Green Slow Mobility travelogue 描いた明日が、目的地。
全国で活躍するグリーンスローモビリティ(電動カート公道仕様)の様子をお届けします。
粟島
香川県三豊市
一人ひとりの毎日に「移動の
シアワセ」を
ラストワンメートルまで、心に寄り添う
離島の毛細血管。
「行きたいとき」に「行きたいところ」に
行ける日常を、すべての人に
香川県三豊市の北西4.5キロに浮かぶ粟島。古くは北前船の寄港地として栄え、島のシンボルであり、また誇りでもあった国立粟島海員学校(1897-1987)は、日本の海運産業の発展を支える多くの人材を送り出しました。近年、人口減少や高齢化がクローズアップされるこの島に、お年寄りたちの移動を援け、幸せを運ぶグリスロ・ドライバーの皆さんを訪ねました。
POINT
- 「本当に必要とされる移動サービス」を見極めるため、長期スパンの実証実験を実施
- 注目を集める国際イベントに合わせて導入を行い、地域内外にグリスロの存在を発信・アピール
- 住民ドライバーの活躍・協力により、「隣の人に送ってもらう安心感」と「心に寄り添う細やかな対応」を実現
「移動」が守る、すこやかな暮らし
島のシンボルである旧国立海員学校の青い板塀を、夕陽が照らす午後4時――。
ふれあいパークと呼ばれるエリアの一角に据えられた手づくりの長椅子には、一人、また一人と “いつもの皆さん”がうちわを片手に集まってきます。
「春(の開催)だったらねえ。もっとにんぎょしく(賑やかに)迎えられるのに」
高齢の女性が少し残念そうに口にしたのは、2025年に開かれる瀬戸内国際芸術祭 のこと。粟島が会場となるのは秋の会期ですが、手塩にかけた花畑が最も彩り鮮やかな季節に大勢の観光客をお迎えしたかったようです。
2023年9月付の住民基本台帳によると、粟島の人口は152人(102世帯)。しかし島で暮らす皆さんは、「実際に住んでいるのはちょうど100人くらい。みんな知り合いみたいなものだから」と笑います。高齢化率は86%とされ、それらの数字を横に並べてみれば、一人暮らしのお年寄りがいかに多いのかを見てとれるでしょう。かつては2,000人以上の住民で賑わったというこの島も、20年ほど前の中学校閉鎖を境に子どもたちの姿を見かけなくなりました。
粟島スマートアイランド推進プロジェクト の一環として、グリーンスローモビリティによる島内移動の実証実験がスタートしたのは2021年4月。高齢化や人口減少といった急速かつ顕著な離島の課題に対し、ドローンによる物資の輸送やICTによる医療体制の確保といった各種PoCと組み合わせ、周囲16キロの島をグリスロがゆっくり走り出しました。
「交通は目的ではなく、人びとの暮らしを幸せにする手段」と山下市長(左)。また「課題先進地域である離島に試験導入することで、今後、他の地域にも展開可能なソリューションを創出できる」とも話し、粟島での実証実験の陣頭指揮を執った。グリスロの認知拡大を図るため、地域内と地域外への発信の相乗効果を狙って2022年の瀬戸内国際芸術祭にターゲットを設定。スピード感をもって準備に取り組み、実現に漕ぎつけた
「3年かけてじっくり行った実証実験では、年間でのべ2,000人の利用がありました。もちろん民間のビジネスでは成立しない数字かもしれませんが、軽トラや原付バイクに乗れない少数の住民に目を向けるのは、行政が担うべき大切な仕事だと考えています」。そう話すのは、同プロジェクトを牽引した三豊市の山下昭史市長。「その上で、(グリスロを使った島内移動が)本当に必要とされるのか、移動という行為がお年寄りのすこやかな暮らしにどう寄与するのか、そこをしっかり見極めるために3年の時間を費やしました」と話します。
「高齢者の日常に、果たしてグリスロという移動手段が溶け込んでいくのか?」――。そうした懸念は、時間をかけた検証により、杞憂であったことが証明されました。診療所に行く、買い物で本土に渡るために港まで行く、外出が困難な友だちの様子を見に行くなど多様な利用形態が浮かび上がり、人々の暮らしと、ゆっくり静か、そして低床かつオープンな構造の車両に親和性があることがわかりました。実証実験終了後には、「なくしてもらっては困る。有料でも構わないから(グリスロを)残してほしい」という要望が多数寄せられることとなりました。
心に寄り添う「ラストワンメートル」
3つの島が砂洲によって連結する粟島は、しばしば「スクリューのかたち」と表現されます。そのスクリューの中心にあたる島の玄関口・粟島港を中心に、東西北の3方向に上新田、中新田、下新田、西浜といった集落が点在し、グリスロは毎週月・水・金・土曜日に3便ずつ、島内10か所の停留所をつないでいます。
ドライバーを務める(左から)畑村さん、板倉さん、小泉さん、西さんは、全員が粟島在住。小泉さんは高校卒業以来、60年ぶりに島での生活を再開させたばかり。「運行を手伝うことで、あらためて故郷の島を知り、島の人びとと交流できる。楽しくて仕方ない」と充実した様子。一方、利用者の皆さんも「隣の人に送ってもらうような安心感」と、ドライバーさんとの距離感を表現する
