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事例紹介03 Well-being @ひとまちラボ鎌倉

【トークセッション全文掲載】
「多様な場とモビリティ」で実現するWell-being
@ひとまちラボ鎌倉で語られたこと

【トークセッション全文掲載】
「多様な場とモビリティ」で実現するWell-being
@ひとまちラボ鎌倉で語られたこと

次の時代の社会や暮らしを考える上で、欠かせないキーワード「Well-being(ウェルビーイング)」。
ここでは、9/24(土)に神奈川県の「ひとまちラボ鎌倉」で開催した、予防医学博士・石川善樹氏と、ヤマハ発動機のプロジェクトチーム・Town eMotionのプロジェクトリーダー・榊原瑞穂氏で行われたトークイベントの内容をご紹介します。
“多様な場とモビリティ”が生み出すWell-beingの可能性とは? さらに、そもそもWell-beingの本質とはなにか、を軽快に語っていただきました。

石川善樹氏
予防医学研究者、博士(医学) 1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学 院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。公益財団法人Wellbeing for Planet Earth代表理事。「人がよく生きる(Good Life)とは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学、概念進化論など。近著は『フルライフ(NewsPicks Publishing)』、『考え続ける力(ちくま新書)』など。

榊原瑞穂氏
ヤマハ発動機株式会社 クリエイティブ本部 フロンティアデザイン部 1977年、東京都生まれ。筑波大学芸術専門学群卒業、同大学院芸術研究科修了。松下電器産業(現パナソニック)の事業部門で製品デザインを担当、コンサルティング部門でロボティクス事業化などに従事後、ヤマハ発動機株式会社に転職。新価値創造に取り組むクリエイティブ本部にて、人や社会のWell-beingの向上を実現するための研究開発活動「Town eMotion」を推進。筑波大学非常勤講師(デザイン思考講座)、趣味はトレイルランニング、囲碁。

次の時代の社会や暮らしを考える上で、欠かせないキーワード「Well-being(ウェルビーイング)」。
ここでは、9/24(土)に神奈川県の「ひとまちラボ鎌倉」で開催した、予防医学博士・石川善樹氏と、ヤマハ発動機のプロジェクトチーム・Town eMotionのプロジェクトリーダー・榊原瑞穂氏で行われたトークイベントの内容をご紹介します。
“多様な場とモビリティ”が生み出すWell-beingの可能性とは? さらに、そもそもWell-beingの本質とはなにか、を軽快に語っていただきました。

石川善樹氏
予防医学研究者、博士(医学) 1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学 院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。公益財団法人Wellbeing for Planet Earth代表理事。「人がよく生きる(Good Life)とは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学、概念進化論など。近著は『フルライフ(NewsPicks Publishing)』、『考え続ける力(ちくま新書)』など。

榊原瑞穂氏
ヤマハ発動機株式会社 クリエイティブ本部 フロンティアデザイン部 1977年、東京都生まれ。筑波大学芸術専門学群卒業、同大学院芸術研究科修了。松下電器産業(現パナソニック)の事業部門で製品デザインを担当、コンサルティング部門でロボティクス事業化などに従事後、ヤマハ発動機株式会社に転職。新価値創造に取り組むクリエイティブ本部にて、人や社会のWell-beingの向上を実現するための研究開発活動「Town eMotion」を推進。筑波大学非常勤講師(デザイン思考講座)、趣味はトレイルランニング、囲碁。

「ウェルビーイング=いい人生」 ではない!?

