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グリーンスローモビリティ(電動カート公道仕様)

グリーンスローモビリティ導入による高齢者のQOL向上や地域活性化の可能性(千葉大学・日本福祉大学)

グリーンスローモビリティ(電動カート公道仕様)導入による「高齢者のQOL向上の共同研究」についてのインタビューをご紹介します。

近藤 克則さん

千葉大学 名誉教授・グランドフェロー
予防医学センター 健康まちづくり共同研究部門 特任教授

グリスロは、高齢者のQOL向上や、
地域の活性化を促す「走るコミュニケーションツール」。

グリーンスローモビリティ(以下、グリスロ)による移動が、高齢者の健康促進や社会保障費の抑制などに寄与するのか?当社ではその検証を目的に、千葉大学および日本福祉大学との共創プラットフォームによる共同研究を進めています。
今回は、同研究グループの代表、近藤克則さん(千葉大学 特任教授)をお訪ねし、グリスロ導入による高齢者のQOL向上や、地域活性化の可能性について伺いました。

臨床医の経験を持つ近藤先生が、「健康と社会的な要因」といった領域に関心を持たれたきっかけを教えてください。

私の父は、愛知県の無医村だったまちの病院長を務めていました。ただ49歳で亡くなってしまって、その結果、小さな病院が再び医師不足に悩むという僻地医療の課題を間近に見てきました。ですから臨床医をしていた14年の間も、「個人の頑張りでは解決できない社会課題」というものが常に心の中に残っていました。
その後、日本福祉大学で医療政策や健康政策、介護政策などを研究し、そうした中で「健康は生物医学的な要因のみで決まっておらず、社会的な要因の影響が思いのほか大きい」といった議論に出会いました。その考えは、自分の臨床経験からくる実感とも大いに合致するものでしたので、「これだ!」と感じて深堀りすることにしました。

健康を左右する社会的な要因には、具体的にはどのようなものがありますか?

たとえば自宅に閉じこもってしまう高齢者は、本人が好んで閉じこもっているわけではない場合もあります。坂道の存在や安全に歩ける歩道の有無、公共交通機関の使いやすさなど、社会環境が気持ちの障壁をつくりだしているのかもしれません。「さあ、出かけましょう」と本人に促すアプローチがこれまでの主流だったとしたら、環境のバリアを減らしていくことで、結果的に人々の行動が変わっていくというアプローチもあるはずです。
オックスフォード大学から『Social Epidemiology』という本が出版されたのが2000年。その前にブラック卿がまとめた『Black report』(1980)でも、「病気は貧しい人たちに多く、放置してはいけない」という主張がありました。健康を左右する社会的な要因は、貧困や環境、友人が多いかそうでないかなど、じつに多岐にわたります。

そうしたさまざまな要因の中で、「移動」とは、どのように位置づけられるものですか?

社会的な決定要因の中にも、介入が困難なものと、比較的容易なものがあります。私たちはさまざまな課題の中から介入しやすいものを見出してアプローチを試みますが、その一つに、移動手段がないために閉じこもってしまう人々への介入があります。坂道がきつく、歩くには遠いといった理由で外出をためらう人のもとに移動手段を導入すると、坂道も気にならず、出かけた先には楽しいことが待っているかもしれないと思っていただける。そうなれば、きっと出かける意欲もわくでしょう。移動は、条件がそろえば介入しやすい課題の一つです。
WHOが発行したレポート全10章1のうち、移動だけでその1章を占めていることからも明らかなように、「健康には、移動が大事」ということはすでに世界の共通認識です。もっとも有名なのは、イギリスで導入されている高齢者に向けたバス無料の取り組みです2。日本の敬老パスのようなものですが、追跡調査をしたところ、うつの人が減ったという結果も出ています2

グリスロを用いたモデル事業は、どのような経緯で始まったのですか?

高齢者の健康の研究を進める中で、閉じこもりが他に比べて多いエリアを見つけました。現地に足を運びフィールド調査を行ったところ、坂の多い地域であることがわかりました。ちょうどその時、グリスロのモデル事業の公募があったので、応募したところ無事採択されたため、千葉県松戸市での実証研究を進めることになりました。
実際に初期的な評価をしてみると、「外出機会が増えた」「歩く機会が増えた」という移動支援の目的だけでなく、「会話が増えた」「地域活動に参加する機会が増えた」という心理・社会的な変化を報告してくれる高齢者の方が多くいました3。私たちはもともとソーシャル・キャピタル(人々の関係性や絆から生まれる資源)にも着目していましたが、じつはそのソーシャル・キャピタルにもプラス効果があることがわかり、「ならば介護予防効果も期待できる」という仮説に発展していったわけです。そこからは、移動支援に加えて、コミュニティづくりを支援するツールにもなり得ると考えるようになりました。

コミュニティづくり支援ツールという視点で、グリスロはどのように機能していますか?

移動車中で会話を楽しむというのはもちろんですが、私がおもしろいと感じたのは「道行く人と会話をした」という回答が多かったことです。ドアなどがない開放的な乗りものだからこそ起こるコミュニケーションのかたちだと感じました。
人々の交流やボランティアの介護予防効果4という面でとらえると、運転手の皆さんたちにも介護予防効果がみられることがわかっています。退職後の方が、「地域デビューしたいけれどもきっかけがない」という話はよく聞きます。特別なスキルを持たなくとも、運転免許があればできるグリスロドライバーという役割は、地域デビューにうってつけかもしれません。地域内に顔見知りも増えますし、「ありがとう」と感謝もされます。そうしたささやかな社会貢献に参加することで、ドライバー自身にとっても認知症になりにくい環境が実現するわけです。一石二鳥も、三鳥もあるコミュニティ再生ツールとなる可能性を秘めています。

高齢者以外の住民への影響はいかがでしょうか?

