開発ストーリー:XSR900
XSR900の開発ストーリーをご紹介します。
プロローグ:オーセンティックであること それが「XSR900」の姿
いまバイク市場は変革の時を迎えています。新興国の経済が活性化したことによる市場の多様化。また先進国ではバイクを楽しむ年齢層が広がり、そのことによってバイクの楽しみ方=バイクの価値の多様化が進んでいます。スーパースポーツ、ネイキッド、クルーザー、ツアラー……いままで私たちが慣れ親しんできた、バイクのカタチやパフォーマンスによって選別してきたこれらの“カテゴリー”に当てはまらない、新しいバイクの使い方や価値が生まれているのです。
その新しいバイク市場に向け、我々が新たに造りあげたのが「XSR900」です。コンセプトは“The Performance Retroster/ザ・パフォーマンス・レトロスター”。MT-09のフレームやエンジン、それに前後サスペンションといったプラットフォームを共有し、MT-09の優れた素性を受け継ぎながら、レトロで普遍的なスタイリングを持ち、さらにはより新しい走行性能や機能を織り込んだ、新しい価値を持ったバイクです。
欧州や日本を中心に“ネオ・レトロ”カデゴリーに注目が集まっています。しかし私たちは、そこにアジャストしたわけではありません。新しい世界観と価値観を持った新しいモデルを提案しようと考えたのです。
「XSR900」は、過去のヤマハ・スポーツモデルのデザイン要素を色濃く反映しました。脈々と続くヤマハ・スポーツモデルの系譜、過去から現在へと続くヤマハ・モデルの繋がりをしっかりと感じることができます。そのデザインが、次世代のヤマハのスタンダードモデルとして徹底的に造り込んだ、MT-09の最新のプラットフォームと合体しているのです。ともすると「XSR900」はノスタルジックなモデルと思われがちですが、昔を懐かしむだけのモデルでは決してありません。我々がイメージしたのは、本質に敏感なユーザーたちです。かつてのヤマハを知るベテランライダーはもちろん、直感的に本質を感じとる若くフレッシュなライダーにも楽しんで頂けるよう、だからこそデザインもパフォーマンスもピュアに造り込んだのです。ノスタルジックではなくオーセンティック。「XSR900」で我々が求めたのは、そんな新しいバイクの姿なのです。
オーセンティックなヤマハの最新モデル。「XSR900」を走らせれば、私たちがイメージしたバイクの本質を、すぐに感じていただけるでしょう。
パフォーマンス:モダンなコンポーネントが支える「XSR900」の血統
「XSR900」は、オーセンティックなネイキッドスポーツバイク=ロードスターを目指しました。ネイキッドマシンとスーパーモタードマシンの“異種交配造形”によって生まれたフラットなシートの上をライダーが前後左右に積極的に動き、やや長めのサスペンションストロークを積極的に動かしながらライディングを楽しむ“MT-09”とはまったく異なるアプローチです。
その異なるアプローチを支える変更点を挙げるとしたら、まずはバージョンアップしたエンジンでしょう。
エンジンはMT-09と同じ水冷4ストローク直列3気筒DOHC4バルブエンジンを採用しています。等間隔爆発で滑らかなトルク特性と高回転での伸びを得られる3気筒エンジンは、ピストンの往復運動によって発生する慣性トルクが少なく、その結果スロットル操作に対してリニアなトラクションフィーリングが得られる“クロスプレーン・コンセプト”を実現しています。D-MODE(走行モード切替システム)を採用し、ハンドルスイッチを操作することで「STDモード」「Aモード」「Bモード」の3つのモードを選ぶことができるのもMT-09と同じです。
そのエンジンに、トラクションコントロールシステム(TCS)を採用しました。MT-09をベースにしたツーリングモデル“MT-09トレーサー”にもTCSを採用していますが、「XSR900」ではそれをさらに進化させ、OFF選択を含め3つのモードをセットしました。“モード1”は制御の介入度が低いモード。そして新たに追加した“モード2”は制御の介入度を高め、雨や低い気温、荒れた路面など路面のグリップが落ちる状況下で、より積極的に発進性や走行性を支援します。
またヤマハの大排気量モデルで実績があるA&Sクラッチ(アシスト&スリッパークラッチ)も新たに採用しました。通常のクラッチは、クラッチスプリングの反力による摩擦力で駆動力を伝達していますが、A&Sクラッチは遠心力をクラッチを繋げるパワーにも応用しているためクラッチスプリングの反力を低く設定することができ、それによって軽いクラッチ操作が実現。市街地での発進や停止がグッと楽になっています。それと同時にシフトダウン時、エンジン回転を合わせられないときに発生するリアタイヤが跳ねるような反応を抑制することができ、それによって安定感をキープしたままスムーズな減速が実現しています。