——本日はよろしくお願いします。さっそくですが、自己紹介いただいてもよろしいですか? 石川さんから。

(石川)
こんにちは。あのー。ウェルビーイングとも関係するんですが、この自己紹介の「自己」をどのくらいの時間軸で捉えるか、というのはその人の本質を表すと思っていまして。たとえば「自分は13代目です」なんていう職人さんがいたら、その人はもう先祖代々を含めて「自分」だと捉えていることになるでしょうし、僕、今日この会場に来る前は瀬戸内海のほうにいたんですが、地方に行くと「東京から来ました」で自己紹介になったりもする。あと最近子どもが地元の野球クラブに入ったんですけど、そこではお父さんお母さんがボランティアで運営をしていて「年齢と仕事の話はしない」という暗黙のルールがあり、そのほうが普段の関係性を持ち込まずに交流できるというのがあったりします。つまり自己紹介で何を言って言わないのか、はその人がどんな時間軸で自己を考えているのかを表すんですよね。あ、「自己紹介についてどう思っているのか」を話す場ではなかったですよね……すいません。まぁでも、そんな感じです(笑)。

——素敵な自己紹介ですね(笑)。ありがとうございます。榊原さんお願いします。

(榊原)
榊原瑞穂といいます。普通に自己紹介して大丈夫ですよね?(笑)。今日はデイオフと書いてあるシャツを着ておりまして、お休みモードのようにゆるくいけたらと思っています。私はヤマハ発動機という会社で働いてまして、今日みなさんに来ていただいたこのスペースがどういう場所なのか、どういう取り組みをしているのか、を解きほぐしていきたいと思います。あ、あと東京から来ました。

——ありがとうございます(笑)。遅れましたが、司会を務めさせていただく鎌倉FM放送の小松あかりと申します。ラジオパーソナリティをしながら、ローカルという領域のなかでいろいろな事業やイベントのプロデュースをさせていただいております。今日は「多様な場とモビリティが実現するウェルビーイング」というテーマでおふたりに語っていただくのですが、まずは石川さんより最近耳にすることが増えてきた「ウェルビーイング」という言葉についてご説明いただけますか?

(石川)
はい。じつはウェルビーイングの明確な起源ってないんです。ただ国際的な流れになったのは、約10数年前のサルコジ元フランス大統領がきっかけです。彼がブータンという国を見たときに「羨ましい! これからはGDPじゃなくてGNHだ」となったんですよね(笑)。GNH、つまりGross National Happinessの略で、大切なのは「国民総幸福量」なんだと。そこから西洋の研究者たちが中心になって、どうすればGDPと補完しあってウェルビーイングを大事にしていけるか、という宣言が2010年代後半に出てきました。象徴的だったのが、国連のWorld Happiness Reportです。それで各国のウェルビーイング度ランキングを出すようになったんですね。ウェルビーイングという言葉自体に定義はないんですが、測定法は標準化されてるという不思議な領域なんです。自分にとって理想的な状態を10点、最悪な状態を0点として「今の生活を自己評価してください」という測定方法です。 ただウェルビーイングの定義って難しくて、文化差もあるんですよ。それで実際測定してみたら、北欧諸国が軒並み高くなったんですね。 GDPではアメリカや中国が注目されるんですが、ウェルビーイング度を見てみたら、GDPではそこまで注目されないような国がとても自己評価が高く、そこから「ウェルビーイングってなんだ?」と徐々に研究が進んでいった流れです。 ウェルビーイングは、ある意味個人の評価軸に委ねられています。点数の高い・低いは出るんですが、じゃあ「10点の人は5点の人よりもいいのか?」という議論が出てくる。たとえば今日から死ぬまでずっと10点の人がいたとして、振り返ったときに「それっていい人生なんだっけ?」というのは人によって感じ方が違うじゃないですか(笑)。もっと喜怒哀楽があったほうがいい人生だ! という人もいるかもしれない。だから必ずしも「高い=良い」ではないということなんですね。だから「ウェルビーイングを高める」という表現をよく見かけるんですが、それだけが正義じゃなくて、ウェルビーイングを深める、でもいいと思うんですよね。それくらいウェルビーイングの定義はふわふわしていて、柔軟です。

——なるほど。数値が高い国と低い国ではどのような違いがあるのでしょうか?

