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ゆっくり走れば、未来が見えてくる。2つのヤマハが拓くグリスロ×立体音響の都市実験

ヤマハ発動機×ヤマハが挑戦した「MR-Sound Mobility」。わずか4ヶ月という短期開発の舞台裏と「遅さ」を強みに変えた発想の転換について、両社のプロジェクトリーダーが語ります。

2025年3月14日


横浜みなとみらいの街並みを、ゆっくりと走る小型の電動モビリティ。乗客の周りからは、まるで馬車が通り過ぎていくような音が聞こえてきます。しかし、そこに馬車は実在しません。まるで音だけがその場をタイムスリップしているような体験です。

2025年1月、横浜未来機構と横浜市が開催した「YOXO FESTIVAL」でお披露目された不思議な体験。ヤマハ発動機の電動カート「グリーンスローモビリティ(以下、グリスロ)」に、ヤマハの立体音響技術「AFC(アクティブフィールドコントロール)」を組み合わせた実証実験によるものです。

ヤマハ発動機 × ヤマハのタッグが挑戦した「移動」と「音」の融合。この新たなモビリティ体験は、街の風景をどのように変えていくのでしょうか。その舞台裏について、プロジェクトリーダーを務めた二人に聞きました。

左:和田朋智毅さん(ヤマハ発動機株式会社 技術・研究本部 共創・新ビジネス開発部 共創推進グループ シニアチーフ)/右:密岡稜大さん(ヤマハ株式会社 研究開発統括部 先進技術開発部 新価値グループ 主任 )

音響テクノロジーが移動を変える

まず、プロジェクトの始まりを教えていただけますか?

和田発端は、ヤマハ発動機が横浜シンフォステージへ入居し、新拠点を構えたことを対外的にもアピールできる機会を探っていたことでした。2024年9月末にYOXO FESTIVALへの出展の話が持ち上がり、同じブランドを共有する企業としてヤマハさんと一緒に何かできないか、という話になりました。実は、以前から技術視点での協業プロジェクトを進めていた縁もあって、今回のプロジェクトリーダーに選ばれることになったんです。

密岡ヤマハとしては、YOXO FESTIVALに3年前から参加していて、毎年異なる技術の実証実験の場として活用させていただいています。今回はヤマハ発動機とのコラボレーションとして、私たちの持つ技術をどう活かせるか、という視点で参加することになりました。

9月末にスタートということは、準備期間もかなり短かったのでは?

和田そうなんです。10月頭からプロジェクトが始動し、開催までは残り約4ヶ月という状況。そのため全く新しいものを開発するのではなく、お互いが提供できるものを掛け合わせることにしました。電動アシスト自転車など選択肢はいろいろありましたが、音響技術との相性も考慮して公道仕様の電動カート「グリスロ」をベースにすることになったんです。

密岡方向性はすぐに決まりましたよね。そこから、ヤマハがグリスロを進化させられることは何だろう、という議論になって。横浜という土地柄を考えたとき、AFC(アクティブフィールドコントロール)という立体音響技術で新しい体験を作れないかと考えたんです。

AFCとはどういった技術なのでしょうか?

密岡AFCは、ホールでの残響感や音の広がり、音が聞こえる位置、方向などを制御する技術です。グリスロに、客席を取り囲むように頭上や足元まで20個のスピーカーを搭載して、乗客を音で包み込むような空間を作り出しています。

和田コンセプトは「MR-Sound Mobility」。MRとは「ミックスド・リアリティ」の略です。VR(バーチャルリアリティ)が完全な仮想空間を作り出し、AR(アグメンティッド・リアリティ)が現実世界に仮想空間を重ね合わせるのに対して、MRはこれらを融合して、バーチャル世界と現実世界をシームレスにつなぐ試みです。

今回は、実際の街並みを走りながら、音だけで「異なる空間」を感じられる体験を目指しました。例えば、横浜らしいジャズの音が前方から聞こえてきたと思ったら、グリスロの動きに合わせて通り過ぎていく。すると、まるで存在しないジャズバンドが現実で演奏しているような感覚を作り出せると考えました。

密岡馬車の走行音、船の汽笛、蒸気機関車の音など、横浜の過去と現在をつなぐような音を用意しました。実際に走行しながら、それらの音が実在するかのような感覚を体験していただけるようにしています。

綱渡りで実現したMRサウンドモビリティ

わずか4ヶ月の短期間でしたが、2社の協業に対して課題はありましたか?

密岡私自身、他社との協業は初めての経験で、最初は戸惑いもありました。例えば、同じ「ヤマハ」でも、大切にするポイントや判断基準が微妙に異なる。そういった違いを一つずつ理解しながら、プロジェクトを進めていく必要がありました。それに、コンセプトを大切にしながら実現可能性も高めなくてはならない、というバランスも難しかったです。

具体的にはどんな苦労がありましたか?

