第2章:「液体パーツ」を、どう映像にするか
Liquid Engine Componentコンセプトに込められた思い

カスタマーエクスペリエンス事業部
マーケティング推進部
S.M.さん
バイク歴は約30年、仕事の守備範囲は主にマーケティングまたは企画系、ヤマハ発動機に入社して29年目になりますが、そのうち14年間は海外駐在で、タイ・オランダ・アメリカのグループ会社に出向していました。現在は本社で純正オイルブランドであるYAMALUBEの戦略立案を担当しています。愛車は2025年式TENERE700です。
オイルは、エンジンの性能を成立させるための構成要素のひとつ。そうして生まれた「A Liquid Engine Component」という考え方を、次はどう伝えるのか。今回は、巨大なからくり装置と本物のYAMALUBEを使い、「液体パーツ」というコンセプトを初めて目に見える形にした映像制作の舞台裏を振り返ります。
「液体パーツ」を、
さてどう見せるか
こうしてA Liquid Engine Component、「液体パーツ」というコンセプトができた。
ヤマハにとってオイルは単なる消耗品ではなく、エンジンの性能を成立させるための構成要素の一つである。この考え方を一つの言葉にできたことは大きかったが、当然ながら、それだけで世界中のユーザーに意味が伝わるわけではない。
次に考えなければならなかったのは、この少々難しいコンセプトをどうやって具体的な形にするか、だった。ポスターや小冊子、店頭ツール、Webサイトなどいろいろな展開を考えたが、中でも力を入れることになったのが映像である。
ただし、ありきたりなオイルの広告映像を作るつもりはなかった。オイルを流して、ピストンやギアのCGを見せ、「高温でも優れた潤滑性能を発揮する」「エンジンを摩耗から守る」と説明する。それはそれで正しいのだが、同じようなことは他のオイルメーカーでもやっている。それでは、せっかく「液体パーツ」というところまで掘り下げた意味がない。
企画段階からメンバーの間にあったのは、「他のオイルとは違う表現をしたい」という思いであった。オイルにさほど興味のない人が偶然見ても、何となく最後まで見てしまう。「何だこれ?」と思って、できればもう一度見てみたくなる。そんな映像にしたかったのだ。
そんな議論をしている中で、栃澤氏が昔のモービルのテレビCMの話をした。昭和40年代から50年代にかけて放送されていたもので、氷点下40度の世界で凍ったバナナを使って釘を打つ。バラの花もカチカチに凍る。その後にオイルが流れる映像が出てきて、「マイナス40度でもこの性能」と訴求する。
古いCMなのだが、これが実によくできていた。何十年も前に見た映像なのに、その場にいたメンバーが全員鮮明に覚えているのである。
考えてみれば、オイルという商品はマーケティングが難しい。普段はエンジンの中に入っていて、その働きを見ることができないし、一般のユーザーがオイルの性能差を直接体感できる機会もそれほど多くない。「高品質です」「エンジンを守ります」と言われても、まあオイルなのだからそうでしょう、で終わってしまう。
ところが、凍ったバナナで釘を打つ映像は何十年経っても覚えている。難しい粘度の説明などしなくても、まず「とんでもなく寒い」ということが分かり、その中をオイルが流れるだけで性能の違いまで伝わってくる。
見えないオイルの性能を、見える形にする。この発想は我々にとって大きなヒントになった。インタビューでも「あのピタゴラとか、変なことをやり始めた一番の原点」と振り返っているように、その後に続くYAMALUBEの映像づくりの方向性は、このあたりですでに決まり始めていたのだと思う。
そして、巨大な
「ピタゴラ」ができた
そうして出来上がった第一作が、我々が「ピタゴラ」と呼んでいた映像である。
正式には英語で”Rube Goldberg Machine”と呼ばれる、一つの動作をきっかけに次々と仕掛けが連鎖していく装置なのだが、日本人的には「ピタゴラ」と言った方が早い。
