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整備士の頭の中と魚の骨 ー とあるサービス部社員が語る整備の世界

サービス部社員に歴史あり。個性派社員による整備の話などなど

整備士の頭の中と魚の骨 整備士の頭の中と魚の骨

カスタマーエクスペリエンス事業部サービス部

ケニー筒井さん

とりあえず、気になる事は
自分でやってみる人(笑)

長いことサービス部門で働いています。原付から大型スポーツ、ATVにスノーモービルまで、ヤマハのサービス業務を手広くやってきました。バイクはオフロードからスーパースポーツまで乗り継いだ末に、今はネイキッドに落ち着いています。趣味はキャンプや料理、自宅での音声応答ローカルAI構築、EV自作までと節操がなく、「とりあえず自分でやってみる」の精神で大体なんでも手を出します。その結果、やめときゃ良かったと後悔することも多いです。

バイクの故障診断は、特別な才能や勘だけで行われているわけではありません。整備士は限られた情報をもとに原因を一つずつ絞り込み、最短で答えへたどり着くための「思考の地図」を頭の中に描いています。今回は、サービス部社員が故障診断の考え方を「フィッシュボーン」という手法を交えながら紹介。ユーザーから伝えられる何気ない一言が、整備士の診断を大きく助ける理由を、実例を交えて解説します。

こんにちは。ヤマハ発動機のサービス部門のケニー筒井です。
これまで定期点検、特殊工具、オイル交換と、わりとサービスに関連する「モノ」の話をしてきましたが、今回はちょっと趣向を変えて、「整備士の頭の中」、特に故障診断についての話を、またしても好き勝手に脱線しつつ、やたらと長い文章で書いていきたいと思います。
故障診断と聞くと、なんだか難しそうに聞こえるかもしれません。でも実は、故障診断で整備士がやっている思考プロセスって、日常生活で皆さんも無意識にやっていることとそれほど変わらないんです。

たとえば、知り合いからこう相談されたとします。
「何もしてないのにパソコンが壊れた…」
あぁ、悩ましいのが来ましたね…。もし、あなたが修理を頼まれた側だとしたら、まず何を思いますか? 多くの人が「いやいや!それだけの情報じゃ分からんでしょ!もっと情報くれよ!」って言いたくなるんじゃないでしょうか。壊れた=全く動かないのか、動くけど何かがおかしいのか、実は壊れてなくて設定がおかしいだけなのか… 。それによって、チェックすべき場所が全然違う。これ、バイクの故障診断でも考え方は全く同じなんです。

まず、バイクの故障診断の「4つの窓」

バイクが修理や点検で入庫してきた時、そのバイクが抱える問題は、実は大きく4つに分かれます。ちょっと堅い話ですが、懐かしの「ジョハリの窓」という考え方を借りると分かりやすいです。

整備士は知っている 整備士は気づいていない
ユーザーは
知っている 

ユーザーも整備士も両方が
気づいている症状

ユーザーだけが
知っている/気づいた症状
ユーザーは
気づいていない

整備士だけが
知っている/気づく症状

どちらも知らない、
気づかない症状

① 整備士もユーザーも気づいている症状。
エンジンがかからない、異音がする、オイルが漏れている。これは分かりやすい。両方が「ここがおかしい」と認識しているから、診断のスタートラインに立てる。

② 整備士は気づくが、ユーザーは気づいていない症状。
プロが触って初めて分かること。ブレーキパッドの残量、チェーンの伸び、各部ボルトの緩み。定期点検で整備士が見つけてくれる領域。

③ ユーザーは気づいているが、通常の点検では分からない症状。
これが厄介。特定の速度域、特定の気温、特定の路面状況でだけ出る症状。お店のピットの中ではなかなか再現しない場合もある。お客様の「あの時こうだった」という情報だけが頼り。

④ どちらもまだ気づいていない症状。
正直に言うと、これはどうしようもない。まだ表面化していない問題は、点検でもヒアリングでも見つけられない。故障診断機の神様が微笑んでくれれば見つかる場合もありますが、認知されるまでは、ここ。

