海岸清掃に遊びを。ヤマハ発動機が挑む、新発想の「海ごみ収集機」ついに始動!
一人の社員の体験をきっかけに始まった『海ごみ収集機』の開発。かながわ海岸美化財団と共に実証実験を進める中で見えてきた課題とその可能性とは?
目次
世界中で深刻化する海ごみ問題。特に問題視されているのがこの資源です。

利便性が高く、私たちの生活に欠かせないものですが、自然環境の下では分解されにくく、一度海に流れ出ると半永久的に海洋中を漂うという負の特徴があります。世界では年間約800万トンものプラスチックが流出し、生態系への影響が危惧されています。
そこでヤマハ発動機は、プラスチック片を効率的に収集する「海ごみ収集機」の開発に挑戦。きっかけは一人の社員による思いがけない体験でした。
担当者の臼井優介は、奄美諸島・沖永良部島への出張中、偶然参加したビーチクリーン活動で、大量の海洋ゴミを目の当たりにします。その光景に強い憤りを覚えた臼井は、海岸清掃に役立つ道具の開発を構想。横浜市内の企業交流会で出会った世界トップクラスの総合ばねメーカー・日本発条株式会社の賛同を得て、プロトタイプの完成にこぎつけました。

そして今回、その実証実験の場として、神奈川・相模湾の海岸保全を担うかながわ海岸美化財団に協力を仰ぐことに。この物語は完成したばかりのプロトタイプを持参した臼井が、かながわ海岸美化財団の柱本健司さんと海岸に繰り出すところから幕が上がります。
「海岸清掃に興味を持ってくれる人が一人でも増えてくれたら」―― そう願う二人の共創的な対話をお楽しみください。
それでは、RePLAY!始まります。
話を聞いた人:柱本健司さん/公益財団法人かながわ海岸美化財団職員。1970年生まれ。大学時代に熱中していたカヌースラローム競技のつながりが縁で、小笠原諸島父島でシーカヤックのインストラクターに従事。海に魅せられる。その後、音楽業界で働く中で、趣味のサーフィンを通して個人でビーチクリーンに取り組む。2007年より財団勤務。
マイクロプラスチックとの戦い! 海ごみ収集機は海を守れるか?
臼井柱本さん、ドキドキしますね!
柱本いや、まさか天下のヤマハ発動機がこんなすごいものを作ってくるとはね(笑)。
臼井初めて柱本さんにお会いしたとき、タイの海岸清掃のインスタを教えてくれましたよね。そこで「ヤマハ発動機の技術でもっとすごいの作れるでしょ?」と言われたのが、すべての始まりです。まずは似たものを作ってみて、これを改良していけば良いものができるんじゃないかと考えました。
柱本そうだね。海岸清掃って、トングとゴミ袋を持って気合いと根性でやる!みたいなイメージがあるから、楽しそうな道具が登場したらみんなもっと興味を持ってくれると思う。お互いの知恵を掛け合わせて、面白いものにしていきたいね。
臼井ありがとうございます! 今日はぜひ率直なご意見をお願いします!

柱本ところで臼井君はなんでうちのような団体の活動に興味を持ったの?
臼井最初のきっかけは、出張先の沖永良部島です。たまたま現地の方に誘われて参加したビーチクリーンで、きれいなはずのビーチに想像以上にゴミが散乱していることに衝撃を受けて。
柱本やってみると分かるよね、ゴミの多さって。
臼井僕も海が好きなので、自分にもできることをしたいと思って調べているうちに、かながわ海岸美化財団の存在を知ったんです。地元の海を拠点にここまで実直に活動されている団体がいたなんて、恥ずかしながらまったく知らなくて……。
柱本見つけてくれただけでも嬉しいよ。僕らはこの活動をもっと多くの人に知ってもらって、実際に海岸清掃に関わる人を増やしていきたいと思っているから。というのもね、僕らが担当している神奈川の海岸線って全長150kmあるんだけど、年間1600トンぐらいの海ごみを回収してるんだよ。それなのに、なかなか減っていかないんだ。

