開発ストーリー:Ténéré700
Ténéré700の開発ストーリーをご紹介します。
ヤマハ発動機株式会社 PF車両ユニットPF車両開発統括部
Ténéré700 開発プロジェクトリーダー
白石 卓士郎さん
プロジェクトリーダーを務めたMT-07でのCP2エンジンの開発経験に加え、これまでのWR250Rなど数多くのオフロードモデルの開発の経験が、Ténéré700に存分に活かされている。
冒険心を有する全てのライダーに贈る
夢を叶えるアドベンチャーバイク・Ténéré700
Ténéré700は、1台で世界中どこにでも行けるバイクです
開発初期段階の話なのですが、オフロードとオンロード、どちらに比重を置くかという問題が議論されました。皆さんが使われる割合はおそらく「オンロード:オフロード=9:1」くらいかと思いますが、結論としては真逆の「オンロード:オフロード=1:9」くらい、かなりオフロードモデル寄りの商品開発をしようという話でスタートしました。
と言うのも、「世界のどこへでも、いつの日かバイクで出かけたい」という壮大な夢を描くには、その夢を叶えられる性能を本当に備えたバイクでなければならないと考えたからです。形はオフロードの雰囲気で、性能的にはオンロードバイクですという「
しかし、オフロード走行が楽しめる場所にたどり着くまでに疲れてしまっては意味がありません。高速道路やワインディングロードも気楽に楽しめて、到着したオフロードの環境ではもっともっと楽しめる。そんな欲張ったモデルにしたかったのです。
さらに、ヤマハで作られてきたオフロードバイクの歴史から、オフロード性能がしっかり作り込まれたモデルは市街地での走行や日常使いでも楽しいということがわかっていたことも、「オンロード:オフロード=1:9」といったオフロードに寄せ開発を行う理由にもなっています。
「Ténéré」の原点、夢を持てるバイクであること
「Ténéré」ブランドはすでに40年近い歴史があり、その名はパリ・ダカールラリーが行われていた頃の難所・テネレ砂漠に由来しています。
※「Ténéré」とは、アフリカ大陸の遊牧民が話すトゥアレグ語で「何もないところ」の意
ただ昨今のラリーはアフリカで行われていませんし、マシンもコンペティションモデルをベースとしたレースに特化した仕様となり市販モデルとは随分かけ離れたものになっています。そこで、そもそも「Ténéré」と名のついた初代のモデル「XT600 Ténéré」とはどんなバイクであったのか、そこにどんな楽しさがあったのか、その原点に立ち返ることにしたのです。その答えこそ「軽くて、ワクワクでき、世界のどこかに、いつかは行けるという夢を持つことができるバイク」でした。
特に“夢”という部分が重要で、1980年代当時のライダーはテネレ砂漠のどこかに生えていると言われる幻の木を見に「XT600 Ténéré」で行くという夢を描いたそうです。この幻の木もまた“夢の木”と当時言われていました。
この度のTénéré700においても、憧れの地にいつか行きたいといういにしえのライダー同様の夢を抱いてもらいたいと思っています。
夢を叶えるポイント①:軽さ
Ténéré700の開発で最もこだわったポイントが「軽さ」です。オフロードではオンロードと比べて、三次元的な動きやダイナミックな動きをする場面が多いので、バイクの軽さそのものがバイクの運動性やライダーの車体コントロールのしやすさにつながります。
エンジンはMT-07でおなじみクロスプレーン・コンセプトに基づく688cm3・水冷直列2気筒270度位相クランクの“CP2エンジン”を採用しています。このエンジンは、CP2ならではの、どの回転数でもアクセルを開閉しやすい扱いやすさを持ちながら、軽量・コンパクトなエンジン設計で軽さを追求したTénéré700にはうってつけでした。
一方オフロード走行を前提としたモデル開発を念頭に置いていたため、車体には非常に多くの負荷がかかることを想定しました。エンジンの強度・剛性も上手に使いながら、車両全体として要求される強度や信頼性をどのように確保し、軽さと強度を両立するかに頭を悩ませました。
そこでフレームに強度としなやかさ、そして軽さを高次元でバランスした高張力鋼という鋼材を採用することで車両重量の増加を最小限にとどめながら、オフロードモデルとして必要な強度を保てるよう工夫しました。
