ユーザーズボイス
CELL HANDLER™をご活用いただいているお客様の声をご紹介します。
呼吸器疾患のアンメット・メディカル・ニーズに
応える鍵は自動化にあり
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが起きた時、薬もワクチンもなく治療法が確立されていない状態で、医療従事者が患者の治療にあたったこと は記憶に新しい。呼吸器疾患には、身近な風邪、アレルギー性肺疾患、肺がん等、大変な苦痛を伴いながら進行するものもあり、臨床現場では今もなお切実に治療法の開発が望まれている。
当時、呼吸器内科医 として臨床の現場にたっていた山本佑樹氏は「医師として常に『治せない』を意識させられてきた」と語る。呼吸器疾患を治す手立てを増やすため、臨床医から研究者に転身してiPS細胞由来のヒト呼吸器上皮細胞を効率的につくり出す技術を開発した。このシーズをより早く患者に届けられる治療法に繋げるべくHiLung株式会社を設立、創薬アッセイや毒性安全性試験に適した製品パッケージを製薬企業や研究機関等に提供しているが、iPS細胞分化誘導系実用化の大きな課題となっている安定性や再現性といった課題を解決するのに注力してきた。3次元培養も手がける同社の課題解決に貢献したのはCELL HANDLER™の導入による細胞培養工程の効率化である。その解決策を見出すまでの経緯等について、山本氏にお話を伺った。
代表取締役CEO
山本佑樹氏
「治せない」を変える —— iPS細胞から挑む肺再生の道
呼吸器疾患における新たな治療薬開発を目指す京都大学発のベンチャーを率いておられますが、
どのような経緯で創業されたのでしょうか。
呼吸器は肺炎や喘息、肺がんなど多様な疾患に脅かされます。その多くは根治が難しく、慢性かつ進行性になると患者さんの苦痛は非常に大きいものです。また、COVID-19のように呼吸器を侵す新興感染症は定期的に発生しますし、医師としてはどうにかしてより良い治療を患者さんに届けることに貢献したいと思い、臨床から研究にシフトしました。当時はiPS細胞が登場して、再生医療をはじめ医療全般への応用に向けてさまざまな細胞や臓器での研究が始まっていましたが、呼吸器に関する研究は他に比べてほぼ手付かずの状態でした。国内外を探した末に京都大学大学院医学研究科呼吸器内科学で研究が始まったことを知り、ようやく肺再生研究に取り組むことができました。
肺という難題に挑み、研究を臨床へ——HiLung設立の原点
なぜiPS細胞技術を用いた呼吸器に関する研究は遅れていたのでしょうか。 肺は上半身のほとんどを占める大きさである上に、非常に複雑な構造をしていることが一因です。加えてその構造一つ一つにそれぞれ意味がありますから、まずその構造を再現しなければならないという非常に高いハードルがあります。例えば細胞治療に持っていくには細胞の大量生産だけでなく、肺の構造をある程度再現できなければ臓器再生に繋がらないのです。私はヒト呼吸器上皮細胞の効率的な作製という成果を出すことはできましたが、臨床医の視点では現場の治療まではまだまだギャップが大きい。治療の手立てもなく苦しむ患者さんを目にしてきたことが研究の原点でしたから、技術シーズを少しでも臨床の近くに持っていくために起業を決意し、2020年にHiLungを設立しました。
研究で得られた技術シーズはどのように使われるのでしょうか。
生体とほぼ同等のヒト呼吸器上皮細胞を大量かつ安定して作製することにより、ヒト肺疾患モデルや肺オルガノイド の作製が可能になります。これらを使って治療薬候補の予測・選別や毒性評価などを効率的に行うことができます。
会社設立当初、偶然にもCovid-19パンデミックの最中だったのですが、実験に使用するマウスが当該ウイルスに感染せず治療薬研究に支障を来していました。そのような事情から、世界中で人間の肺細胞モデルへの関心が非常に高まっており、私たちの細胞も国内外でご利用いただいたことでウイルス研究におけるニーズにも応えられることを確信できました。
一方で、3次元培養でオルガノイドを大量作製する過程に大きな課題を抱えていました。肺細胞作製の工程は非常に複雑で時間がかかる上に、ばらつきが出てしまいます。特にオルガノイドは3次元というだけで扱いが格段に難しくなります。作製も管理や解析も、いたる工程で難易度が上がるのですね。その状態では創薬スクリーニングのように再現性や安定性を確保しなければならない場面ではさらにハードルが上がります。その克服こそが私たちの事業のポイントになると考え、いかに現実的な落としどころを作っていくかというチャレンジを続けています。
人の手を超える精度へ——自動化が拓く細胞培養の新時代
解決策のひとつとして導入されたのが弊社の「CELL HANDLER™」ですね。
なぜ製品を導入されたのでしょうか。