臼井え、そうなんですか。最近はSDGsという言葉が一般化して、環境意識も高まっているように感じていたのですが。
柱本確かに一昔前に比べたら、関心を持つ人は増えたよね。でも、まだまだ「SDGs?なにそれ?」っていう人たちもたくさんいるのが現状だと思う。特に問題なのが海洋生物に深刻な影響を与えているマイクロプラスチックだね。
臼井沖永良部島でも、ウミガメなどの生き物が誤飲しないように、ピンセットで毎朝拾い集めている方のお話を聞きました。

柱本僕らも拾えるものは拾っているんだけど、数も多いし苦労してるよ。これを放っておくと、波や紫外線でナノレベルまで削られて海に流れ出てしまう。そうなるともうお手上げなんだけど、そういうマイクロプラスチックが今、世界で170兆個くらいあると言われていてね。
臼井途方もない数ですね……。
柱本海にはたくさんの魚がいることを考えたら、マイクロプラスチックを飲み込んだ魚を私たち人間が食べている可能性も当然あるよね。
臼井人間の生み出したものが、巡り巡って人間に返ってきてると。
柱本皮肉な話だよね。でも海岸に漂着したものなら拾えるから、そこに今回の道具が役立つといいね。さあ!海に着いたことだし、やってみようか。カゴに細かな穴がたくさん開いてるってことは、そこから砂をふるい落として細かいプラを選り分ける想定でしょ?
臼井はい。一応そのつもりで作ったものなんですが……。柱本さん、早速ですが試してもらっていいですか?
柱本え、いいの? じゃあお言葉に甘えさせてもらって。


柱本おお……。うん、いいじゃん。いいじゃんこれ! なんか楽しいし、いい感じだよ!
臼井え、本当ですか。めちゃくちゃ嬉しいです……!
柱本でも、カゴの中に砂や流木が入るとかなり重たくなるね。集めたものをワンタッチでバシャっと出せるような構造だったらいいな。
臼井なるほど。早くも改善点が!
柱本あとあれだ! 爪みたいなものがあったら砂を引っ掻きやすくなっていいかも。
臼井潮干狩りの熊手みたいなイメージですね。タイの方々は悠々と砂を掻いているような印象でしたが、日本の浜辺の砂とは質が違うのかもしれません。他にも何かありますか?
柱本ヤマハ発動機の製品だしモーターを搭載してもいいんじゃない? 移動も楽になりそうだし。
臼井たしかに。最終的には乗り物にできたら楽しいと思うんですよね。
柱本ごめんね、好き勝手注文しちゃって(笑)。だけどほら、取りたいものはちゃんと取れてるよ。これ見て。

臼井あ、この緑色の!
柱本そうそう、これが取りたいのよ。海に流出してしまうと回収が難しいからここで頑張って食い止める必要がある。海岸は言わば「最後の砦」なんだよね。
なぜ海岸はゴミだらけ? 海が教えてくれる環境問題
臼井それにしても、なんでこんなに海岸ってゴミが集まるんですか?
柱本いくつか要因はあるんだけど、一番は川から流れてくるゴミが非常に多いことだね。
臼井河川ですか! 確かに川と海ってつながってますもんね。
柱本神奈川って人が多いでしょ。プラス川も多い。人が出すゴミを川が運んで、最終的に行き着くのが海岸なんだよね。実際に調査をしてみたら、海岸のゴミの7割が川からのものだったんだ。
臼井なるほど。観光客が置いていくゴミが多いのかなって思ってました。
柱本それもあるんだけど、川からの流入に比べたら全然少ないね。あとは海外から流れ着くゴミが1割くらいかな。特に7年前から黒潮が大蛇行し始めて、その流れの一部が相模湾に入り込んできた。。それで、海外のゴミも一緒に漂着するようになったね。
臼井内からも外からも……大変だ。
柱本僕らは日常的に海岸をパトロールしながら、天候や時期からゴミの量を予測して清掃計画を立てているんだ。でも海外からのゴミはそれができないから非常に厄介。まぁ、我々だけで生きてる世界じゃないからしょうがないよね。