また荷物を載せた状態すなわち、サイドケースもしくはトップケースなどのアクセサリー装着時の許容性も持たせています。また荷物を載せた状態での安定した走行やオフロードでのリア荷重が大きくなるシーンなどを想定し、リアアームはアルミ製重力鋳造とし、剛性、強度、軽量化のバランスを図っています。
軽量化にこだわりながらも、最高速度に到達するまでしっかりと真っ直ぐ走る走行安定性と一方で軽快にひらひらと走ることができる軽快感をいかに両立させるかという点についても、ディメンジョンや各種フレーム、骨格部品の剛性バランスをチューニングして十分なレベルに到達させています。
細かいところでは、タンデムステップのステー形状の最適化やアルミ製のエンジンガードへのプロテクションと放熱性の両立を図った軽量孔設定、ヘッドランプ周りのステーを樹脂製とするなど、開発チームのメンバーとともに一つ一つこだわって可能な限り軽量化を進めました。
夢を叶えるポイント②:高いコントロール性
軽さを活かしたオフロードでのファンライディングとオンロードでの扱いやすさを両立させようと、意のままに操れるコントロール性を高めました。このエンジンは、アクセルスロットルの動きとリアタイヤが生み出すトラクション、そして前に進もうとする力とブレーキが掛かる方向のコントロール性がもともと非常に高いのですが、今回特に排気系を変更し、二次レシオもショート目にして、低中速トルクを太くし、よりレスポンスやピックアップを良くしています。例えば、オフロード走行時にアクセルを開けながら旋回するような状況でもアクセルの開度に合わせ素早くリアを振り出せるのです。
またブレーキには、ウェーブディスクとブレンボ製キャリパーを採用した他、ヤマハとしては初めてオン・オフ切替え可能なABS※を搭載。これもコントロールしてライディングを楽しむ一つの要素になっているのではないでしょうか。
※舗装路を走行するときはABSをオンにして走行してください。未舗装路を走行するときは必要に応じてABSをオフにしてください。
細かいところでは、前後の分担荷重やサスペンションセッティングもこだわっているので、アクセルの開閉でバイクをコントロールするような場面やフラットなダートでひらひらと駆け回るシーン、前方に障害物があってフロントを浮かせたい時など、Ténéré700の良さを強く感じていただけると思います。
夢を叶えるためのポイント③:高い走破性
オフロードも含めた様々な状況でライディングを楽しむための走破性も欠かせません。走破性を意識し、スタンディング/シッティングといったライディングポジションの変更や動きの自由度など、様々なシーンを想定すると必要となる最低地上高やホイールトラベル、燃料タンクレイアウトなど、
当然、できるだけシート高が低い方が街乗りをするのであれば良いと思います。しかし、繰り返しにはなりますが、積極的にオフロードモデルとして開発することこそが良い製品づくりにつながると信じ、開発していった結果が875mmというシート高なのです。
まず乗りこなすという夢を叶え、その先の世界へ
Ténéré700は、軽くてコントロール性に優れ、どんな路面でもどんなシーンでも信頼感を持って楽しめるバイクです。しかし、オフロードライディングを楽しもうとすると、ある程度のスキルが要求される場面も多々あると思います。先に述べたシート高もその一要素かもしれません。
とは言え、ライダーが操作したことに対して素直に応えてくれるバイクですので、市街地走行でもオンロードのワインディングでも普通に走ることで十分楽しんでいただけると思います。そういった日常の中で、例えばちょっとした段差を降りてみるなどの小さなチャレンジから始めると、Ténéré700の楽しさをより深く味わえるのかなと思います。前後ともに調整可能なサスペンションなどは、少しずつスキルアップしできなかったことができるようになる達成感をライダーのみなさんに味わっていただくことも視野に開発しています。
Ténéré700と一緒に、大きな夢を抱き、これまで見たこともない場所へ出かけ、今まで経験したことのない世界を楽しんでください。
ヤマハ発動機株式会社 MC事業本部企画推進統括部商品企画部
Ténéré700 商品企画
秋田 峻佑さん
CP2エンジン系のMT-07、XSR700、Ténéré700、その他幅広いモデルの企画を担当。お客様自身もまだ気づいていない潜在的なニーズを汲み取りその期待を超える形で製品化し、感動をお届けしたい。
アドベンチャーマインドは、ライダー誰しもが持っている
「Ténéré」ブランドの真髄は高いオフロード走破性
