とあるサービス部社員が語る整備の世界
サービス部社員に歴史あり。個性派社員による整備の話などなど

カスタマーエクスペリエンス事業部サービス部
ケニー筒井さん
自分でやってみる人(笑)
長いことサービス部門で働いています。原付から大型スポーツ、ATVにスノーモービルまで、ヤマハのサービス業務を手広くやってきました。バイクはオフロードからスーパースポーツまで乗り継いだ末に、今はネイキッドに落ち着いています。趣味はキャンプや料理、自宅での音声応答ローカルAI構築、EV自作までと節操がなく、「とりあえず自分でやってみる」の精神で大体なんでも手を出します。その結果、やめときゃ良かったと後悔することも多いです。
はじめまして。ヤマハ発動機のサービス部門で働いている筒井です。
「整備やサービスについてブログを書け」という指令がありまして、こうして皆さんに向けたサービスや整備についてのブログを書く事になりました。本来なら公式サイトらしく 「定期点検は大切です!愛車を長く乗るために、ぜひ定期点検してくださいね!」 とか、歯が浮くほどお行儀の良いことを書くべきなのでしょうが、そういうのはカタログにも公式サイトにも山ほど書いてありますので、ここでは少し違うアプローチで攻めてみたいと思います。
つまり、今回ご紹介する内容は 「定期点検を正しくやらないとどうなるか、身をもって体験したユーザーの話」というちょっと変わった切り口での話です。
はい、そのユーザーとは私のことです。メーカーの人間が何を言っているんだ、と思われるかもしれませんが、聞いてください。靴屋の子供が裸足で走り回るように、メーカーの人間だって自分のバイクのメンテで失敗する事や、うっかりメンテを忘れる事があるんです。いや、ありました。過去形にさせてください。
そもそも「定期点検」って何がある?
「定期点検しましょう」と一口に言っても、実はこの言葉は少し曖昧です。この「定期点検」の内容を整理すると、 3つの層 があります。
第1層:法定点検
12ヶ月点検や24ヶ月点検(車検)。法律で定められていて、バイクの定期健康診断みたいなもの。ちなみに250cc以下は車検がないので、法定点検を受けるかどうかは完全にオーナーの良心に委ねられています。 つまり「点検するもしないもユーザー次第」というのが250cc以下の実情です。
第2層:メーカー推奨の定期メンテナンス
オイル交換、チェーン調整、各部グリスアップ。オーナーズマニュアルに「◯◯km毎に交換」「◯◯km毎に点検」って書いてあるやつですね。人間で言えば人間ドック。行かなくても今すぐ大事には至らないけど、行かないとジワジワ蝕まれていく。
第3層:日常の「乗車前点検」
乗る前にタイヤを見る、灯火をチェックする、ボルトの緩みを気にする。毎朝の体重計みたいなもの。乗らなくても多分動くけど、毎日体重計に乗っていると異変に早く気づける。
※乗車前点検は自動車の使用者に義務づけられた安全確保の為の基本点検です。
それで、これまでの私の経験から 一番サボられがちで、一番ダメージがデカい整備が第2層 なんです。
法定点検はショップに持っていけばプロがやってくれる。日常点検はまぁ目視レベルだから「なんか変だな」と乗る前に気づけることもある。でも第2層の定期メンテは、 「まだ走れるから大丈夫っしょ」 という人間の楽観バイアスが最も発動しやすいゾーンです。オイルは多少汚れていても走る。チェーンは多少伸びていても走る。グリスが切れていても走る。
バイクは走るんですよ、壊れる直前まで。
では、ここからは、正しい整備の大切さを実感した私の過去の失敗体験をお届けします。