臼井ゴミの種類にはどういうものがあるんですか?
柱本もうありとあらゆるものが流れてくるね。特に多いのはペットボトル。砂がついたらリサイクルできないし、他のゴミも大量にあるから、まとめて近くの焼却場に持ちこんでる。本当は家庭ゴミみたいに細かく分別すれば、リサイクルできるものもあるかもしれないけど、人手も時間も足りないし、現場ではそこまで対応できていない。これも悩みの一つではあるね。
臼井究極的な話なんですが、大量の人手があったら解決できるんでしょうか?
柱本もちろん、その可能性はある。ただ、どうやってその人手を集めるのかが問題だよね。無尽蔵に資金があって、全員に作業費をお支払いできるなら別だけど、うちも清掃は税金で、啓発は寄付や会費で運営している団体だからさ。
臼井お金の使い方は難しそうですね……。
柱本ただね、「予算が限られているから」って言い訳はしたくないんだよ。今回みたいに企業と一緒に楽しいことを生み出したり、海岸清掃への裾野を広げる活動に力を入れていきたいね。
臼井柱本さんはそのあたりがすごくオープンマインドですよね。
柱本結局、自分たちだけでできることには限界があるんだよ。ヤマハ発動機もそうだけど、それぞれ専門領域があって、優れた技術と知識を持っている。お互いの強みを掛け合わせて、みんなで社会課題を解決していけたらいいよね。
臼井そうですね。僕もできることからやっていこうと思います。ひとまず海ごみ収集機の課題は見えてきたので、この後は事務所でお話聞かせてください。
海ごみはみんなの問題、垣根を超えて連帯する
臼井今日は海ごみ収集機のテストができた上に、貴重なお話をたくさん聞かせていただいて、とても有意義な一日でした。今後もご意見を伺えたら嬉しいです。
柱本もちろん。ヤマハ発動機の力でぜひ楽しく進化させてよ。
臼井実は今回の企画は、僕自身の海岸清掃への関心もあったんですけど、そこにヤマハ発動機の「地球がよろこぶ、遊びをつくる」というテーマを掛け合わせて進めているものなんです。
柱本うん、ポジティブで僕は好きな感じの言葉だ。
臼井僕らはこれまで「遊び」を大切にしながら、色んな製品を作ってきました。その一方で、過去に作ったものが今、海ごみになっている可能性も否定できません。だからこそ、問題解決に寄与できる活動をしたいと考えています。
柱本大事な視点だね。でも海ごみは人類全体の問題でもあるから、自分たちだけで抱え込むのではなくて、みんなで考えて行動していきたいよね。だからこそ僕らは、行政や企業、地域住民といったステークホルダーと連携しながら活動しているんだ。
臼井せっかくなので、財団の成り立ちについても教えていただけますか?
柱本端的に言えば、美化財団はみんなの海を綺麗にするために設立された組織だね。設立は1991年。当時の相模湾で何が一番の課題だったかというと、もうとにかく汚かったこと。それを何とか組織的に解決できないかってことで、神奈川県と沿岸13の自治体がお金を出し合って生まれたの。