映像はYAMALUBEが装置に注ぎ込まれるところから始まる。それをきっかけにボールが動き、ギアが回り、その動きが次の部品に伝わって、さらに別の仕掛けが動き始める。止まっていた巨大な機械が、YAMALUBEを起点として一つのシステムのように動いていく構成だ。




もちろん、単にピタゴラ装置が面白そうだからという理由で採用したわけではない。この仕掛けは、”A Liquid Engine Component”というコンセプトを映像にする上で相性がよかった。
エンジンは多くの部品によって構成されている。ピストン、クランク、バルブ、ギア…など、一つひとつが正確に機能し、それぞれが互いに作用することで初めてエンジンとして成立する。そして、その中には当然オイルも存在する。ヤマハが考えるYAMALUBEも、外から補充するだけの消耗品ではなく、そのシステムを成立させる構成要素の一つである。
そういう少々ややこしい話を、言葉で長々と説明するのではなく、YAMALUBEが流れ込むことによって装置全体が次々と動いていく様子で見せようとしたわけである。
さらに映像には雪や炎、海といった要素も入れた。YAMALUBEはモーターサイクルだけのオイルではなく、マリンにもスノーモービルにも使われており、その使用環境も灼熱から極寒まで幅広い。それを「低温性能」「耐熱性能」「幅広い用途」などと字幕で説明するのでは面白くないので、オイルの球そのものを雪の中に入れ、炎の脇を通し、最後は海へ飛び込ませることにした。



機械の無機質な金属と、その中を流れる液体。精密に組み上げられたパーツの動きと、形を持たないオイルの動き。この対比も結果として面白いものになった。すべての部品が正しく動かなければ連鎖装置は途中で止まるし、オイルもまたその連鎖を成立させる一つの存在として画面の中にいる。A Liquid Engine Componentという言葉で表現したかったことが、この装置の中ではかなり素直に見える形になったと思う。
この頃から、制作メンバーの間ではYAMALUBEの映像について、ある程度共通した感覚もできてきた。油臭くしないこと、グッドサプライズがあること、気の利いたギミックを入れること、スタイリッシュで、できればアートとして見ても面白いものにすること、そしてあまり多くを説明しないこと。文章にすると簡単だが、作る側からすれば随分と面倒な注文だったと思う。ただ、後から振り返ると、これがその後の作品にも続いていくYAMALUBE映像の「芸風」になった。
AIもCGも一切使わず
この第一作には、もう一つ大きな特徴がある。AIもCGも一切使っていないことである。
今ならそういった最新技術で作った方が圧倒的に楽だと思う。オイルの球は好きな速度で転がせるし、炎や雪も後から自由に加えることができる。途中でうまくいかなければ、その部分だけ作り直せばよい。これだけ複雑な連鎖装置を映像にするのであれば、普通に考えればCGを使った方が合理的である。
ところが、我々はそちらへ行かなかった。本物のオイルを見せるのだから、映像の中で起きていることも本物でやろう、という話になった。
装置は実際に作る。オイルも本物を使う。球も実際に転がす。炎の場面では本当にバーナーに火をつけ、煙の表現も後から合成するのではなく、実際に映像を投影して撮影した。画面の中で起きていることを、その場で本当に起こしてカメラで撮るという、今考えるとかなり手間のかかる方法を選んだのである。
当然ながら、ここから制作側は大変であった。
巨大な装置は事前に一度仮組みして動きを確認した後、全部ばらしてトラックに積み、大型スタジオへ運び込んだ。そこでまた一から組み立てる。組み立てに一日、撮影に約一日半、最後の半日で撤収、という三日間の工程で、インタビューでは今だから笑いながら話しているものの、当時は「誰も寝てない」という状態だった。
特に厄介だったのが、本物のオイルを使っていることである。オイルの球をレールに流し、うまく転がっていったと思ったら、途中でスッポンと落ちる。当然やり直しなのだが、単純に球を元へ戻せばよいわけではない。レールにはオイルが付着しているので、それを一度きれいに拭き取り、またセットして最初から撮り直さなければならない。
