Green Slow Mobility travelogue 描いた明日が、目的地。
全国で活躍するグリーンスローモビリティ(電動カート公道仕様)の様子をお届けします。
別府温泉
大分県別府市

次世代モビリティの実証実験で歴史的な温泉郷の魅力を再発見
日本一の「おんせん県」大分・別府温泉郷で、次世代モビリティとして注目を集める低速小型EV「グリーンスローモビリティ(略称:グリスロ)」を活用した観光体験創りの実証実験が行われました。地域に息づく歴史や暮らし、文化を身近に感じ、知られざる魅力を体感できる新たな観光スタイルとは――。
POINT
- 路地や脇道を巡ることで地元の方々しか知らないスポットを発見し、五感で街を感じるのに最適なモビリティ
- 移動そのものがエンターテインメントになる乗車体験を実現
- 乗車しながら地元の人や観光客とのコミュニケーションも楽しめる
移動自体が観光体験になるグリーンスローモビリティ
グリーンスローモビリティとは、時速20km未満で公道を走ることができる電動車を活用した小さな移動サービスで、車両も含めた総称のこと。国土交通省と環境省が導入を推進する次世代のモビリティとして注目を集めています。

ヤマハ発動機グリスロは最大7人乗りでグループやファミリーでも楽しめる。
「グリスロはただの移動手段ではありません。観光スポットが点在していて徒歩で周遊できない、細い道や坂が多くバスやタクシーの走行が難しい、公共交通機関が行き届いておらず移動が不便等の課題を抱えた全国各地の交通不便地域で、生活の足や観光の足のラストマイルソリューションとして利用されています」と話すのは、2014年よりグリスロ事業をスタートしたヤマハ発動機株式会社 技術・研究本部 共創・新ビジネス開発部長 渡辺敬弘。

ヤマハ発動機株式会社 技術・研究本部 共創・新ビジネス開発部長 渡辺敬弘
「オープンエアで静かに低速走行するからこそ、鳥のさえずりや波の音、街の声や香りなどを“体感”しながら観光を楽しめ、バスや車だと見過ごしがちな街の魅力を発見し、気になる観光スポットがあればすぐに止まることができます。非日常感を満喫できるEVカートタイプなので移動そのものが楽しい観光体験になり、地球環境にやさしいのも魅力です」

グリスロは細い道や坂が多くバスやタクシーの走行が難しい地域に最適なモビリティ
ヤマハのグリスロは、全国100地域以上で実証実験を実施し、現在約60地域で100台以上導入*されています。その中で、2024年11月に大分・別府温泉郷を代表する鉄輪温泉エリアでグリスロを活用した実証実験「&LOCAL」が実施されました。
*2024年12月現在
地域の課題を解決しながら新たな魅力を創出する
温泉の源泉数、湧出量ともに日本一を誇る大分県。「別府八湯」と呼ばれる8つの温泉郷の中で、鉄輪温泉は鎌倉時代から湯治文化が紡がれ、レトロな街並みのあちこちで温泉の噴出口「地獄」から湯けむりが立ち上る情緒豊かな光景と別府観光の定番「地獄巡り」の中心地として知られています。

鉄輪温泉は1年を通して国内外から観光客が訪れる人気スポット
今回の実証実験「&LOCAL」を企画・主導したのは、日本を代表する温泉リゾートのひとつ「別府温泉 杉乃井ホテル」を運営するオリックス・ホテルマネジメント株式会社 執行役員 加藤宏二郎さんです。

オリックス・ホテルマネジメント株式会社 執行役員 加藤宏二郎さん
「2002年よりオリックスグループの所有となった別府温泉 杉乃井ホテルは、弊社のホテル事業の第一号であり旗艦施設なので、別府温泉には特別な想いがあります」
同社ではコロナ禍の2021年より独自の「地域共創プロジェクト」を開始。これは、全国の直営施設に配した地域共創担当者を中心に、ローカルの事業者や住民と一体となり、新たな観光資源の創出を行うことで地域活性化につなげる取り組みです。「&LOCAL」はその一環として企画されました。
20年以上別府温泉に携わり、数え切れないほど現地を訪れている加藤さんは、その意図についてこう話します。
「鉄輪は、古き良き歴史と新しい風が融合する面白いエリア。奥に入り込めば知る人ぞ知るディープなお店やスポットがある懐の深さにすごく魅力を感じていますが、この地を訪れるお客さまは、大型バスが乗り入れできる『海地獄』と『ひょうたん池』の2カ所だけに行く方がほとんど。また、観光エリアの端から端までビル10階程度の高低差があるので、ご年配の方や足が不自由な方が周遊しづらいという課題感もありました」