10代の頃、初めて自分でバイクのトランスミッションオイルを交換した時の話です。当時乗っていたのは中古で買ったバイクで、 オーナーズマニュアルが付属していませんでした。 で、ある日の夜、青空駐車場で「バイク雑誌で読んだオイル交換を自分でやってみよう」と意気込んで作業開始。照明はろくにない。マニュアルもない。 メスシリンダーもない。ネットに情報もそれほど多くない時代。 つまり、正確な規定量を知る手段も知識もない状態で、勘と勢いでオイルを交換したわけです。
4ストロークモデルのエンジンオイル量確認窓の例一人で作業していましたので、バイクをサイドスタンドで車体を傾けたまま油面を覗き込んで、「うーん、ちょっと少ないかな?」ともう少し足して、 「おっ、いい感じ」 と点検窓にオイルが見えるまでオイルを注いで作業完了。
その後、何の疑いもなく乗り続けていたんですが、 なんか燃費が悪い。いや、とても燃費が悪い。 明らかに以前より落ちている。
「まぁ寒くなってきたしな…」とか、「そろそろチェーンがダメになる時期かな…」とか、ありとあらゆる自己弁護を重ねながら数ヶ月。バイクに乗るたびに正体の見えないナニかが原因で燃費が大幅に落ちている…のどの奥に刺さった魚の小骨の様に…気持ち悪い。でも原因が分からないという精神衛生上よろしくない時間を過ごしていました。
次のオイル交換の時に、今度はちゃんとオーナーズマニュアルを入手して読み込んだんです。
そこに書いてあったのは、 「車体を正立させた状態で油量を確認すること」。
はい。原因が分かりましたね。私はサイドスタンド状態で計っていました。バイクが傾いた状態でオイルレベルを見たら、そりゃ少なく見えます。少ないと思って足したら、当然 入れ過ぎ になる。規定量を超えたオイルの中で何が起きるかというと、クラッチなどの回転物が オイルにどっぷり浸かった状態で回る ことになる。本来は適正な油面で必要な分だけ潤滑すればいいのに、余計なオイルが抵抗になって回転を邪魔する。水の中で回す扇風機みたいなものです。余分なオイルの抵抗だらけですので結果、燃費が落ちる。
ここで一番タチが悪いのは、 「良かれと思ってやった」 ということです。サボったんじゃない。むしろ自分でメンテしようと頑張った。でも正しい知識と正しい手順なしに、若さゆえ「やる気」だけで突っ込んだ結果、愛車を悪い方向に持っていってしまった。 「やらない」より「間違ったやり方でやる」方が怖いことがある。 これ、整備の世界ではけっこう大事な話です。
教訓はシンプル。 マニュアルを手に入れろ。読め。書いてある通りにやれ。 身も蓋もないですが、シンプルにこれに尽きます。
失敗体験その2:ハンドルの違和感
ステアリングヘッドベアリング。 フロントフォークとフレームを繋ぐ部分にある上下2対のベアリングです。よく見たら分かると思うのですが、車両とライダーの荷重を支えつつ、滑らかなハンドル操作を行う重要な部品で、ハンドリングの要ですね。
これ、定期点検項目として「点検・グリスアップ」がちゃんとメンテナンスノートに載っているんですが、正直に言いましょう。 やらなきゃいけないと気付いていながら後回しにしていました。 その時の車両の状態は、前のオーナーにグリスアップされているかは分からず、私の手元に来て2-3年くらいのタイミング。つまり最長で8-10年近くグリスアップされていない状態でした。なぜ整備を後回しにしていたかというと…だって、ハンドルは切れるし、普通に走れるし、特に違和感もなかった。そして当時はグリスアップしないとどうなるかと言う知識もなかった。カバーのおかげで水は入らないから、見えない部分だけど、まだ…たぶん大丈夫だろうという自己暗示をかけていた状態。
ところがある時、ハンドルをゆっくり切ると、真ん中あたりで 「コッ」 と引っかかる感触が出てきた。ハンドルを切った時のゴリゴリ感や違和感、これはベアリングの当たり面が傷んでるサインです。この小さな違和感に気づいてしまうと、もう気になってしょうがない。絶景のワインディングロードにツーリングに行ってもまったく楽しめません。例えるなら、靴の中に入った小石のような存在。バイクに乗っている間、やたらと「コクッ、コリッ」っと頼んでもないアピールを続けてきます。