(石川)
これもずっとデータを取っていて、結局なにが決定的な要因なんだ、ということですよね。結論から言うと「選択肢と自己決定」だと言われています。生活をしていく上で適切な「選択肢」があって、そのなかから「自己決定」できる環境かどうかっていうのがウェルビーイングにすごく影響を与えるんですね。たとえば僕らの研究で世界150ヶ国ほど調査したんですけど、料理頻度の男女格差が小さいほど、その社会はウェルビーイングなんですよ。例外なくすべての国や地域で女性のほうが料理をしていて、男性がどれくらい料理するかは格差があります。つまり何が言いたいかと言うと、これは料理する/しない、ではなく、選択肢が多いかどうかなんですよね。したい人はすればいいし、したくない人はしなくていい。そういう選択肢と自己決定がある社会かどうかなんです。

(榊原)
多様な価値観が受け入れられているほど、ウェルビーイングが深まっている状態なのだと感じました。多様性とリンクしているところがあるんじゃないかな。

(石川)
日々体調も気候も変化するなかで、調和やバランスが取れている状態を「ウェルビーイング」とする考えがどんどん出てきていますね。たとえば僕、この1週間いろんなことが起きて……今あの……色々あって、靴がないんですよ(笑)。とある学生に助けてもらったんですけど、困ったときに助けてくれる人がいるっていうのは、ウェルビーイングでも重要な要素です。あえてトラブルに陥ってみるのもウェルビーイングを確認するいい方法かもしれませんね。

(榊原)
私はあえてトラブルに飛び込む勇気はないんですが(笑)、今日のイベントも雨予報だったので本社のボスから「大丈夫か?」と確認があり、みんなに相談しながらなんとか無事開催できました。そういうリスクを取ることで得られるものもあるんだろうな、と感じます。

——ウェルビーイングに関して、個人の経験や見解で指標が変わってくる、というのはイメージできるのですが、まちづくりのようなコミュニティや団体という単位のなかでもウェルビーイングを求める上で大事なポイントはあるのでしょうか?

(石川)
「ウェルビーイングとは何か」という議論をしないことじゃないかなと思います。人それぞれ違いすぎるので。たとえば今日だって「自分はずっとビールを飲んでいたい」という人もいるかもしれない(笑)。研究の世界でも、まず哲学者や文化人がウェルビーイングとは何か、ってことをひたすら語った「持論の時代」があったんですよ。そこから次に「持論はもういい、一旦置いておこう」と。ウェルビーイングが何であってもいい。研究者たちはウェルビーイングを定義することは諦めて、それはあなた自身で定義してくださいと。そこから「ウェルビーイングの要因は何か」という研究が進んでいく。ここが大事なんですが「ウェルビーイングとは何か」という議論と「ウェルビーイングの要因は何か」という議論は、まったくの別ものなんですよ。 分かりやすく例えると、ウェルビーイングの重要な要因として「世帯収入」があります。もちろん世帯収入はあったほうが世代や文化を超えて大事だってみんな感じます。だけどそれを使ってどういうウェルビーイングを実現したいかは、人によってまったく違う。贅沢の限りを尽くしたい人もいれば、町に寄付したい人もいる。どういうウェルビーイングを望むかは人によって違うんだけど、要因が似ているっていう気づきがとても大事だったんですね。

——なるほど。その要因はいくつもあるのでしょうか?

(石川)
それが意外と少なくて「選択肢と自己決定」に対して、まず1つ挙げられるのが「経済」です。これはシンプルに、経済状況がいいほうが選択肢は増えるじゃないですか。コンビニへ行ったときだって、ハーゲンダッツを買うのかガリガリ君を買うのか選べるわけです。

ウェルビーイングの 「being」ってなんだ?

——ヤマハ発動機としてこういった「ひとまちラボ鎌倉」を活用した場づくりをされていますが、どのような役割を担っているのでしょうか?

