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YAMAHA RACING for Life:カート

1957年の浅間火山レースや1961年からの2輪世界GP参戦開始に始まり現在に至るヤマハとモータースポーツの密接な関わり。
60年以上に渡って世界中に熱狂と感動を届けてきたヤマハレーシングのDNAはレーシングカートの世界にも拡がり続けています。
ヤマハレーシングカートエンジンで「非日常」を楽しみ、「スピード」に魅せられたドライバーの想いや夢にフォーカスしたインタビュー”YAMAHA RACING for Life”をお届けします。

Vol.1 森川貴光選手

「ヤマハSLレースを極めたい」

子供の頃から夢見てきた、プロレーサーへの道を目指した。
しかし、そこには超えられない壁があった。
その時から新たな目標に向かって活動を始める。
それは、スポーツ&レジャーのカートレースである、SLレースを極めること。
そして、将来、プロのレーサーを目指す子供たちのよいお手本になること。

追いかけた夢と、
ターニングポイント

カートを始めて12年目になります。初めてカートを見たのは小学校2年生の時、父とスーパーGTを見て、かっこいい!僕もレースをやりたい!!と、三重県のレインボースポーツカートコースに行ったことがきっかけです。結局その時には始められなかったんですが、その後もずっとずっと憧れ続けて、高校生の時にアルバイトをして、やっと中古のTIAフレームを買いました。

とはいえ、父には反対されました。始めるには負担もあり、小学生の時もそれで断念してますから。でもどうしてもプロのレーサーになりたい、そのためにはカートが必要なんだ、真剣に取り組んで、数年してだめならやめるからって説得したんです。
最終的には父も納得してくれて、僕以上にいろいろ調べて、メカニックもやってくれました。

そこからはレース経験を積みながら、企画書を出したり、実績のある人にアドバイザーについてもらったりと、できる限りのことをやりました。
だけど、甘い世界じゃなかった。ステップアップして出場した鈴鹿のレースで、全戦予選落ちしたんです。完全に実力不足でした。
自分の才能の限界が見えてしまった。悔しくて悔しくて、最終戦の帰り道は泣きながら運転していたのを覚えています。

若手のよいお手本になりたい

結局、カートはやめませんでした。プロレーサーにはなれなくても、自分の腕は まだまだ磨く余地がある、こうなったらSLレースを極めようと。
SLレースで使用するエンジンのKT100って、イコールコンディションでローパワーな分、スロットル、ブレーキング、ハンドリングなどの操作がよりシビアで、腕の差が出ますよね。だからそこで、ドライビング技術を基礎から見直し、高めていきたいと思ったんです。

SLレースは国内で競技人口が一番多く、職人のようにそのクラスを極めているドライバーもたくさんいる一方で、プロを目指すジュニアドライバーも必ず経験し、通っていくクラスでもあります。
例えば、今はプロレーサーとして活躍している小林可夢偉選手がジュニア時代にSLレースに出た時、彼の速さに唯一張り合えていたのが、そんなレベルの高いベテランドライバーだったんです。あれはすごくかっこよかった。
僕もここでそういう存在になろう。若手が自分を見て何かをつかんで乗り越えていくような、若手の目標となるような選手を目指そうと決めました。

そのためには、速さ、うまさだけではなく、常にクリーンで、いいレースをしないといけない。
相手と信頼しあってバトルをし、失敗して迷惑をかけたらすぐに謝罪するなど、僕自身が模範となるドライバーでなければいけませんよね。
若手のよいお手本になる。これが今の、僕のレースに対する姿勢です。

仲間と一緒に楽しむ、
感謝する

もうひとつのコンセプトは、仲間と一緒に楽しむということです。
チーム名についているヒライプロジェクトは、アドバイザー兼メカニックとしてついてもらっていた元全日本ドライバーの平井健司さんを中心に集まっている仲間で、全員がSLレースに参戦しています。
みんながお互い練習に付き合ったり、応援したり。僕のマシンのカウルにプリントされているのはメンバーの写真です。一緒に走ってるって感じで、レース中ピンチになっても仲間の顔が脳裏に浮かび、負けられないって気持ちになるんです。

レース活動って、たくさんの方に支えられていますよね。僕の場合は100人以上にサポートして頂いている。
いつもグリッド紹介の時にお辞儀をしているでしょ。よく実況でいじってもらってますけど(笑)。
あれは僕の、感謝の気持ちなんです。ここにいることに感謝、いろんな方に感謝。
僕のレースは感謝の気持ちで成り立ってるんですよ。

カートで得た人間的な成長

高校生の時からカート活動をしていて一番良かったなと感じているのは、人間的に成長させてもらったことです。
学校の中では同年代だけで、狭いコミュニティの中で過ごしているけれど、カートは大人とふれあい、その中で活動していかなくちゃいけない。挨拶に始まり、言葉遣い、マナー、コミュニケーションなど、人間的なところを教えてもらってきた12年間でした。

この経験は就職活動でも活かされました。実は、ヤマハの就職試験も受けたんです。落ちたんですけど(苦笑)。
今の仕事はトランスミッションのシミュレーション開発なのですが、これも、高校時代にカートを始めてマシンの動きなど物理学に興味を持ち、大学で制御理論を学んだからこその進路です。
ホント、カートで人生変わりましたね。

これまで、自分自身がよいお手本になることで若手ドライバーを応援したいと思ってきましたが、その一助として、パドックでのあいさつ回りの指導から、レースに対する考え方のアドバイス、レースレポートの添削など、中部地域を中心に、チームの垣根を越えて若手を支援しています。

アスリートをサポートするシステムや新しい才能の発掘など、まだまだできることはたくさんあります。
これからもSLレースできちんとしたレースをして、自分の背中を見せ続けたい。
そしてたとえ現役を引退しても、カートや選手達にはずっと関わっていきたいと思っています。

聞き手・文/レースアナウンサー 稲野一美

森川貴光愛知県出身 28才 会社員

JAF地方選手権西地域FP-3クラスをはじめ、中部地域を中心にヤマハSLシリーズに参戦中
所属:HIRAI PROJECT with Ash(愛知県)
ホームコース:フェスティカサーキット瑞浪(岐阜県)

※SLレースとは、スポーツ&レジャーを旨としたヤマハKT100エンジンを使用するカートレース。40年以上の歴史と国内最多の参加台数を誇る。

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