私はヤマハ発動機様が細胞ピッキング&イメージングシステムCELL HANDLER™の初代を発売された当初から、非常に関心を寄せていました。私がまだオルガノイドの作製方法を手作業で探っている頃で、すごいことができる機械が出てきたと衝撃を受けました。その後、会社を設立してある程度安定したアッセイ系を提供できるようになった段階で、人間の手では限界があると痛感し自動化を検討しました。その頃、ちょうど展示会でヤマハ発動機様とCELL HANDLER™についてお話する機会があり、イメージングと解析、さらに人間の手では不可能な繊細さでピック&プレースを行うCELL HANDLER™以外の選択肢はないだろうと思いました。細胞培養を効率化しスケールアップを助けてくれる、まさに私たちが必要としていた機械でした。ヤマハ発動機様も私たちの技術に関心を持ってくださったので、一緒にやりましょうということで導入を決めました。
実際に導入されて、いかがですか。 まず、あるプロトコルを使ってオルガノイドを作製するところをデモでやっていただきました。通常、細胞系の実験で最初から成功することは稀なので、私としては動作を見られればいいかなというぐらいの気持ちだったのですが、初日でほぼ完璧にこちらの期待する結果が得られたので、またもや衝撃を受けました。弊社の研究者もかなり驚いていましたね。細胞によって合う・合わないはあるかもしれませんが、その高い精度とスピードを実現する技術を目の当たりにして、課題解決の可能性を確信しました。
操作など、機械の使い勝手はいかがでしょう。 弊社の研究者は問題なく使えており、操作感に関して特に困ったことはありません。簡単な機械ではありませんが、ちゃんと使えるようになれば安定した結果を出してくれます。CELL HANDLER™によって細胞培養の課題が圧倒的に低減されたことは、私たちにとって非常に重要な成果だと考えています。ヤマハ発動機様もさまざまな改善に取り組まれていますから、よりアップデートされて使いやすくなっていくでしょう。
「CELL HANDLER™」によって、どのような成果を得られましたか。
オルガノイドに関していえば、メインの顧客は製薬企業で実に多彩なニーズがあります。私たちもそうしたリクエストに応えるべく、作製方法をアップデートしてきました。より安定したアッセイ系にするには、オルガノイドの数を厳密にコントロールする必要がある場合もあります。また、創薬スクリーニングのハイスループット解析に対応するには、ウェル間の差を可能な限り減らさなければなりません。CELL HANDLER™を使うことによってウェルあたりの個数を制御しつつ、ばらつきを最小限に抑えることができ、安定したオルガノイド作製を実現できました。
また、CELL HANDLER™に限らずですが、機械は夜でも休日でも働いてくれるので人間のワーク・ライフ・バランスを保つというメリットも得られました。会社として働き方を重視しつつ、常に変化する細胞を扱うには、経営面でもサイエンス面でも培養工程の自動化は、いまや不可欠です。iPS細胞は担当者によって結果が左右されることが多く、属人的な要素を最小限にしていくこと が重要な課題です。工業的に安定して細胞を作製できる体制が整ったことで、さらなる事業拡大への手応えを得られるようになりました。
異分野の力を結集し、呼吸器疾患に新たな選択肢を
今後の展望を教えて下さい。 先ほど申し上げたように、多彩なニーズに対してしっかりと訴求していけるような製品やサービスを作ることが弊社の役割のひとつです。現在のところ、事業の中ではオルガノイドが最も重要な位置を占めています。直近の展望としては、自動化によって広く使っていただける製品やサービスを作っていきたいと考えています。呼吸器疾患の治療薬づくりにも貢献していきたいですね。肺・呼吸器疾患の創薬は、適した動物モデルが少ないこともあり臨床試験の失敗率が非常に高いのです。弊社の技術が患者さんに治療薬を届ける助けになると思っています。 細胞治療ほど直接的ではありませんが、社会実装のあり方のひとつになればと願っています。
研究者として、また臨床医としてどのような未来を描かれていますか。
現時点では治らない呼吸器疾患も多いので、少なくとも治療の選択肢が増えることが大事です。もちろん治癒できれば最高ですが、進行を止めるだけでも患者さんが得られるものは大きいはずです。
治療の手立てがほとんどないと言われている肺線維症における創薬研究では、弊社の細胞モデルがよく利用されており、やりがいを感じています。
また、薬の副作用の一つである、薬剤性の間質性肺炎は、東アジア人は欧米人より発症の頻度が高いことがわかっているので、副作用の低減や予知ができる安全な薬の開発も重要です。日本発の技術でそうした安全な薬を作ることができれば、非常に大きな意味があるでしょう。
人体の中で起きていることを、小さな細胞モデルで予測することは容易ではありません。アンメット・メディカル・ニーズの解消実現には、さまざまな知恵と技術が必要で、自動化やAIの活用など、多様な技術融合があって、初めて解決できると思います。ヤマハ発動機株式会社様がCELL HANDLER™でバイオ分野に参入されたように、多種多様なバックグラウンドを持つプレイヤーが増えることを期待しています。