(榊原)
まず我々の会社の歴史から言いますと、なにかの課題を解決するというよりは、お客さまにエキサイティングな気持ちになってもらうというところにオリジンがありますので、そういった点がウェルビーイングに寄与しているところかなと感じます。楽しい選択肢を作りつづけてきた会社ではあるかなと。 ヤマハと名のついた製品をご覧いただくと、楽器やオートバイなど「買ってその日から使いこなせる製品がほとんどない」ということに気づかれると思います。いずれも何かしらの練習や鍛錬がないと乗れないとか弾けないものばかりです。つまり、人のチャレンジや成長を促すようなものを提供しつづけてきている会社です。そのなかで、世の中のためになり、もっと人々を幸せにできるようなことをたくさん作っていきたいですね。ただ我々だけでできることはそんなに多くないので、コ・クリエーション(共創)という形でいろいろな方々と一緒に作っていければと思います。こういうオープンな場を通して、ある意味勝手に入り混じって何かが起きてしまうような、そんなことも大いに期待してこのような活動をしています。

——ウェルビーイングという視点で見たとき、石川さんはこういった「場」が持つ力をどのようにお考えですか?

(石川)
まずこの「ウェルビーイング」という言葉を日本語にするとどうなるんだろうというのをずっと考えてまして……。「ウェル=well」はわかりやすいですよね。なんか「いい」ってことですよね。分かりにくいのは「ビーイング=being」のほうです。ingがついちゃってるんですよ。現在進行形で変化し続けてるんです。これがもしレットイットビーだったらありのままにという感じで「もうそのままでええんやで!」と固定化されていてオッケーなんですが、ingなので動きを感じますよね。 で、そういえば「human being=ヒューマンビーイング」っていう言葉があるなと思ったんです。人間という意味ですね。だからヒューマンが「人」だとすると、ビーイングは「間(ま)」なんだと。だから近づいたり離れたりと「良い間」を作ることがウェルビーイングなんじゃないかなって思っているんです。 ちょっと変な話になるんですが、先日、青森県の三内丸山遺跡に行ってきました。縄文の日本って世界的にも珍しく、なかなか稲作を導入しないでずっと狩猟をやっていたんです。それが世界遺産として残っていて、日本の「間」の源流は三内丸山遺跡にあるんじゃないかと。そこで面白かったのは、縄文のコミュニティが最終的にどう進化していったのかという展示です。 最初は「集落」なんですよ。そこからだんだん人が増えてくると大集落になってきて、一度に暮らせないから、また集落になって分かれていく。で、集落は周りにいっぱいあるんですけど、どうやって連帯を保つのかっていう問題が出てくるんですね。 それで縄文は最終的に何をしたかっていうと、集落同士の中央に2つの機能を置いたんです。それが「お祭り」と「お墓」です。なぜかと言うと、生きてる人間は未来に向かって生きてるんですね。お墓は歴史や過去。祭りは今なんですね。結局、生きてる人間同士だけだと、どうしても未来へ未来へ向きがちなんだけど、過去と今があって未来なんだという「時間軸」をつなぐことで連帯を図っていくのが縄文人の「場づくり」における知恵だったんだろうなと。「まつり」の語源が「間(ま)を吊る」にあるという説もあるくらいですから。 会社で例えると、社員が歴史を踏まえているかとか、年に1度の忘年会を大事にしてるか、などです。歴史や祭りを大事にしている「場」は、極めてウェルビーイングとの関連性が深いんじゃないかなと思います。

(榊原)
話を聞いていたら、どことなくこの場も遺跡みたいに見えてきました(笑)。この場所も朝はラジオ体操で使っていただいたり、訪れる方によって「素晴らしいグランピングのような場所ですね」とおっしゃっていただく方もいれば、「野戦病院のようですね」なんて言われることも(笑)。場がどういう印象を与えるかとか、その人たちにとってどういう意味を持つかっていうのはかなり幅があると実感しました。先ほどのお祭りやお墓の話のように、中央にフラットに “見える化” されることの大切さも感じましたし、この場所もじつは今までありそうでなかった場だということを感じております。