別府温泉は地元の人が利用する外湯文化が根付いている
そんな中、車幅が通常の車両よりも狭いヤマハのグリスロと出合い、その課題を解決しながら新たな街の魅力を発掘するための実証実験につながったと続けます。
「グリスロは、メインストリートだけでなく路地や脇道を巡ることで地元の方々しか知らないスポットを発見し、五感で街を感じるのに最適なモビリティ。熱心に様々な提案をしながら工夫していただいたヤマハさまをはじめ、様々なパートナー企業さま、誰一人反対することなくあたたかく迎え入れてくれた地元の方々の協力があったからこそ実現できました。そういった地域の方々が潤い、我々の施設、そして来街者の喜びも生む“三方良し”の長期的な地域活性化につながる一助になれば幸いです」
その熱い想いに共鳴し、ドライバーとして参画したのが、大分で約40年に渡ってタクシー事業を続ける大分第一交通です。
「別府のタクシー事業者は、皆で協力して地元をもっと元気にしていきたい、という共通認識があるので、協力させていただきました」と話すのは、同社別府営業所所長・藤内俊彦さん。

大分第一交通 別府営業所所長・藤内俊彦さん
「移動という点でタクシーと同じですが、タクシーは移動のみ、グリスロはそれに加えて観光という要素が加わる。利用目的が根本的に異なるので、競合はせず“共生”できるモビリティだと思います。実際に試走していると、小型で街歩きを遮らないので地元の人や観光客の目線が温かく、ちょっと疲れた時など気軽に乗れるのも魅力。イベントのようなわくわく感もあるので、安全性が担保できれば様々な可能性を秘めていると実感しました」
知られざる街の素顔に触れる“どローカル”ツアーを満喫
今回の「&LOCAL」は、鉄輪温泉のメインストリートである「みゆき坂」と「いでゆ坂」を中心に回遊するグリスロの乗降チケットだけではなく、「海地獄」「鬼石坊主地獄」「地獄ミュージアム」の入館パスも含まれ、「ひょうたん温泉」のスムージーや湯治宿「ひろみや」の地獄蒸したまごといった地元の名物も楽しめる鉄輪地獄ラウンドトリップ。好きなタイミングでグリスロに乗降できるので、自由に散策が楽しめます。

いでゆ坂をゆっくり走るグリスロ
ベースステーションのひとつ「ひょうたん温泉」の駐車場で受け付けを済まし、モニターツアーに参加しました。配布されたカードのQRコードを車両に備え付けられた専用端末にかざして乗車します。
大通りから熱の湯通りの石畳を経由し、いでゆ坂に入ると、心地良い秋の風がほほを撫で、ほのかな硫黄の香りが漂ってきます。そのまま北上し、一遍上人ゆかりの温泉山永福寺を通り過ぎてみゆき坂へ。車内に搭載されたヤマハ発動機の音声ガイドが鉄輪の地獄の歴史や名所を案内してくれるので、地域への理解が深まります。

グリスロは乗車しながら地元の人とのコミュニケーションも楽しめる
グリスロに乗っていると通り沿いの店の従業員たちが軒先から顔を出し、学校帰りの子どもたちは笑顔で手を振ってきます。「これ乗っていいの?」と声をかけてくる観光客と思しき人も。こういった交流も地元の方とシームレスにつながるグリスロならではの体験です。

地域のリアルな情景を垣間見ることで体験がより深くなる
折り返し地点の「海地獄」、13世紀より続く「鉄輪むし湯」の足蒸しなど途中で降車してそれぞれの施設を楽しみ、心のおもむくままに脇道を散策していると目に入ってくるのは、地獄が噴出するマンホールの上でまどろむ地域猫やギャラリーカフェで丁寧にハンドドリップする店主といった街の「素顔」――。

そこかしこに噴き出す湯けむりの中を走る
停車場の一部ではタブレットが設置され、グリスロの現在走行位置と到着までの時間をリアルタイムで可視化。ルーフが高く低床なのでスムーズに乗り降りできるのも魅力です。湯治宿「ひろみや」で地獄蒸したまごを味わった後に乗車し、アトラクションのように噴出する湯けむりを浴びた後、ひょうたん温泉のベースステーションに戻り、モニターツアーは終了しました。
グリスロが促進する
地域活性化のビジョンとは
4日間に渡って実施された実証実験を終え、前出の渡辺部長はグリスロで創る未来の観光ビジョンについてこう話します。

「グリスロは観光地としての解像度を高めるモビリティです」と渡辺部長は熱く語る
「我々が目指しているのは、交通課題・観光客減少・地域の過疎化といった問題を抱える全国のエリアにグリスロを導入することで、周遊性や観光体験の向上、地域交流の促進を図ること。それによって地域の新たな魅力の発見と価値創造につながり、観光客の満足度も上がります。その結果、リピート率もアップし観光客が増えることで、地域の活性化へ貢献したいと考えています」

グリスロは観光体験を向上させるモビリティとして注目を集めている。
グリスロは単なる移動手段ではなく、「人と人」、「人と地域」、「人と社会」をつなぐコミュニケーションモビリティとして地域社会にマッチしたソリューションで人々が笑顔で豊かに暮らせる持続可能な街づくりを目指します。
取材:2024年10月時点