1979年第1回パリ・ダカールラリーに「XT500」で挑戦したことで始まった「Ténéré」ブランドは、「Ténéré」と名のついた初代「XT600 Ténéré」から長い歴史があります。それを紐解くと、「Ténéréの真髄はオフロードの高い走破性にある」と考えています。つまり砂漠を走ることができ
そして年齢やバイク歴などを問わず、バイクに乗っているライダーなら誰しもが「どこか遠くに行ってみたい」「見たことのない景色を見てみたい」という冒険心を心のどこかに秘めていると思うのです。そうしたお客様のアドベンチャーマインドを叶えるバイクとして企画・開発したのが、まさにこのTénéré700です。
ここ数年TRACER900やSEROWといったマルチパーパス性の高いモデルが人気を呼び、アウトドアブームとも相まって、ロングツーリングをさらに進化させた形として「アドベンチャーツーリング」へのニーズが拡大してきています。もっと遠くに、もっと自然の中へ、今まで走れなかったところを走ってみたい、というお客様の心理的変化を非常に感じています。
新しいアドベンチャーカテゴリーを切り拓く
スポーツツアラーニーズの熟成を背景としたより冒険を求めるニーズに応えるモデルとして、Ténéré700は軽量化に裏付けられた高いオフロード走破性にこだわって開発しました。
Ténéré700なら楽しめそう、面白そう、ご自身のアドベンチャーマインドを満たすことができそうと感じてもらえると思います。
つまり、従来のアドベンチャーモデルとは一線を画し、新しいカテゴリーを切り拓いていくのがTénéré700なのです。
十人十色の夢を叶える
アドベンチャーマインドと聞いて、砂漠の上を走っている姿をイメージする人もいれば、森の中を走っているシーンをイメージする人もいるでしょう。なかには海岸沿いを走りたいと夢見る人もいらっしゃるかもしれません。シチュエーションは様々ですが、どのシチュエーションでもTénéré700の走破性の高さは必ず皆さんの夢を叶えてくれると思います。
素朴で純粋な“冒険心”をもったライダーのみなさんにTénéré700を楽しんでいただきたいですね。
GKダイナミックス プロダクト動態デザイン部シニアディレクター
Ténéré700 デザイナー
田村 純さん
これまでにスポーツモデルの数多くのデザインに携わる。様々な長距離ツーリングなどの経験からモデルのコンセプトを身体で理解。
本質を追求し辿り着いたツールとしてのシンプルなデザイン
一目でアドベンチャーモデルとわかるシルエット
デザインとしてはなるべく道具としてのシンプルさにこだわりました。造形に無駄がなく、加飾がない。それでいて遠く離れたところから見ても、アドベンチャーモデルだとわかるデザインを目指しました。
アドベンチャーモデルだとわかっていただける要素とは、フットレストを頂点にシートの座面を底辺とする逆三角形と、それを支える足長のシルエットと立ち上がったフロントフェイスです。
加飾を削ぎ、機能を追求したデザイン
アドベンチャーモデルと言われるバイクは世の中に色々とありますが、Ténéré700は無駄な造形を極力排除し、極端に加飾を少なくしています。普段デザインをする際は個性を出すために、色々な要素を織り込みたくなるものですが、このモデルではアドベンチャーツールとして直球勝負できるものにしたいという思いがあり、奇をてらったことは全くしていません。機能を追求したデザインこそTénéré700に相応しいデザインだと考えました。
例えば、タンク周りです。アドベンチャーバイクの場合、路面の状況にあわせてライダーはスタンディング/シッティングを繰り返し、またシートの前の方に座ったり後ろの方に座ったり前後移動が激しいのですが、この動作はフットレストを中心に膝が前後に扇状に動きます。ですので、その脚の動きがスムーズに行うことができるようその空間はなるべくフラットな形状にしています。この点については、開発の白石さんとも意見を共有しデザイナーとしてもそれが大事なことだと理解してデザイン作業をすすめ、表現し、まとめるというアプローチでデザインしました。
また、細かい部分ですが、シート下の側面の一部分にフレームが見えている箇所があります。通常のバイクであれば、フレームを隠すのがセオリーです。ですが、このフレームを見せてしまってでも幅を狭くしスリムにしたかったのです。なぜなら、シッティングからスタンディングポジションに変更する際、素直に立ち上がることができ、かつニーグリップもしやすいからです。こうした機能面と全体的なボリュームやライダーのコンフォートさ、操作性を徹底的にデザインには織り込んでいます。