①と②は、車両を触ればプロの整備士がなんとかできます。④は運と神様の領域。問題は③です。
そしてここが今回の本題……。

「パソコンが壊れた」の教訓

さっきの「何もしてないのにパソコンが壊れた」に戻りましょう。もし相手が追加情報をくれたらどうなるか?
「動画を見てる時にたまにフリーズする」→ メモリかグラフィック周りを疑う。 「昨日コーヒーをこぼした」→ キーボードか基板の接触不良を疑う。 「最近やたら熱くなる」→ ファンの故障か排熱を疑う。1つの情報が加わるだけで、調べるべき場所が劇的に絞れる。
逆に「壊れた」しか分からなかったら? 電源、画面、HDD、メモリ、OS、物理的な破損......片っ端から調べていくしかない。時間もかかるし、問題ないシステム設定画面を開けて調べる無駄も発生する訳で、終わりの見えない原因究明の作業はつらいのです。胃がキュッとなります。 バイクの故障診断もまったく同じ構造でユーザーからの情報量によって、整備士がチェックしなければならない範囲が天と地ほど変わる。

整備士の頭の中にある「魚の骨」

ここで、整備士が故障診断をする時に頭の中で何をやっているか、お見せします。
フィッシュボーンチャートというものがあります。見た目が魚の骨に似ているのでこう呼ばれますが、要するに「この症状が出ているとしたら、原因として何が考えられるか?」を体系的に洗い出すための図です。
たとえば、 「エンジンがかからない」 という症状があった場合。魚の頭が「エンジンがかからない」という問題。そこから背骨が伸びて、そこに大きな骨が何本も刺さっている。

  • 「電気系」 ── バッテリーは? スターターモーターは? 点火プラグは? ヒューズは?

  • 「燃料系」 ── ガソリンは入ってる? 燃料ポンプは動いてる? インジェクターは?

…以下長いので省略。

<特定要因図の例>
エンジンがかからない

フィッシュボーンチャート
フィッシュボーンチャート

一つの症状に対して、これだけの可能性が枝分かれしている。さらにその枝の先にも細かい枝がある。全部をしらみつぶしに調べていたら、とんでもない時間がかかる。だからこそ、お客様からの情報も重要なんです。
「セルモーターは回ってるんだけどかからない」→ 電気系の大部分を一気にカットできる。
「昨日まで普通に走れてた」→ 致命的な機械系トラブルの可能性が下がる。
「ガソリンスタンドで給油した直後から調子が悪い」→ 燃料系に焦点を絞れる。
某少年漫画よろしく、肩甲骨から腰寛骨までを砕くかの様に、お客様の一言が、一撃でフィッシュボーンの骨を何本もバッサリ切り落としてくれる。残った骨だけを調べればいい。これが効率的な故障診断の核心です。
ヤマハの整備士教育(YTA)の中でも、このフィッシュボーンを使ったケーススタディは数多く登場しています。知識と経験を積んだ整備士ほど、頭の中のフィッシュボーンが精密になり、少ない情報からでも的確に骨を絞り込めるようになる。でもどれだけ優秀な整備士でも、お客様しか知らない情報は、聞かないと分からない。

「50〜60km/hのパーシャルだけ揺れる」

ここで実際にあった話をします。私の整備士時代、あるお客様が「走ってる時の振動が大きくなった気がする」と来店されました。ここで情報が「振動が大きい」だけだったら、フィッシュボーンの骨は何本も立ちます。エンジン、ホイールバランス、タイヤ、ステアリング......。正直、どこから手をつけるか迷う案件です。でもこのお客様、とても丁寧に状況を教えてくれました。
「アイドリングの時は普通なんです。加速や減速の時も特に感じない。でも50〜60km/hくらいで、アクセルを一定に保ってる時だけ、揺れるような振動が出る…様な気がするんです」
はい、ありがとうお客様!!この情報で、フィッシュボーンの骨が一気に減りました。

  • アイドリングでは出ない →エンジンその物の問題ではなさそう。

  • 加速・減速では出ない → 駆動系の負荷変動には関係なさそうだし、ホイールバランスもタイヤも大丈夫そう。

  • パーシャル(アクセル一定)の特定回転域だけで出る → エンジンの振動が車体のどこかと共振している可能性が高い。

こんな風に考えて、実際に試走してみると、たしかにパーシャルの時だけ独特な揺れがある。エンジン周りを重点的に調べたところ、エンジンマウントのゴムブッシュが劣化していました。
エンジンマウントのゴムブッシュは、エンジンの振動をフレームに伝えにくくするためのクッション。これが硬化・劣化すると、特定の回転域の振動がフレームに直接伝わってしまう。
原因特定から部品交換まで、無駄なく完了。お客様に短い預かり日で車両を返し、私もニコニコ定時退社ができました。