粟島港と本土の須田港を結ぶ連絡船をはじめ、島内移動の主役である軽トラックや原付バイクを島の暮らしの動脈とすれば、グリスロとドライバーの皆さんは「毛細血管」とも言える存在です。定期便の路線上であれば停留所以外でも乗り降りできる仕組みなど、島のお年寄りの心に寄り添うその対応はじつに細やかです。
「たとえば、誰が何曜日に買い物にでかけるか、水曜日にこの便で診療所に行くのは誰か、本土の眼科に行ったあのお母さんは何時の船で戻ってくるのか、誰がどこに住む身内の世話に行くのか、だいたいみんな把握している」と、あるドライバーさん。さらに「いつも同じ便に乗る人の姿が見えなければ、心配になって近くの人に様子を見に行ってもらったりもする」そうです。
4人が交代でシフトを組むドライバーは、全員が島の人。手押し車や荷物の上げ下ろし、歩行が困難な利用者への配慮(停車位置など)、さらには目的もなく島内散策を楽しむお年寄りの話し相手まで、厳格な安全運行を行いながら柔軟な対応で毛細血管の機能を果たしています。
運行ルートやダイヤ、また停留所の設定については、島民の日常を支えるための微調整がいまなお繰り返されています。連絡船の発着時間とのリンクはもちろん、利用実績に合わせた運行順路の変更など、その設定はあくまでも利用者ファースト。たった一軒、たった一人のお年寄りのために折り返し地点の停留所を延伸したのもその一例です。
連絡船が到着する粟島港は島の玄関口。グリスロの定時ダイヤは毎日8本が往復する船の発着とリンクしており、1日3回の運行で計13回港に立ち寄る
「はい、もしもし。え? そうなの。うん、わかった」。ドライバーさんの電話を鳴らしたのは、午前中に港で降ろした高齢の女性でした。いつもより病院が混んでいたため、帰りの船に乗り遅れてしまったそうです。「あの足じゃ港からはとても歩いて帰れないし、さて、どうするかな」。困った、困ったと言いながら、やさしい笑顔を浮かべるドライバーさんに、移動の支援を超えた「ラストワンメートル」まで寄り添う共助の姿を見たような気がしました。
行きたいところに行ける、元気なまちを
実証実験を終え、正式に導入された粟島のグリスロは、現在、有料で運行されています。料金は1回の乗車で100円(三豊市民が対象)、観光客の多くは1日乗車券(500円)を購入して乗車しています。また、粟島在住者を対象とした年間パスポートが1,500円で販売され、日常的に使われる人びとにとって必需品となっています。
粟島におけるグリスロ運行のベース「ル・ポール粟島」では、島民限定で年間パスポートを販売。現在約20人が所有しており、その一人は「これがあるから気兼ねなく乗れる」と話す
「利用者の大半は高齢の女性。男はあまり乗らないね。まだ気持ちも体も元気だからバイクで走ってるけど、数年後はわからない。少しずつこっち(グリスロ)に変わっていけば、まわりのみんなも安心できる」とドライバーさん。
一方で、かわいい利用者の姿もあります。連絡船に乗って、対岸の保育所に通う小さなお子さんです。同じ保育所に通うもう一人のお子さんとともに、「とにかくかわいい。あの子たちは粟島の宝。乗り合わせると嬉しい」とお年寄りたちからも大人気です。
実証実験以来、グリスロの運行管理を担っているのは、粟島唯一のホテル「ル・ポール粟島」の平木利明支配人です。同ホテルでは、もう1台同じ仕様のグリスロを管理しており、こちらは宿泊者向けのレンタル(6時間/6,000円)車両として活用されています。雄大な夕景スポットとして人気の高い西浜、満潮時にはその足もとが海に浸かる馬城八幡神社の鳥居、廃棄ブイを再利用したアートが出迎えるぶいぶいガーデンなどへのアプローチに活用されています。
島にある2台のグリスロのうち1台は、「ル・ポール粟島」に宿泊する観光客にレンタルカートとして貸し出しする。平木支配人は島の名物であるウミホタルの研究家としても知られており、鑑賞会などでグリスロが稼働することもある
「粟島のお年寄りを含め、三豊市全体では2,000人もの独居老人が暮らしています」と山下市長。「大切なのは、そうした皆さんを孤立させないこと。移動は孤立を防ぐためにも大きな役割を果たすはずです。“お年寄りが行きたい時に、行きたいところに行ける元気なまち”となるために、好事例となりつつある粟島の取り組みを市内他の地域にも活かしていきたい」と話してくださいました。
診療所に向かうという高齢女性と、「ル・ポール粟島」で友人と待ち合わせランチを楽しむという二人の女性と乗り合わせました。車内は翌日に控えたグラウンド・ゴルフ大会の話題で持ちきりです。ご本人も大会に出場するというドライバーさんに「楽しそうですね」と声をかけると、「あははは。いつもこう。両手に花でドライブだから!」と声をあげて笑ったのでした。
取材:2024年8月