しかも球の速度が速すぎても駄目で、遅すぎれば途中で止まる。オイルの粘度も影響するので、そのあたりまで考えながら調整し、難しいところでは何テイクも繰り返した。装置そのものはデジタルでかなり精密に設計しているのに、最後に現場でやっていることは、オイルを流して、失敗したら拭いて、また流すという実にアナログな作業であった。
制作側からは、当時を象徴するような言葉も出ている。
「本当に手間がかかることばっかりやって、なんでみんな自分を追い込んでいくんだ!」
これはかなり実感だったのだろう。
それでも、こちらから「もう少し」「もっと面白くできないか」と言えば、制作側は持ち帰ってまた考えてくる。当時15人ほどいたという制作会社の中で、この仕事に関わっているスタッフだけが日に日に疲弊していった、という話まで残っている。
今考えても、随分と面倒なことをやったものである。ただ、完成した映像を見ると、本物でやった意味は確かにあったと思う。金属がぶつかる感じ、重力に従ってボールが落ちる動き、ギアが回るときのわずかな振動、そして本物のオイルが持つ独特の流れ方など、CGで整然と作ったものとは違う質感が画面に残っている。
また、この映像ではYAMALUBEの性能を一切説明していない。粘度がどうだ、耐熱性がどうだ、清浄性がどうだという話もほとんど出てこない。YAMALUBEが装置に入り、それをきっかけとして、それまで止まっていた機械が次々と動き始める。その一連の動きを見ていると、オイルもまた機械を成立させる構成要素の一つなのだということが、理屈抜きに何となく伝わってくる。
A Liquid Engine Componentという少々抽象的なコンセプトが、初めて目に見える形になったのが、この第一作だったのである。
振り返れば、そもそものきっかけは昔のモービルの「バナナで釘」のCMであった。見えないオイルの価値を、誰にでも分かる形にして見せる。その考え方をYAMALUBEなりに突き詰めていった結果、大勢の大人が三日間ほとんど寝ずに、本物のオイルを巨大なからくり装置の中で転がすことになった。
少々やり過ぎだった気もするが、この第一作によって、その後に続くYAMALUBEの映像表現の方向性はほぼ決まったと言ってよい。そして困ったことに、この「わざわざ手間のかかることを、本物でやる」という制作スタイルは、ここで終わらなかった。次の作品では、また別の意味で相当に面倒なことを始めることになるのである(この話は第3章に続く)。
さて、大勢の大人たちが三日間ほとんど寝ずに、本物のオイルと格闘して出来上がった映像がどのようなものだったのか。文章であれこれ説明するより、実際に見ていただくのが一番早い。
A Liquid Engine Componentというコンセプトを初めて映像にした第一作、通称「ピタゴラ」。ぜひ、実際の映像をご覧いただきたい。
ここまで読んでいただいた方には、もしかすると、少し違った見え方をするかもしれない。
この記事のまとめ
- 「液体パーツ」というコンセプトを直感的に伝えるため、特に映像表現に力を入れて制作を進めた。
- 一般的なオイル広告との差別化を目指し、「見えないオイルの性能を見える形にする」という発想にたどり着いた。
- 第一作では、YAMALUBEを起点に仕掛けが連鎖する巨大な「ピタゴラ装置」で液体パーツの思想を表現した。
- 雪・炎・海などを映像に取り入れ、幅広い製品や過酷な環境で使われるYAMALUBEの特徴を視覚的に伝えた。
- AIやCGには頼らず、装置やオイル、炎などを実際に用意し、本物ならではの動きや質感を撮影した。
- 巨大装置と本物のオイルを使う撮影は難航し、失敗のたびに清掃と調整を繰り返す過酷な制作となった。
- 「説明しすぎず、驚きやギミックで魅せる」という、その後のYAMALUBE映像にも続く表現スタイルが確立された。
- 第一作「ピタゴラ」は「液体パーツ」の思想を初めて映像化し、本物にこだわる制作姿勢の原点となった。