——お祭りもお墓参りも、やはり日本文化のなかで大切な役割を担っているなと感じます。こういった一つ一つが街を成熟させてるのでしょうか。

(石川)
やっぱりおじいちゃんおばあちゃんがどういう思いで生きてきたのか、という街の歴史を知っているほうがウェルビーイングだと思うんですよね。なぜなら、良い場や繋がりのなかで自分が生きているんだ、と確信が持てるから。 あと、お祭りってだいたい300年前にできたものが多いんですが、なぜだろうと調べたとき「徳川だ!」と思ったんですよ。江戸時代はそれまでの武士が町を支配してた時代から、むしろ都に住まわせる政策をしたことで、各地の村が農民中心になっちゃった。突然自分たちだけでどうやって自治していくんだろう……そうだ、祭りから始めよう! となったんじゃないかと思うんですよね(笑)。これは僕の想像ですが。 一番最初の自己紹介にも通ずるんですが、どの時間軸で自分を語るかっていうのを考えたとき、リアルな「場」だけではなく、時間軸や見えないつながりを回遊するという素晴らしさもありますよね。

ウェルビーイングに必要な 3つの要素 「経済」「民主化」「寛容」

——先ほどお話に出たウェルビーイングにおいて「選択肢と自己決定」を実現するための要因について、続きを教えていただけますか?

(石川)
「経済」が順調であることはとても重要なんですが、2つめが「民主化」です。「民が主である」こと。20世紀はいろいろな国が民主化していった極めて不思議な時代でして、20世紀が始まった頃は民主国家なんて数ヶ国しかなかったわけです。ただ民主化した国とそうでない国が出てきた、というのは我々からするととても研究しがいがあります。民主国家のほうが選択肢が広いし、自己決定もしやすい。社会主義国の場合、国が強すぎると自己決定しづらいじゃないですか。 日本では昔から自助・共助・公助という考えがありますが、民主国家は共助だと思うんです。共に助ける。個人主義だけでもないし、公助がなんとかしてくれるというものでもない。 50年以上データを取り続けているなかで見えてきたのは、20世紀がたまたまそうだったのかもしれないけど「民主化」と「経済」はすごい相性が良かったんですよね。ただ、今は必ずしもそうじゃなくて、国家が主導したほうが強いケースもあるし、企業もカリスマリーダーがいたほうが強かったりもするので、絶対普遍かと言われると分かりません。

——ウェルビーイングの要因として「民が主であることが大切」って、とても面白いですね。ここで榊原さんからこの「場」についてもご説明いただけますか?

(榊原)
我々「Town eMotion(タウンイモーション)」という名前にいろいろな意味を込めているんですが、先ほどヤマハが取り扱っているものには鍛錬が必要という話をしました。その結果なにをもたらしたいかというと、やっぱり感動なんですね。企業の目的自体は、感動創造なんです。その感動を誰がするかっていうと、人ですよね。 たとえば街のなかで移動がしづらいというマイナスな状況があったとき。これをゼロにする移動手段や、さらにそこに楽しさやワクワクを加えたり、場や移動体験そのものにも多様性があるべきだろうと思っています。マイナスからゼロへ、そしてプラスへ、という過程には多様な選択肢があると思っていて、これが実現できるととても持続的ないい街になるんじゃないかと。そのきっかけの一つとして、こういう開かれた場をつくり、みなさんと一緒にワクワクできる新しいことを始められたらと思っています。