トラクションコントロールとA&Sクラッチを組み合わせることで、発進から加速、そして減速から停止というバイクの基本的な動作をしっかりとサポートすることができる。これこそが「XSR900」の開発の冒頭に掲げた“新しい機能や走行性能をしっかりと織り込むこと”のひとつだったのです。
しかし開発の段階では、このTCSとA&Sクラッチのセッティングに、大いに悩みました。ここで思わぬ壁が待っていたのです。「XSR900」のオーセンティックな外観にふさわしいTCSとA&Sクラッチのフィーリングとはいかなるものか、と。見た目と機能のバランスがかけ離れていていること、そんなモデルを開発した前例がないことから、「XSR900」があるべき姿がイメージできなかったのです。
大いに悩みましたが、その打開策は発想の転換にありました。新しい機能や乗り味をオーセンティックな外観にうまく馴染まそうとするのではなく、その特色を際立たせれば良いのではないか。何かを隠そうとするのではなく、強い魅力を追加することで新しいバランスを構築すれば良いのではないか、と。そこで生まれたのがTCSの“モード2”です。制御の介入度を強め、TCSの恩恵をしっかりと感じて頂くことで「XSR900」にふさわしいTCSを構築したのです。もちろんそのTCSやA&Sクラッチのセッティングには時間をかけましたが、発想を転換したことで目標が明確となり、この発想の転換で開発のスピードは一気に早まりました。
また前後サスペンションのセッティングも、MT-09から変更しています。単純に言えばハードな方向。フロントフォークはインナースプリングをシングルレートからダブルレートに変更し、それに合わせて減衰力も高めています。ハンドル・グリップやステップの位置関係はMT-09から変化していませんが、シート位置を高めたことでロードスポーツ的なライディングポジションを取れるようになったこと。またタンク形状の変更によりMT-09に比べライダーの着座位置が50mmほど車体後方に移動したことも、MT-09と異なるライディングフィーリングを生み出す要因となっています。
デザイン:なにも隠さず、新たな魅力をくわえ個性を際立たせたデザイン
何かを隠そうとするのではなく、強い魅力を追加するという発想の転換は、デザインにおいても貫きました。いや、デザインにおいてはこの発想の転換がなければ「XSR900」の開発そのものが完成しなかったのではないかと言えるほど重要な要素となりました。
MT-09の開発の段階で、「XSR900」のようなオーセンティックなスタイリングの派生モデルを開発するプランはありませんでした。したがってMT-09のコンポーネントを使うことで、そのなかには変えられないディテールが沢山あり、それを何とかしなければならないと、開発の初期段階にはそればかりを考えていました。最新のコンポーネントを、どうやったらオーセンティックなデザインに昇華させられるか。その方程式をひねり出そうとしていたんですね。しかしカバーすること、隠すことでは魅力的なデザインに到達できなかった。そこで発想の転換に至ったわけです。
たとえばフレーム前側にインナータンクを取り付けるためのブラケットがあります。一般的なモデルなら、ブラケットは見えないところにセットされています。しかし「XSR900」のフレームはMT-09と共通であるがために、そのタンク用ブラケットを使用しなければならず、しかし外装が異なる「XSR900」ではそれを隠すことができないのです。ならばそのブラケットが魅力的にデザインされていれば良いワケです。そこでヘアラインで仕上げたアルミプレートにブラックアルマイトを掛けたケースカバーをデザインしました。ここは簡単に取り外せますのでペイントしたり、ドッグタグのように名前や文字を入れたりしても面白いでしょう。一般的にはカバーですが、発想を変え少しアレンジすることで新しい価値も生み出しました。また、このタンク用ブラケットはヒューズボックスのブラケットも兼ねています。したがって取り外しが容易なように、一般的なスパナで回すことができるナット止めになっているのですが、そのナットを車体に合わせて新たにデザインしています。