たとえばある地域には、サンタクロースがグリスロに乗ってやってくるコミュニティがあります。こうした活用例のように、子どもたちにとっても親しみやすく、かつ環境負荷の少ないグリスロは、地域活性や再生力にもつながる汎用性を持ったコミュニケーションツールになり得ると感じています。
グリスロを「走るサロン」と表現をした方がいました。厚生労働省は“通いの場”を増やそうとしていますが、そこに向かう移動手段そのものが、じつは“通いの場”の機能まで果たしているという意味です。これは非常に魅力的なコンセプトであり、またグリスロの価値を的確に表したネーミングとも感じています。

最後に、この研究の発展性について、近藤先生の考えを教えてください。

高齢者の健康や介護予防効果への貢献、それからコミュニティの活性化などはもちろんですが、大きく言えばプラネタリーヘルス、地球の健康も今後は考えなくてはなりません。例えば地球温暖化による熱波で熱中症になる人が増えています。人々の健康のために、温暖化を食い止め地球の健康を守るという、プラネタリーヘルスの重要性が増すでしょう。グリスロは電気を用いた移動手段なので環境負荷が少なく、さらに、CO2排出量の5%前後は、病院や医療活動によるものとされていますので、医療から予防にシフトできれば、結果的にCO2の削減にも貢献できるわけです。
いま、介護予防や健康増進の効果も見える化することが求められており、内閣府ではソーシャル・インパクト・ボンド(SIB/官民連携による社会課題解決のための投資スキーム)や、ペイ・フォー・サクセス(PFS/成果連動型民間委託契約方式)の導入検討も進んでいます。この研究で、成果を見える化し、移動支援により抑制された社会保障費の一部をグリスロの導入に関わる事業者に還元してSIB/PFSでマネタイズすることで、移動支援、介護予防、地域づくり、CO2削減、プラネタリーヘルスなどの社会課題に同時にアプローチして、1粒で5回ほどおいしいキャラメルにならないかと思案しているところです。(笑)

共同研究者の皆さん

千葉大学予防医学センター 健康まちづくり共同研究部門 特任助教 井手一茂さん

グリスロは、まちを元気にするソリューションとなりうる

井手一茂さん

千葉大学予防医学センター 健康まちづくり共同研究部門 特任助教

私は元々理学療法士です。目の前にいる患者さんへの支援を基点に、やがてその方が暮らすまちを元気にしていくことが、一人ひとりの健康に重要なのではないかと考えるようになりました。グリスロ移動支援は、単なる移動にとどまらない、人とのつながりを生み出すものだと感じています。
どの導入地域でも耳にするのが「グリスロを見かけると元気になる」という話です。利用者はもちろんですが、アンケートで「利用しない」と答えた人にも、「会話が増えた」「明るくなった」という回答がみられます。こうした効果についても本研究でエビデンスを生み出し、まちを元気することに貢献したいと考えています。

千葉大学予防医学センター 社会予防医学部門 特任研究員 小林周平さん

データにも表れなかった住民の熱量

小林周平さん

千葉大学予防医学センター 社会予防医学部門 特任研究員

実証実験を終えたある地域に、成果報告に行った時のことです。会場には50名ほどの参加者がいて、その関心の高さに驚いた記憶があります。実証実験は一旦終わりましたが、住民の皆さんから「すでに生活の足になっている。(グリスロを)止められてしまっては困る」という意見が多数寄せられました。研究を通して定量的なデータは把握していましたが、数字には表れない熱量を感じることができました。
移動というテーマは、数ある課題の一つです。それでも大学だけで完結できるものではありません。行政・住民の皆さんとともに課題解決を目指すこの研究に、強くやりがいを感じています。

日本福祉大学 健康社会研究センター 主任研究員 渡邉良太さん

人とまちの健やかなループをエビデンスで示したい

渡邉良太さん

日本福祉大学 健康社会研究センター 主任研究員

理学療法士として病院勤務をする中で、「あの患者さんは(リハビリを)やる気がない。よくならなくても仕方がない」というスタッフの会話を耳にしたことがありました。そうした言葉を聞くたびに私は強い違和感をもち、個人の努力に頼っていることこそが課題だろうと考えていました。本研究と関連づけるなら、地域に移動手段はないが、それでも頑張って買い物に出かけてください、通院してください、という対応です。
グリスロのような公共交通は、運賃だけでは採算がとりにくいとされています。しかし、買い物や通院ができなくなることによって、社会全体では大きな損失が生じます。グリスロが走ることでまちが元気になり、高齢者も買い物や趣味を楽しみ、介護給付費も減少する。こうした健やかなループが描かれることを、エビデンスによってお示しすることを目指しています。

取材:2024年12月

参考文献

1.
Wilkinson, Richard & Marmot, Michael. Social determinants of health: the solid facts, 2nd ed. World Health Organization. Regional Office for Europe. 2023 https://iris.who.int/handle/10665/326568 new window(2025年1月25日アクセス).
2.
Reinhard E, Courtin E, van Lenthe FJ, Avendano M. Public transport policy, social engagement and mental health in older age: a quasi-experimental evaluation of free bus passes in England. J Epidemiol Community Health. 2018 May;72(5):361-368. doi: 10.1136/jech-2017-210038.
3.
田村元樹, 井手一茂, 花里真道, 中込敦士, 竹内寛貴, 塩谷竜之介, 阿部紀之, 王鶴群, 近藤克則. 地域在住高齢者におけるグリーンスローモビリティ導入による外出、社会的行動、ポジティブ感情を感じる機会の主観的変化: 前後データを用いた研究. 老年社会科学 45(3) 225-238, 2023
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