もし、あのお客様が「なんか振動がするんですけど!」だけだったら? あちこち開けて調べて、時間がかかって……その分の工賃もかかって、お客様にとってもお店にとっても、私の精神衛生上も良い事がなかったでしょう。
「50〜60km/h」「パーシャルだけ」「アイドリングでは出ない」。
この3つの金言が、迷える子羊整備士の診断を一直線にゴールまで導いてくれたんです。

整備士に聞かれたら、「なんでも答えてやる!」

ここまで読んで、「じゃあ自分がバイクを預ける時、ちゃんと説明できるか不安だな……」と思った方もいるかもしれません。大丈夫です。整備士は問診のプロでもあるので、何か困りごとを相談すると診断に必要な情報は向こうから聞いてきます。「いつから?」「どんな時に?」「どのくらいの頻度で?」「その時の速度は?」など。
ただ、ここで一つだけ知っておいてほしいことがあります。整備士からの質問って、聞かれ方によっては「あなた、使い方が悪かったんじゃないの!?」と責められているように感じることがあるかもしれません。「転倒しましたか?」「ぶつけましたか?」「改造してますか?」。ドキッとする質問もあるでしょう。
でも、安心してください。それは問診です。お医者さんが「お酒は飲みますか?」「タバコは?」と聞くのと同じ。あなたの生活習慣を責めたいんじゃなくて、原因を正しく絞り込むための情報が欲しいだけなんです。
人に正直になれ!と言っておいてアレですが、私も正直に告白しますと、健康診断の問診で「お酒は…ちょっと?…ですかね…。運動?も、出来るだけ…頑張ってる…ような」と自己保身のために、長年虚偽過少申告をしまくっていますので、ドキッとする質問には身構えてしまうのは分かります。ただ、いかに整備士の腕が良かろうとお客様しか知らない情報は、聞かないと分からないのは世の理。日常生活の人同士のコミュニケーションにおいても、“分かりやすく”相手に伝える/“相手が迷わないような”質問をすると言う本質は、同じかもしれません。
話が逸れましたが、バイクもお医者さんの問診も同じ。整備士だって、問題ない場所をわざわざ開けたくはないってのが本音。昔、「調子のいいエンジンは無用に開けるな!」と整備士の先輩が、選挙カーの様に何度も唱えていたのを今でも覚えている。正確な問診ができれば無駄な作業はせずに、お客様の時間もお金も節約できる。
だから、いつか皆さんがバイクを修理に預けて、整備士やお店のスタッフから色々と聞かれた時は、この記事を思い出して「あっ!(これはフィッシュボーンの骨を刈り取る為の問診だな!)任せろ、なんでも聞いて!」ってくらいの熱い気持ちで、分かる範囲で応えてもらえたら、私もこの変なブログを書いた甲斐があったというものです。
バイクの故障診断は、整備士だけの仕事じゃない。あなたの「気づき」と整備士の「知識」が組み合わさった時、最短距離で答えにたどり着ける。ある意味、故障診断は整備士とユーザーの共同作業なんですね。

※このブログは「サービススタッフの個人的見解」であり、ヤマハ発動機の公式見解ではありません。正確な点検内容・時期についてはオーナーズマニュアルおよびお近くのヤマハ正規ディーラーにご確認ください。

この記事のまとめ

  • バイクの故障診断で整備士が行う、限られた情報から原因を絞り込む思考プロセス
  • 故障症状を四つに分けて整理する、ユーザーと整備士それぞれの気づきの違い
  • 症状の原因候補を体系的に洗い出す、フィッシュボーンチャートの基本的な考え方
  • 「いつ・どこで・どんな時に起きたか」が故障診断の精度と効率を高める重要性
  • 特定の速度や操作状況を伝えることで、故障原因を短時間で特定できた診断事例
  • 整備士からの質問が、無駄な点検や部品交換を減らすために行われる問診の役割
  • 正確な症状の共有によって、修理期間や作業工賃の削減につながるユーザーの協力
  • ユーザーの気づきと整備士の知識を組み合わせて進める、故障診断という共同作
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