そして、アドベンチャーバイクらしく見せるという点では、タンクからシート、そしてテールまで続くラインがなるべくスムーズであることがとても重要となります。ですが、タンクの容量を確保し、ライダーの足つき性も確保しなければならない…。設計担当者と一緒になって試行錯誤しながらスムーズ感の演出に奮闘しました。
スタンディングで乗る場面では、ライダーの体がタンクの上部にまで前方に来ることもあるかと思います。その際、車体に引っ掛かりなどがあるとバイクのコントロールに集中できない可能性があります。そこで、タンクの上部にカバーをつけ、そのカバーの形状を微細に調整することでスムーズ感を演出しています。
特徴的なフロントフェイスへのこだわり
加飾を排除し、機能性を形にしたTénéré700ですが、唯一ヘッドランプ周りだけはメッセージ性を強めました。と言っても、アドベンチャーモデルの立ち上がったフロントフェイスという基本は押さえ、ダカールレースのマシンのエッセンスだけを織り込んだイメージです。レーサーのような雰囲気を醸し出しながらも違和感を持たせないフロントフェイスに仕上げました。
昨今のダカールマシンは、フルトランスペアレントヘッド、つまり透明なカウルの中にLEDランプが複数個装着するのが主流になってきています。見た目のトレンドもありますが、予期せぬトラブルで部品が壊れた時にすぐ取り替えられるという機能性を持ち合わせています。またライダーの目線から見て路面状況をより多く見えるようにするためには、正面だけじゃなく両サイドも透明になっていなければなりません。その透明なスクリーンを支えるためのステーにも工夫をしています。通常ステーは、それを隠すためのカバーも取り付けることが一般的ですが、Ténéré700の場合は、開発担当者にも協力してもらってステーをファイバーグラス入りプラスチックで作っています。さらに、その形状もデザインすることでカバーを取り付けなくてもステー自体が美しく見えるようにまとめました。ステーに刻んだ「FIBERGLASS COMPOSITE」も敢えて見える位置に配しているのもそのためです。
また、シルバーのヘッドランプステーも飾りではなく、ステーとしての構造を成り立たせた上でステーそのものをデザインしました。ヘッドランプの固定方法やそれに必要なパーツ開発、美しくまとまった見え方なども開発担当者とたくさん議論しました。
スクリーンの内側にはアクセサリーなどを取り付けられるステーをデザインし標準装備しておりますが、これもスタンディングで乗ることが多いアドベンチャーモデルならではの工夫で、ハンドルにアクセサリーを取り付けるとスタンディングでの乗車時にメーターなどが見えにくくなることへの配慮なのです。
あくまでも全てが機能のためのデザインであり、余計なものは一切用いない。そのことが結果的に軽量化にもつながりますし、Ténéré700のコンセプトにも適している、そういったストーリーで全てが繋がっています。
使い込むほどに感じられる“機能的なデザイン”
一般的なモーターサイクルにおけるデザインのアプローチは、「〇〇をモチーフに
例えば、荷掛けフックです。通常は掛けやすさを重視しますが、Ténéré700はアドベンチャーバイクです。ライダーはバイクの上で縦横無尽に動きますので、接触して足に引っかかってしまってはなりません。そこでライダーも傷つけないようにするため、半分埋め込んだようなデザインにしながらも、機能性を確保しています。可変式の荷掛けフックという選択肢もありましたが、冒険の途中の転倒で壊れてしまっては冒険を断念せざるを得なくなるため、あえてギミックは用いずシンプルな構造でありながら、ギリギリ当たらないようなフックとしています。
その他にも工夫した点はたくさんあります。シート下の後ろ側に手を添えて引き起こしやすいよう握り柄のような形状をつけたり、タンデムシート部分は分割式としたことでソロ走行時のバックの装着やタンデム走行時のコンフォートシートの装着など必要に応じてカスタマイズできるようにしたなど、挙げればきりがないくらい様々な工夫、機能が盛り込まれています。使いながら、なぜここはこのような形状をしているのだろう?などと考え、私たちがTénéré700に込めたメッセージの数々に気づいていただけると嬉しいです。