プロショップ訪問記 Vol.01
ヤマハ車を守り続けてくれたプロショップを訪問。オーナーの情熱やヤマハへの期待も。
訪問先:静岡県磐田市 TOSH-TEC トシテックhttp://www.saturn.dti.ne.jp/tosh-tec/index.html

カスタマーエクスペリエンス事業部
企画戦略部
S1Rさん
先人の知恵に学びリスペクトした上で、新しい組み合わせで創造するのが好きです。誰でもできる後だしジャンケンが嫌いです。小さな創意工夫の連続でも振り返ってみると大きなイノベーション。そんなモーターサイクルカルチャー人生、残り少なし。
はじめに
系譜を語るにあたってRZ初期型から始めたわけだが、不定期更新ながらもこのプロショップ訪問記 Vol.01を綴るにあたって第一弾をどのレジェンドにするか。実は最初からほぼトシテックさんに決めていた。
前回伺ったのは約2年も前になる。復刻供給パーツの検討を始めるにあたりプロの現場感を身に着けるべく、兵庫三木のクロスロードさんや東京小金井のモトプランさん、またはヤマハ系ではないが3Dプリンターを活用する京都伏見M-Tech(油冷に強い)さんなどの現場探訪を進めていた。しかし近場にあるトシテックさんをそう言えば訪ねたことが無いと気づいたある日、恐るおそるメールを差し上げすぐにお返事を頂け、数日後には愛機MT-01で乗り付けることになった。
初対面にも関わらず、裏も表も無い業界の話、昔話、変わった(褒め)お客様の話、まるで旧知の仲であるかのように接して頂き、微力でもこうした方々に喜んで頂けるような仕事をして、与太話に付き合って頂けたお礼として返したいと思いながら綺麗な冬の夕暮れ/マジックアワーの中で帰途に着いたことを覚えている。
これが復刻パーツ研究や、それを広め深めるウェブ構築の可能性、または先行するGRヘリテイジさんから学ぶ機会を起こしていく原動力になった。
そのお礼と研究成果の土産話を少し伝えるべく、急激に気温が上がり各所の河津桜が満開となった2月の終わりに2度目の訪問を果たした。
浜北でヤマハ発動機が設立。その後磐田に移転して数々のアイコニックなモデルが産まれたのだから、その丁度中間にあるトシテックさんをこのシリーズのトップに持ってきても誰にも叱られないだろう。
春の陽気が怖い?
「急に暖かくなった。焦っています笑」どういうことかと尋ねると、冬場の徹底メンテで預かった車両のオーナーが、春ライドを心待ちにしているとの事だった。スタッフを雇わずにお二人だけで、メンテ/チューン、通販、部品研究/製作、レースサポートなど多岐にわたる業務をこなしておられ、当日も2時間以上の滞在になってしまったのだが貴重なお時間を頂いてしまった。
モノが多くて散らかっているのよ!とは仰るが、良く観察すると整然とゾーニングされて機能的に片付いている。そしてお宝の様なエキスパンションチャンバーがずらりとハンガーに掛けられており、17歳の自分に見せてあげたい(笑)
リフトには綺麗なKRが載っていた。アセアン商品企画の駆け出しの頃に、TZR150/TZM150のカラーリング担当だったこともあり、出張先でレースを観に行くことも多かったので沢山のKR(現地名は国によって様々)も見てきた。また5年ほど前に訪れたタイでは、クラシック人気が確認され抜群コンディションのカスタムも沢山見られた。そうしたブームに関係するのか、2stエンジンパーツの供給源がアセアンにあるが、やはり課題は品質の見極めだそうな。
今さら説明が必要とも思わないが、代表の佐藤としゆきさんは大変に機械工学に通じておられ、様々な業務経験(ヤマハMCの開発関係のご経験も)の中で、市販車性能/品質の作り込みの難しさや純正部品の信頼性について深く知ることになった。昭和最後期、新しくとも平成の数年世代の2st車両をメインで取り扱う事業形態であるから次から次に部品供給停止になると、自力でエンジン主要部品を企画開発するしかなくなってくる。
当然ながら、そもそもの図面が参照できるはずもなく、現物からのリバースエンジニアリングが必要で、詳細に図面をどうにか描き起こして指示を送ったとしても製作機械を持つ依頼先の知見に任せるしかない部分もあるという。本来の公差指示はいくつだったのか、材料は、図面改定の履歴内容は、寸法の起点はどこなのか、仕上げ指示の意図は、そうした様々な要件を想像するしかない。そう言われるとナカの人間としては大変心苦しくなる。
また同じように見える材料でも、調達される国によって性能が異なるようだともいう。私もアセアンでの新機種商品企画をずいぶんとやって、工場付けR&Dにも大分と通ったが、自前の鋳造施設を備えているのが一般的であった。そうした材料調達ルートの確からしさの基盤の上に生産車のクオリティは成り立っている。
5タイプのエンジン
なぜか佐藤代表は、この不躾なヤマハ社員に「アレが無い」「これで困っている」「メーカーとしてどうなんだ」と仰らない。前回のご挨拶の時も今回の長居でも同じだった。私としてはそうした無理を聴き入れる(あえて批判を取り入れる)中で復刻パーツ需要の感覚を育てたいのだが。しかし水冷2サイクルの匠の領域からすると「そんなに簡単なモノじゃないよ」と言わずとも示唆を送ってらっしゃったのか?との想像にも至る。
たった10年と少しの間に、五つのエンジンシリーズと専用設計の車体が世に放たれた。ライバルNSRでは初期型から最終まで共通設計。思想の違いが如実に解る話だが、部品を起こそうにも数が纏まらないという根本要因である。「でも性能を良くしようとどんどんアイデアを試すヤマハが好きですよ」と奥様はおっしゃるが、自分もそういう時代でヤマハを芯から好きになったからこそ共感しかないのだが、プロショップ様のビジネス面や後世にヒストリーを遺す上では相当に努力をしないといけない、と身が引き締まる。
書けない話(笑)も含めて話は弾み、2時間強の滞在はあっという間だった。また遊びにいらっしゃい!と送り出されたが、次回の訪問時には何かの手土産を携えていかないと。
この記事のまとめ
- プロショップ探訪の第1弾として、2ストローク専門ショップ トシテックを訪問し、復刻パーツ研究の原点となった。
- トシテックは少人数体制で、整備・チューニング・部品開発・レースサポートまで幅広く対応する専門ショップ。
- 店内は多くの部品や工具がありながらも整理されており、2スト車の貴重なパーツやエキスパンションチャンバーが多数保管されている。
- 旧車の部品供給停止により、エンジン部品はリバースエンジニアリングによる自社開発が必要となっている。
- 図面が存在しない中で、公差・材料・加工方法などを推測しながら製作するため、高い技術力と経験が求められる分野である。
- アセアンなど海外製部品も流通しているが、品質のばらつきや材料特性の違いが課題となっている。
- ヤマハ2ストは短期間で多様なエンジンを展開したため部品共通性が低く、旧車維持には専門ショップの技術と努力が不可欠である。