでした」

古巣の浜北工場に、開発マンとして再登場

現在浜北工場では、中村さんが開発を手掛けた「e-Ox」を試験的に運用しています。ここで運搬されているのは、ノギス、ダイヤテスト、マスターリングなどの精密測定器具と呼ばれるものです。これらは工場で製造された部品などを検品する際に使用されるもので、検定サイクルに基づいて定期的に回収・交換が行われています。作業者は台車にこれらの精密測定器具を載せて、浜北工場内の6つの建屋にある設置場所を回って運搬作業を行っていました。この作業は月に一度と頻度は低いものの、重量が非常に重いうえ運搬作業にともなう総移動距離3km、所要時間2時間を要する重労働です。

浜北工場の小滝裕子さんはこの運搬作業に対する改善を上司に相談するなど、課題解決を待ち望んでいた作業者のひとりでした。
「この運搬作業は女性が担当することも多いため、やはり台車の重さが一番のネックでした。台車を押しながら3kmの距離を歩くのですが、その半分以上は建屋の外なので、特に真夏の炎天下は体力を消耗するきつい作業です」

そこで職場内で相談して導入したのが、海外製の電動アシスト台車。200Wのモーターを積み最大積載量300kgを謳う台車によって、運搬作業の負担は大幅に軽減されることが見込まれていました。しかしーー。
「使い始めて数年で、作業中にかなり離れた場所で台車がストップしてしまったんです。運搬を担当していたのは小柄な女性で、アシストがない状態ではそれ以上台車を動かすことができませんでした。男性の作業者が駆けつけて搬送してくれたので事なきを得ましたが、もし頻発すれば製品の品質に影響しかねません。早急に新しい解決方法を探してほしい、と上司にお願いしました」(小滝さん)

その後の調査でこの事案はバッテリーの劣化によるものと分かりましたが、次の買い替えのタイミングで白羽の矢が立ったのが「e-Ox」だったのです。
「自分も浜北工場にいた時期が長かったので測定具の重さはよく知っていますし、建屋間の走行環境もだいたい想像がつきました。屋内はかなり狭い通路を通りますし、建屋に出入りするときは段差や傾斜があります。でもJWは電動車いす用に作られたアシストユニットなので、こうしたタフな環境を安全に走ることはむしろ得意分野なんです」(中村さん)

何度もアシストユニットを付け替えて台車の取り付け位置と走行環境を検証した結果、浜北工場には「e-Ox」が持ち込まれました。現在は中村さんのレクチャーのもと、作業者が台車への取り付けや走行の練習をしながら受け入れ準備を進めています。
「ジョイスティックでの操作は初めてだったので、最初は戸惑いました。慣れるまでもう少し練習が必要ですが、前進・後退だけでなく障害物をよけるなど繊細な操作を指先だけで行えるのはすごいですね。バッテリーの残量もわかるので安心して使えます」(小滝さん)

浜北工場以外でも、袋井南工場、本社工場3号館、7号館、9号館などヤマハ発動機の各拠点で「e-Ox」「e-dog」を現場作業者に使ってもらい、手ごたえを感じているという中村さん。今後は走行ログを取ることで、そのデータからより現場に合わせたチューニングを施していきたいと意気込みます。また前述の食品メーカーが強く後押ししてくれたことで、6月には「FOOMA JAPAN 2025」という世界最大級の食品製造総合展に「e-Ox」「e-dog」を出展することになりました。
「現場の作業者を笑顔にしたい」そんな中村さんの思いが詰まった電動アシスト台車は、もうヤマハ発動機にとどまらず、業界の枠を超えて現場ニーズを掘り起こしつつあるのです。

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