本文へ進みます

ヤマハバイク教室 教官の横顔

バイクライフを楽しみ続けるために。

ヤマハライディングアカデミーのご紹介 ヤマハライディングアカデミーのご紹介

皆さん、こんにちは。
「ヤマハ ライディングアカデミー(YRA)」のページを担当することになった桝井です。
YRAは、バイクを「正しく」「安全に」「楽しく」「役立つように」乗り続けていただくためのヤマハの安全・普及活動で、一般のお客様から企業・官公庁まで、幅広い方々に向けて世界中で取り組んでいます。
初回となる今回は、私の自己紹介とともに、YRAが歩んできた歴史、そして現在の活動についてご紹介します。

まずは簡単に自己紹介を

私は昭和生まれの58歳。いわゆる“80年代バイクブーム”真っ只中を過ごしてきた世代です。
学生時代はミニバイクレースに夢中になり、アルバイトで稼いだお金を全て部品やタイヤに注ぎ込んでいました。

これまで乗り継いできたバイクは…

CB50、MBX50、RZ50、XJ400ZS、GSX-R750、セロー、アルテシア、TTR250、SR500、TDM850、シグナス125、マジェスティ125、マジェスティS…
そして現在はTYS外装セットを装着したトリッカーに乗っています。
ヤマハでは、主に純正アクセサリーの商品企画を担当し、アパレルからボルトオンパーツまで幅広い商品化に携わってきました。
そして定年を目前に控えた今、かねてから希望していた“バイクの普及活動”に携わりたいと申し出たところ、晴れてYRA担当に。
社員のヤル気を大切にしてくれる、本当に良い会社だと感じています。

ワイズギア製 TYS外装セットを
装着したトリッカー

YRAの歴史

1960年代後半、日本は急速にモータリゼーションが進み、人々の生活が豊かになる一方、交通事故が大きな社会問題になっていました。
1970年には二輪・原付の保有台数が885万台に。(1955年からの15年間でなんと10倍以上に拡大)
四輪車の急増も重なり、交通事故死者数は1万6000人を超えて史上最悪の時代でした。
こうした背景のなか、ヤマハは社会のニーズに応える形で、全国各地でモータースポーツ教室を展開します。
その第一歩が、1968年の「ヤマハトレール教室」と「ヤマハ安全運転教室」です。

オフロード文化を広めた「トレール教室」

1968年にヤマハがトレールバイク「DT1」を発売すると、オフロードスポーツの人気は一気に高まりました。
トレール教室では、プロライダーが講師となり、不整地走行の基礎や点検整備を通じて、“正しく・安全に・楽しく”バイクを使う方法を伝えていました。
1970年には全国35カ所に「ヤマハトレールランド」が誕生し、多くの若者が集まりました。

ヤマハトレール教室
(過去に販路向けに発行していた機関誌より抜粋)
トレールランを楽しむライダーたち

「運転を教わる場所」をつくった原付免許教室

ヤマハ運転免許教室(1969年)
(過去に販路向けに発行していた機関誌より抜粋)

ヤマハ運転免許教室(1969年)

1969年には「ヤマハ原付免許教室」をスタート。
・どうやって免許を取ればいいのか分からない
・運転を教えてもらう場所がない
そんな声に応える取り組みとして、“日本楽器(現ヤマハ)”の音楽教室に倣った、免許取得から乗り方までをセットにした教室でした。
開設わずか1年で、受講者は 16万人 に達するほどの盛況に。

バイクと社会の変化

1980年代に入ると、手軽に乗れる50ccクラスのスクーターなどが多機種、新規導入され人気を博しました。
それに輪をかけてホンダ・ヤマハの販売競争による宣伝・販売促進活動により、1982年には国内でバイクの総販売台数が、過去最高となりました。
その反面、競争社会や学歴社会の激化を背景に、学校では落ちこぼれ、ドロップアウトなど現象があり、ローリング族や暴走族が生まれ、二輪車事故による死亡者数がピークを迎えます。
その主な事故原因は若者のスピードの出しすぎでした。
「若者の命を守る運動」として、全国高等学校PTA連合会により3ナイ運動(バイクの免許を取らせない、乗せない、買わせない)がスタートすると共に、一部のライダーによる騒音問題や無謀な運転による事故発生等の理由で、峠道などの通行規制が実施されたのです。

事故を減らすための法律改正や警察の取締りなどの手段がとられる一方で、二輪業界全体としては貴重な見込み客、ポテンシャル・ユーザーをたくさん失い、販売が減少していきます。
これにより、安全啓発活動については二輪業界全体で取り組むという方向へ徐々に変化して行きました。
ヤマハも二輪業界全体のイメージアップ活動として、ライディングも一種のスポーツ「明るいスポーツ宣言」という活動を行っていた時代です。

ヤマハニュース1990年3月号
(過去に販路向けに発行していた機関誌より抜粋)

そして現在のYRAへ

こうした歴史を経て、YRAは次の思想を大切にしています。

・お客様がヤマハ製品を「正しく・安全に・楽しく・役立つように」使えるようにサポートする
・スキルを段階的に積み上げ、成長を実感できるプログラム設計
・ライディング技術だけでなく、マナー・危険予知・モラルを学ぶ座学も充実
・親子で楽しめる教室を通して、ルール順守や安全意識を育てる
・世界中で統一されたインストラクター認定制度

YRAは、単なる「バイクの乗り方教室」ではありません。
“走る楽しさを、長く、安全に味わっていただくための文化づくり”を目的とした取り組みなのです。

YRAの活動

現在、YRAでは次のような活動を展開しています。

・ 親子バイク教室
・ ヤマハバイクレッスン(初心者〜リターンライダー向け)
・ 地域連携(災害バイク隊トレーニング、大学での講義など)
・ 社員向けバイクレッスン
・ 海外でのYRA活動(54の国と地域で318名のインストラクターが活躍)

次回のブログでは、それぞれの活動をもう少し深掘りしてご紹介していきます。

この記事のまとめ

  • ヤマハの安全普及活動 YRA(ヤマハ ライディングアカデミー) は、バイクを「正しく・安全に・楽しく」乗るための教育プログラムとして世界中で展開されている。
  • 担当者は80年代バイクブーム世代で、多様なバイク経験と商品企画の経歴を持ち、現在は普及活動としてYRAに携わっている。
  • YRAの起源は1968年の「ヤマハトレール教室」と「安全運転教室」にあり、交通事故増加という社会課題への対応として始まった。
  • 1969年には原付免許教室を開始し、免許取得から運転指導までを一体化した教育で、短期間に多くの受講者を集めた。
  • 1980年代のバイクブームと事故増加を背景に、業界全体で安全啓発やイメージ向上活動が重視されるようになった。
  • 現在のYRAは、ライディング技術だけでなく、マナー・危険予知・モラル教育も含めた総合的なプログラムを提供している。
  • 親子教室や初心者向けレッスン、地域連携、海外展開などを通じて、安全で持続的なバイク文化の普及を目指している。
ページ
先頭へ