密岡技術面でも課題がありましたね。弊社の実験室と、グリスロが実際に走る環境は全く異なります。実験室では理想的な音響空間が作れても、実際の走行環境では思うようにいかないことも多くて、音のチューニングには苦労しました。

和田車両の構造上、スピーカーを取り付けられる場所が限られていたのも苦労しましたよね。

密岡そうですね。結果的に20個のスピーカーを搭載できましたが、まだまだ改良したいところは多いです。例えば、馬車を引く馬の蹄の音は、本来であれば地面から聞こえてくるはずなんです。でも、スピーカーは主に頭上に設置せざるを得なかったので、立体的な表現としては物足りなさもあって。

突き詰めるなら準備時間がさらに必要でしたが、今回は割り切らないといけない部分でしたね。また、座席の位置によって音の聞こえ方が変わってくるのも、課題の一つでした。

和田ヤマハ発動機としては、グリスロの都市部での走行実績があまりなかったことです。これまでは中山間地域や住宅地が中心だったため、人通りの多い都心部での走行で、特に安全確保には気を使いました。

でも、そういった課題に直面するたびに、お互いの知見を出し合って解決策を探っていきました。例えば、ドアがない環境でも乗客が快適に音を楽しめるよう、走行ルートと音響設計を何度も見直したり。実は、道路使用許可証が手元に届いたのが本番当日の朝9時。プロジェクトメンバーには言えませんでしたが、本当にギリギリでした……。

密岡あ、そうだったんですね(笑)。

和田決して楽な取り組みではありませんでしたが、協業ではポジティブな収穫も大きく、お互いに「話してみたら意外と一緒にやれることがあるんだな」と感じることができましたし、実績も一つ作れました。

今回の出展のように期限や技術に制約がある状況でも、「一緒に何かを作り上げる」と決めて動いてみれば、それまでになかったような価値を生み出せる。そして次はそれを改良したり発展させたり、また新しい価値づくりにつなげられる。プロジェクトを通して、そんな自信が湧きました。

「弱点」を強みに変えた発想の転換

来場者の反応はいかがでしたか?

和田私自身、15年のキャリアの中でさまざまな部門を経験してきましたが、「お客様の笑顔」を間近で見られる機会って実はそれほど多くないんです。開発の現場にいると、どうしても技術的な完成度ばかりを追求してしまいますが、技術や製品を通じて感動を届けるってこういうことなんだと、身をもって体験できましたね。

「意外な発見」もありましたか?

和田グリスロはゴルフカートの技術をベースにしています。法規上、運行速度が遅いことはデメリットのように捉えられがちです。しかし、オープンな車両であることや、ゆっくりしか走れないという特徴を活かして、むしろエンターテインメント性を持たせた移動手段として活用できる可能性を感じました。

「速く、大勢を」という効率性が主流な価値観の中で、景色を楽しみながら移動できることが「付加価値」になるシーンがあると思うんです。

なるほど、一見デメリットに思える特徴を逆手に取るわけですね。

密岡技術者の視点からすると、音質や音の定位にまだまだ改善の余地があると考えていたんです。でも、実際にお客様の反応を見ていると、そういった細かな部分よりも、「音によって馬車が通り過ぎる」という体験自体に感動していただけているのも事実です。

今回は「お客様に楽しんでいただく」という明確な目標があって、それに向けて試行錯誤する中で、技術者としての新しい視点を得られた気がします。

協業の先に広がる新たな可能性

両社の協業について、今後の展望はいかがでしょう?

和田グリスロをはじめ、音響設備を組み込むというスタートから新しい価値提案が生まれるかもしれません。

密岡安全性への意識や音質へのこだわりなど、お互いの大切にしているポイントへの理解がスムーズで、両社の社風や価値観が近いことを実感しました。これを機に、ヤマハとヤマハ発動機でもっと気軽に意見交換できる関係性が築けたらいいですね。

和田そうですね。ヤマハ発動機が横浜シンフォステージに入居したことで、ヤマハと物理的にも近くなれましたから、今後もコミュニケーションをぜひ取っていきたいです。

競合製品の開発では、コストや品質、納期など、さまざまな制約の中で価値を作っていかなければなりません。でも今回のように、実証実験という形で新しい可能性を探る。そして、そこで得られた知見を製品開発にフィードバックしていく。そういったサイクルを作れることは、とても貴重だと感じています。

最後に、お二人が感じた手応えをお聞かせください。

密岡研究開発部門にいると、どうしても技術視点での評価が中心になりがちです。でも今回、直接お客様と接する中で、「純粋に面白い」「こんな体験は初めて」といった声を聞けたことは、大きな励みになりました。技術はあくまで手段であって、いかにお客様の楽しみや体験を作ることが重要なんだと、改めて気付かされました。

和田横浜みなとみらいという新しいフィールドで、グリスロの性質である「ゆっくり」という可能性を広げられたことは大きな収穫でした。 このプロジェクトは、ヤマハさんとの共創があったからこそ実現できました。ヤマハ発動機としても、横浜シンフォステージを新たな共創の場として活用しながら、共創により今までの固定観念にとらわれない価値創出の可能性を探っていきたいと思います。


執筆:長谷川賢人 /撮影:村上大輔・長谷川賢人 /編集:日向コイケ(Huuuu)

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