55mph - オフロード白バイでしか行けない場所がある。
東日本大震災をきっかけに警視庁へ導入された災害対策用オフロード白バイ。その活動について聞いてみた。
写真/三浦孝明
警視庁の交通機動隊にはヤマハ・セロー250をベースにした災害対策用オフロード白バイ(以下オフロード白バイ)が配備されている。警視庁には管轄区域によって第一方面交通機動隊から第十方面交通機動隊まで全10個隊が存在するが、それぞれに1台ずつ、合計10台のオフロード白バイが配備されているという。
以前Web 55mphでも取材した消防活動二輪車「クイックアタッカー」とは異なり、こちらは大規模な災害が発生しなければ出動しないため、実車を目にしたことのある方はほとんどいないのではないだろうか?
東京都江東区「夢の島総合訓練場」には、白バイ隊員たちが技術訓練を行うための特設訓練場も敷設されており、そこで件のオフロード白バイを取材させていただいた。対応してくれたのは江東区、墨田区、葛飾区、江戸川区を管轄区域とする第七方面交通機動隊の方々。まず、オフロード白バイが導入された経緯について、警視庁第七方面交通機動隊副隊長の羽谷恵一(はがい けいいち)警視に伺った。
「オフロード白バイが導入されたのは2011年の東日本大震災が契機です。当時、広域緊急援助隊として現地で活動を行った交通機動隊員によれば、被災地の道路は瓦礫や土砂などが散乱し、大型のロードスポーツバイクをベースにした通常の白バイでは走行できない状況だったようです。また今後、発生が懸念されている首都直下型地震においても、亀裂や落下物などによる道路の閉塞が予想されることから、悪路における走破性の高いオフロードバイクをベースにした白バイが配備されることになりました」
オフロード白バイの主な任務は首都直下型地震などの大規模災害が発生した際の情報収集と緊急自動車専用路の確保である。その機動力を活かして道路や建物の損壊状況を素早く調査して交通規制を行うことで、迅速な人命救助活動や消火活動をサポートする。そのため車両には、通常の白バイにも搭載されている無線機のほかに、被災地の映像をライブで交通対策本部などに送ることのできる映像伝送システムが搭載されている。この映像を見ることでより的確な指揮が行えるというわけだ。通常の白バイのような取り締まり任務は行わない。
オフロード白バイは要請があれば広域緊急援助隊として東京以外の被災地に派遣されることもある。羽谷警視自身も2016年の熊本地震発災時に広域緊急援助隊の部隊長として現地に赴き指揮をとったという。
「熊本地震のときはすでに適正な交通規制が実施されていたため、倒壊した家屋や、避難によって不在になった家々などを犯罪抑止のために巡回することが主な任務でした。舗装路でも倒壊した家屋の廃材や倒木、土砂などが堆積している場所が所々にあり、オフロード白バイの必要性を強く感じました」
大規模な災害が発生すると支援物資の輸送や災害ボランティアの派遣などで主要道路が激しい渋滞を起こしてしまうことがある。そういったケースにおいてもオフロード白バイならば緊急走行によって優先的に移動が可能となる。
では、オフロード白バイに乗るにはどういった資格が必要なのだろうか?
羽谷警視いわく、通常の白バイ隊員のように警視庁の白バイ乗務員養成講習を修了することに加え、ガレ地や悪路を不安なく走行できる卓越したライディングスキルを持っていることが必要だという。白バイの隊員は車体が不安定になりやすい低速走行時のバランス感覚を養うために普段からオフロード走行の訓練も行っているが、その中でもさらに優秀な技術を持った一部の隊員だけがオフロード白バイに乗れるというわけである。
実際に不整地走行コースをオフロード白バイで走っていただいた。
小高い丘を中心に丸太や土管、タイヤなどがちりばめられたじつに意地悪なコースである。被災後の道路状況をイメージしてレイアウトされたものなのだろう。
白バイの指導員をしているという警視庁交通執行課、野泰史巡査部長は慣熟走行を終えると、やおら急斜面に置かれた土管に向かってアタックを行った。見ているこちらが思わずヒヤリとするほどフロントタイヤが高々と上がり、土管を次々に超えてゆく。普通のセロー250に比べ、かなり車重が増していることがサスペンションの沈み具合からも見てとれた。
「赤色灯やパニアケースを含めた艤装(ぎそう)状態の重量は152kgです。これに無線機などの装備品の重量が加わります。もちろんノーマル状態に比べれば重いかもしれませんが、普通の白バイの装備重量は300kg以上ありますからね。これでも劇的に軽いんです」(野泰史巡査部長)
損壊した道路、あるいは瓦礫などの障害物が散乱した道路を走るには、いわゆるエンデューロバイク的なモデルよりも、軽量かつ中低速で粘り強いトルクを発揮するセロー250の方がマッチするのだという。しかし、だからといって誰もがこのように縦横無尽に操れるかと言えばもちろんそんなことはない。この日、我々取材スタッフがもっとも驚いたのは直径1m20cm超はあると思われる鉄管越えのセクション。発災時には何らかの理由で動けなくなった自動車が道路を塞ぐようなケースも考えられる。このセクションはそういった状況を想定して設けられたものだ。そこを野泰史巡査部長はステアケースのお手本のような動作で乗り越える。あまりに淡々と走るので、かえってその凄さが伝わらないほどだ。今年、警視庁は「全国白バイ安全運転競技大会」の団体一部において優勝を果たした。この大会は全国の警察から選抜された白バイ隊員たちが操縦技術を競うものだが、トライアル走行操縦や不整地走行操縦なども種目に含まれている。野泰史巡査部長はその日本一のチームを鍛え上げたいわば立役者でもあるという。どおりで凄いわけである。
言うまでもなく災害対策用オフロード白バイというのは出動機会がやってこないことが最善である。だが、こちらの都合に関わらずいつ何時襲いかかってくるか分からないのが災害というものだ。車体は軽くとも、その使命は決して軽いものではない。
今日もまた、有事において確実に任務を遂行できるよう訓練が続けられている。
セロー250
85年の初代モデルから数え、今年でデビュー30周年となるロングセラー。軽量コンパクトな車体に低いシート高、低速トルクを重視したエンジン特性やギア設定など、誰でも気軽に山道を楽しめる車体構成を採用し“マウンテントレール”というそれまでにないオフロードバイクのあり方を提案。2005年には排気量を225ccから250ccに拡大した新型へフルモデルチェンジされるも、そのコンセプトは変わらず。現在に至るまで ビギナーからベテランまで、高い支持を受け続けている。