臼井効率的に海岸清掃を担うために手を取り合ったと。
柱本そう、それまでは海岸清掃って各自治体が「自分たちのところだけはやるぜ」みたいな感じで、バラバラにやっていて。でも海岸線ってずっと続いてるじゃない? 自分たちのところさえ良ければいいみたいな考えは全体最適の観点で非効率だった。我々はその清掃体制を改善して、一体的な海岸管理をしているってわけ。
臼井財団での活動は、重機による本格的な清掃からボランティアの皆さんによる支援まで、包括的な体制となっていますよね。ところで、ボランティアの方々はどうやって集まったんですか? 設立当時は、環境への意識も今ほど高くなかったように思うのですが。
柱本そうだね。昔は「海岸清掃」って言ったら、環境に強い関心がある人のやることだって見られてたよ。一般の方々にも広がったのは、みんなが参加しやすい仕組みを作ったことが大きかったと思う。
臼井みんなが参加しやすい仕組み。具体的にどういうものですか?
柱本ボランティアの方々への支援として、ゴミ袋の提供と回収を無償でサポートしたんだよ。財団に連絡すれば、宅急便でゴミ袋が送られてくる。作業を終えたら、指定の場所にごみを置いてもらえれば、あとは財団が回収するっていう流れだね。

臼井なるほど! それは参加しやすそうです。
柱本この取り組みは「ビーチクリーンボランティア」として今も続いてて、参加者累計で16万人もいるんだよね。特にコロナ以降は参加者が増えていて、この市民意識の高まりは、一つの希望だと思ってる。
海を愛して夢を託す、財団職員の「楽観的」仕事論
臼井なんか僕、勝手なイメージで財団ってカタいのかな……とか思ってたんです。でも、柱本さんの柔軟な考えと人としての魅力に感動すら覚えていて。最後に差し支えなければ、これまでどういう人生を送られてきたのかお聞きしてもいいでしょうか?
柱本いやいや、大した人生ではないよ(笑)。若い頃は小笠原でシーカヤックのインストラクターをやってたね。そのあと音楽業界に入って、藤沢でサーフィンをやりながら音楽の仕事をしてたよ。山下達郎さんともたくさんお仕事させてもらって、楽しかったな〜あの頃は。
臼井え、音楽業界から財団に?
柱本地元で落ち着いて暮らしたいと思ってね。あとはやっぱり海が好きだったからだよ。気付いたら15年経ってたなあ。
臼井それだけ続けたいと思えるお仕事だったということですよね。どういうときに柱本さんはこのお仕事にやりがいを感じるんですか?
柱本たくさんあるけど、やっぱり海岸を回りながら授業をやってるときが一番かな。学校教育の一環で子ども相手に説明することがあるんだけど、中には興味なさそうな子もいるからね。相手によってどう言葉を繰り出すか、みたいなことを考えるのは楽しいね。

臼井海ごみの問題に取り組んでいて無力感に襲われたりすることはないですか? 果てしない道のりだと思うんですけど。
柱本僕はこんな仕事してるけど、結構楽観的なんだよ。真面目にやってる人からは「もっとスピード感を持った方がいい!」とか怒られたりもするんだけどさ、いやいや海岸清掃に興味を持ってくれる人は着実に増えてるし、少しずついい方に変わってきてるんだからいいじゃんって思うタイプで。
臼井そういう考え方も大事な気がします。長い目でものごとを捉えて一つひとつ着実にやっていくことでしか変えられないものがあると思いますし。
柱本もちろんね、ゴミが減っていかないのはうんざりもするよ。だけどこれって時間がかかることで、僕らが生きてる間に何とかできるか分からない話でもあるんだよね。悠長だと思われるかもしれないけど、僕は次の世代、その次の世代にまでつなぐような気持ちでやっていきたいな。
臼井僕は今回こうしてお話できて、柱本さんの大らかなお人柄に心が癒されました。まだまだ課題は山積みですが、少しずつブラッシュアップして絶対おもしろいものをつくります。僕も海が好きなので。
柱本いいね、大切なのは初めの一歩。状況を変えようと行動することはすごく尊いと思う。そのときの気持ちを忘れずにずっと続けることができたら、きっといつか僕らの海は美しい姿に戻るはずだよ。新しいムーブメントをつくろうとする海ごみ収集機のこれからを楽しみにしているよ。

執筆:根岸達朗 /撮影:村上大輔 /編集:日向コイケ(Huuuu)