決心してベアリングを開けてみたら、 グリスはカピカピに干からびて、泥の様な物体がこびり付きベアリングは見事に錆びていました。あの赤とも黒とも言えない泥の様な物体と怪しく光る茶色い真珠の様なベアリングの色は、おそらく一生忘れないでしょう。それほど衝撃的な状況でした。こんな状態で、よく昨日まで走れてましたね…というセルフ突っ込みをしたい気分でした。

ステアリングヘッドベアリング外観の例ステアリングベアリングは外から見えない。走行中に異常を感じにくい。でも劣化すると直進安定性が落ちて、最悪の場合ハンドルがブレる。 「異常がないから大丈夫」じゃないんです。「見えないところこそ定期的に開けて確認する」のが点検の本質 なんですよね。
これ、部品代自体は大したことないんですが、放置しすぎるとフレーム側のレース(受け側)まで傷んで大事になる。 予防の手間をサボった結果、修理の手間が何倍にもなる。 典型的な「安物買いの銭失い」ならぬ「サボりのツケ払い」です。もちろんこの時はダメになっていたレースも交換。お金のなかった当時、痛い出費とともに見えない部分の整備の大切さを知る出来事となりました。
サボった代償は、一番楽しい時に来る
ここまで読んで、「まぁ自分のバイクはそこまで酷くないし」と思った方もいるかもしれません。でも、私が声を大にして言いたいのは、 メンテをサボったツケは、大体「一番楽しいはずの瞬間」に回収しにくる ということです。ロングツーリングの途中で、峠道で、仲間と走っている最中に。マーフィーの法則ってやつです。
メーカーのサービス部門にいる人間として、本来なら 「だから!定期点検に出してくださいね!」 とキレイに着地すべきなんでしょう。もちろんそれは大事です。でも本音で言うと、 まずはオーナーズマニュアルを1回ちゃんと読んでほしい。 何をいつやるべきかは、全部そこに書いてあります。私みたいにそれをサボって、勘で作業して、遠回りしないでほしい。
メーカーの人間が過去にこんな失敗してるんですから、皆さんがバイクの整備ってとっつきにくいのは分かります。分かるけど、 バイクは「整備をサボっても走れちゃう」のです。走れなくなってからでは遅いし、走行中に整備不良のツケが回って来ると目も当てられない。走れなくなる前に、ちょっとだけ愛車のことを気にしてあげてください。
「乗車前点検って何だろうか?」
もしくは
「プロが使う工具って何だろうか?」
というテーマで、もう少し日常的な話をしようと思います。
※このブログは「サービススタッフの個人的見解」であり、ヤマハ発動機の公式見解ではありません。正確な点検内容・時期についてはオーナーズマニュアルおよびお近くのヤマハ正規ディーラーにご確認ください。
この記事のまとめ
- バイク整備では「法定点検」「メーカー推奨メンテナンス」「乗車前点検」の3つの点検が重要。
- 特にオイル交換やチェーン調整などのメーカー推奨メンテナンスはサボられやすく、トラブルの原因になりやすい。
- バイクは整備不足でも走れてしまうため、問題に気付きにくいのがメンテナンス遅れの原因になる。
- 誤った整備方法はトラブルにつながることがあり、実例ではオイル量の測定ミスにより燃費が悪化した。
- ステアリングヘッドベアリングなど見えない部分の整備を怠ると、錆や摩耗によって操縦性に悪影響が出る。
- 定期点検を怠ると、ツーリング中など「一番楽しい場面」でトラブルが起きる可能性がある。
- バイク整備で最も重要なのは、オーナーズマニュアルを確認し正しい手順でメンテナンスすること。