また隠さないというキーワードから、外装類の素材感にもこだわりました。その最たる部分がアルミ製のタンクカバーです。車体カラー/グレーのタンクカバーはアルミ地の磨き跡をそのまま生かした“ヘアライン仕上げ”とし、その上からマットクリアを吹き付けています。また車体カラー/ブルーは、タンク上部のラインは白の塗装ではなく塗り残しで、近づいて見ると“ヘアライン仕上げ”のタンク地がそのまま生かされています。“ヘアライン仕上げ”は機械ではできず、職人がひとつひとつ手作業で磨いています。したがって、均一に見える磨き跡はひとつとして同じモノがなく、すべてが世界にたったひとつの仕上がりになっています。
工業製品であるならば、すべて均一なクオリティであるべき。それがいままでの常識です。しかしその常識は、バイクには当てはまらないのではないか、と仮定したのです。一つ一つ違うからこそ愛でられる、自分だけの特別な一台になる。もちろん工業製品としての高いクオリティは担保した上で、手作業によって生まれるバフやヘアラインの僅かな違いがバイクの新しい価値となるのではないか。私たちはそう考えたのです。したがってタンクカバーだけに留まらず、メーターステーやリアフェンダー、シート下のサイドパネルやヘッドライトステー、ラジエーターのサイドカバーなど、さまざまな場所にバフで仕上げたアルミパーツをデザインしました。そして、それらアルミパーツはどの向きで磨き目を入れるかはもちろん、プレスパーツは型抜き時のアルミ素材の向きにも細かく検討しデザインしました。
もちろん、そのタンク形状にも徹底的にこだわりました。とくにこのバイクのスタイリングの要となるタンクカバーの形状には時間を掛けました。ニーグリップ部分は膝でタンクを押さえ、ライダーとバイクを一体化させる重要なパートです。だからと言って単純な面で構成してしまうと、受けた光を単純に反射してしまい、車体全体が重く見えてしまうのです。そこで膝で押さえる部分をしっかりと造りながらも、タンクの中から力が加わったようなボリューム感を丁寧に加えていきました。そういった手の感触や人間の目で見て感じる僅かな抑揚を積み重ねて仕上げた、クレーと呼ばれる粘土を削って造りあげたカタチは、量産化するためにデータ化するのですが、数値化できるギリギリの所まで人の手で作り込みました。
車体カラーやライン、シートの素材やカラーリング、メーターの表現などなど、ありとあらゆるディテールをしっかりと造り込むことで「XSR900」のオーセンティックなスタイルが成立している。オーセンティックなバイクを造るには、そういった血の通ったディテールを積み重ねることでしか成し遂げられないのです。
新しい価値、新しいヤマハの姿
MT-09のプラットフォームを使い、オーセンティックな新型車を造ろうと決意したとき、決意していながら途方に暮れてしまいました。その解決のための方程式をイメージできなかったからです。そしてオーセンティックなスタイルで、モダンなコンポーネントを隠そうとした開発当初は本当に苦しかった。自分たちが目指す新しいバイクの輪郭が見えず、徹底的に話し合い、手探りのまま手を動かし、また隠すことが最善の策ではないと悟ってからも、それをやめると決断するまで時間が掛かりました。新しい価値を造ると言うことは、誰も経験したことが無い決断をすることだからです。
しかし私たちは決断しました。新たな価値や魅力を付け加えることで、オーセンティックな魅力に溢れたバイクを造ろうと。伝統的であるためには、過去を振り返っているばかりではダメなのです。そこに新しい表現や価値があってこそ未来へと繋がる伝統となるのです。だからこそ私たちは「XSR」という新しいブランドを起ち上げました。そのイメージソースとなっているのは、過去にリリースしたすべてのヤマハ・モデルですが、「XSR900」は旧車の現代版ではありません。新しい価値を持った最新のバイクなのです。「XSR900」をその目で見て、乗ってみてください。ヤマハの新しい風を感じていただけるはずです。
プロジェクトリーダー
山本佳明
入社以来、大型スクーターの車体設計に従事。マジェスティ、マグザム、TMAXなどの開発に携わる。MT-09では開発初期の基本計画時から参画。その途中にMT-09の開発から離れ、プロジェクトリーダーとしてMT-09 Tracerをまとめ上げた。「XSR900」の開発は、MT-09 Tracerの完成とリンクしながらプロジェクトがスタート。最新のプラットフォームとオーセンティックなスタイリングを合わせるという難しいプロジェクトを完成させた。
右から車両のデザイン担当GKダイナミックス チーフデザイナー・猪瀬聡氏、カラーリングを主に担当するほか、シートの質やロゴなど細部までこだわり抜いたデザイナー・早瀬季里氏、ヤマハのデザインフィロソフィーをベースにデザインコンセプトを取りまとめたデザイン本部・安田将啓