(石川)
またちょっと変な話をしてもいいですか? 日本の歴史を遡ると、基本的に町というものは、国がトップダウンで命令したことを実行する場所だったんですね。それが「地域には地域の独自性があるんだから、もっとボトムアップで独自でやってこうぜ」という大きな転換があったのが、竹下登内閣のときです。ウィッシュのDAIGOさんのおじいちゃんですね。彼は消費税の導入やふるさと創生事業が大きなミッションだったわけですが、当時はめちゃくちゃ好景気だったので、予算がいっぱいあったんです。それですべての市町村に1億円を配ると。そして何に使ってもいいよと。ただし、住民としっかり議論してやってね、ということで全国的にとんでもない盛り上がりを見せました。 僕が生まれ育った瀬戸内海に生口島(いくちじま)という島があるんですが、当時の市長がなかなかぶっとんだ人で、彼はその1億円を使って「島まるごと美術館」というコンセプトで、島中に現代アートを17個作ったんですよ。人口7000人くらいの小さな島に、点々とアートがあるんですね。ちなみに海上に現代アートを作った珍しいケースらしく、本来は海上保安庁とか国土交通省とかいろいろな規制があるらしいんですけど「やっちゃえやっちゃえ」と(笑)。変な島なんです。 そのムーブメントが1980年代に起きて、この生口島にインスパイアされたのが現在の直島や豊島です。 ここで面白いのが、それまでアートなんかまったく興味のなかった島民がですね、40年近く経つともう「アートといえば我が島なり」と誇りにしているんですよね。また島中にアートが点在しているものだから、観光客もぐるぐる移動する。もちろん当時の景気や予算の話もあるんですが、なにかこういうワクワクを日本中に作ったのがふるさと創生事業だったんだな、というのをふと思い出しました。今は地方創生と呼び名を変えていますが、こういうボトムアップの流れになると多様性が生まれてきますよね。

——では、ウェルビーイングの要因となる3つめのキーワードがまだお聞きできてなかったので教えていただけますか?

(石川)
経済、民主化ときて、3つめが「寛容」です。区別差別しないということです。今はダイバーシティやインクルージョンなど横文字で語られますが、素晴らしい日本語訳があって、要は「ごちゃまぜ」ということです(笑)。ごちゃまぜって言われると、なんか「ま、いっか」ってなるんですよ。それっていろいろ選択しやすいってことでもありますから。

(榊原)
選択肢があるってすごく大事だなっていうのは私もすごく感じていて、たとえば移動手段についても、便利とか楽しいとか、選択肢がいっぱいあっていいと思うんです。その日の気分で選べる、なんていうのもいいですよね。

(石川)
移動という行為は、いろいろな価値観に出会いやすくなるんですよね。たとえば僕も最近いくつかの島を巡っていたんですが、ある島の人たちは平均して3つの宗教に入っていました。神道、仏教、さらに新興宗教とか。我々はなんとなく宗教って1つだと思い込んでるじゃないですか。あと別の価値観でいうと、ブータンでは完全に女性が強いんですよ。財産も基本的に女性が受け継ぎます。チベットなんて一妻多夫制ですしね。どうしても同じ場所だけに留まっていると同じ価値観の人で集まりやすい傾向にあるんですが、たくさん移動することでいろいろな価値観に出会い、自分のなかでごちゃまぜになって「ま、いっか」となる。なので、移動とウェルビーイングは関連しているし、人類は地球上でもっとも移動している生き物ですから。結果的に移動をしてきた人たちが生き残っているわけで、これはもう人間の本能だと思うんですよね。

(榊原)
我々もまさに「移動」を商売にしているわけですが、そこにも多様性があるんじゃないかと思っています。これまでは移動というと「遠くへ速く」というテーマがあったわけですが、エネルギー問題などもあり、長距離移動だけに着目するのではなく、近所のパーソナルな移動や、街なかをゆっくり移動するような手段にも着目すべきだと感じています。

(石川)
「移動の多様性」っていう考え方もあるんですよ。たとえば鎌倉市に住んでいても、いろんなところに移動している人と、決まった場所にしか行かない人がいる。基本的に移動の多様性がある人のほうがウェルビーイングです。もう少し考えていくと、移動する人って、そこでいろいろな関係性を結んでいるわけですよね。 縄文時代を見ると、どうやら日本の共同体は3つの存在と関係を結んでいたようです。1つが生きている人。2つめが死者。お墓とかですよね。3つめが自然。いわゆる八百万の神です。お供えものを持っていくにしても、なにか買っていくわけじゃないですか。そこで経済活動が発生して「いい間(ま)」が生まれる。要はこういう関係性を結んでいくことがウェルビーイングなんだろうなと僕は思います。

(榊原)
ヤマハという会社に目を向けると、やはりすごくこだわったものづくりをしてきた会社だと思うんです。そこでヒット製品が生まれて、多くの人に幸せを届けてきたわけですが、今改めて「必要とされることってなんだろう」ということを考えながら、こういう場を用意させていただいて、みなさんと共有しながらここで生まれるものだったり、サービスというものを大切にしていく必要があるんじゃないかと。私たちはモビリティを通して、この「間(ま)」という関係性を作りたいんだなっていうことが改めて整理できた気がします。継続して行きたくなる場というのはやはり関係性から生まれるものだと思うので、そういうプロセスがイメージできました。

未来へのキーワードは 「関係性の結び直し」

——最後に、未来の暮らしはどうなっていくのか、という話も伺いたいと思います。

(石川)
まず近代から見ていくと、日本は明治以降「共同体の崩壊」をやってきたんです。「ふるさとから離れようぜ」という壮大な教育です。小学校で習う歌でも「都会に出て立身出世しようぜ、ふるさとは遠きにありて思うものだぜ、たまには帰って錦を飾ろうぜ」と。なぜなら国家を作りたかったからです。それまでは鎌倉とか加賀など、地元のことを国と言っていたわけですが、それだと日本としてまとまらない。欧米列強との戦争に勝てなかったんですね。だから国家を作る必要がありました。そのためには「日本という国家なんだ」と。「鎌倉じゃないんだ」ってことですよね。 その流れがずっと続いてきたんですが、そろそろ「脱・近代」というか、地域回帰が起こってくるだろうなと思います。 近未来の暮らしというと、テクノロジーが発展して映画でもだいたい明るくて白いじゃないですか? でもそうじゃないんじゃないかと思っていて、もう少し半径5mくらいの、その人の地域とか自然、歴史と関係を結び直していくという時代になるんじゃないかなと思うんですよね。 そこで重要なのが、個人主体でも国家主体でもなく「関係性」を主体にものごとを考えていくこと。私がやりたい、とか、国がどうこうじゃなくて、関係性のなかで自然に生まれてくる「関係性主義」ができてくると面白いんじゃないかなと思います。そのためにいろいろ移動したり、モビリティを活用したり、ということに繋がってくるんですよね。

(榊原)
私も近しい感覚を持っていまして、いま欧州ではウォーカブルなまちづくりということで、いかに人に歩いてもらうか、近所に外出してもらうか、という動きがあります。日本でもようやくそこに向かいつつあるかなと。もちろんまだまだ課題はたくさんありますが、先ほど石川さんがおっしゃっていた「関係性の結び直し」がとても納得感ありますね。

(石川)
僕この前、船舶免許を取ったんですよ。これも移動の多様性ですかね(笑)。海との関係性回帰です。車とちがって右側通行なんだと知って面白かったんですけど、やっぱり触れないと分からないことっていっぱいありますよね。この関係性回帰というものに、徐々に人々の意識や行動が変異していくかなと思います。その予兆を感じますし、そのときにやっぱり「選択肢と自己決定」ができるためのウェルビーイングな手段や場所があるべきだなと改めて感じました。

(榊原)
関係性を築いてこうと思ったとき、たとえばデジタル技術を活用して関係性が見えるようになるってことがすごく大事だなと思っていいます。この鎌倉でも「まちのコイン」というコミュニティ通貨を活用して、関係性のやりとりが可視化されるような仕組みが導入されていますが、そういう結果が見えることで、さらに行動が生み出されていく、というのもまちづくりに大事な要素だと感じました。私たちはモビリティをコアにしつつ、その関係性やつながりがちゃんと見えるウェルビーイングな世界を作っていけたらなと思います。

——本日は貴重なお話をありがとうございました。

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