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ヤマハ発動機株式会社 Revs Your Heart

グリーンスローモビリティ(電動カート公道仕様)

Green Slow Mobility travelogue 描いた明日が、目的地。

全国で活躍するグリーンスローモビリティ(電動カート公道仕様)の様子をお届けします。

描いた明日が、目的地。

備中吹屋

(岡山県高梁市)

日本遺産を走る、ベンガラ色のグリーンスローモビリティ

行政、管理・運行事業体、ドライバー、そして店主会や地域の人びと。
グリスロでつながる・ひろがる 「おもてなしのコミュニティ」

かつて銅山で栄えたまち、備中吹屋。日本遺産にも認定されたこの美しいまち並みを、いま、国内外からの観光客を乗せてグリーンスローモビリティがゆっくりと走っています。全国でも有数のグリスロ成功事例として数えられる岡山県高梁市を訪ね、運行を支える皆さんの姿やその取り組みから、成功のポイントを探りました。

POINT

鈴の音と、軒先の一期一会

ゆるやかに弧を描く細い街道の両側に、赤銅色の石州瓦、ベンガラの格子、そして赤土壁の家並みが700mほど続く岡山県高梁市の備中吹屋地区。ジャパンレッド発祥の地として日本遺産に認定されたこのエリアには、近年、外国人観光客の姿も目立つようになりました。

風情のある鈴の音が、観光客やお店の人たちにグリスロの通行を告げる。「チンチンバス来た!」。沿道で遊んでいた小さな女の子は、ドライバーさんとも顔見知りだという

日本三大銅山のひとつとして、このまちが隆盛を極めたのは明治から大正期にかけてのこと。銅やベンガラを扱う豪商たちが石州(現在の島根県)から腕利きの宮大工を招き入れ、外観をベンガラ色で統一した美しいまち並みをつくりだしました。
銅山の経営者は、三菱の創始者・岩崎弥太郎。弥太郎も歩いたであろう豪奢と気品が調和するその街道を、ゆっくり、静かに、 “The Japan Red GSM”と名づけられた2台のグリーンスローモビリティが走っています。

カラン カラン、コロン。
グリスロがつけた鈴の音が近づいてくると、あちらこちらの軒先から染物屋のご主人や飲食店の従業員たちが顔を出し、グリスロでの散策を楽しむ観光客たちを笑顔で出迎えます。手を振り、声を掛け、一日に何度も顔を合わせるドライバーとは軽い会釈を交わして見送ります。

「あ、ナベさん。今日はなんですか?」。街道を歩くと、店先から次つぎに声をかけられる高梁市観光課の渡辺さん。「グリスロは、地域のみんなで走らせている」。その言葉にも説得力がある

「吹屋のお店のご主人たちの集まりに、グリスロ導入の説明にお邪魔した時のことです」――。
そう振り返るのは、高梁市産業経済部観光課の渡辺隆弘さん。「計画の概要をお話ししたところ、“一緒にできることを考えてみよう” と自発的な協議が始まって、それをきっかけに、“手の空いている時はみんなで店先まで出て出迎えよう”“歓迎と、おもてなしの気持ちを笑顔で表現しよう”と、15店舗ほどの店主さんたちが互いに声を掛け合ってくださいました。こうした、地域を想う店主会の皆さんの計らいには心から感謝しています」と、その舞台裏を教えてくれました。

のんびりとした鈴の音、それから車内と沿道の一期一会は、すっかり吹屋の日常的な情景のひとつとなっています。

グリスロをハブに、小さなコミュニティ

運行前、グリスロの出発点に足を運んでみると、そこには車両の管理を担う(株)天満屋の守屋和宣さんと、運行を委託された(株)備中屋の平井幸亮さんの姿がありました。

車両の管理と運行は、天満屋の守屋さん(右)と備中屋の平井さんが連携。約6,000人が利用した初年度も「改善すべき点はあるが、大きなトラブルはなかった」と、2シーズン目の運行をスタート

「赤くラッピングした車体は、もちろんベンガラのジャパンレッドを表したものです。そこに吹屋のシンボルである石州瓦や、羽山渓の水面をモチーフとしたデザインをあしらいました」と守屋さん。2023年4月から運行を開始し、初年度から7か月間で約6,000人もの観光客が乗車するフル回転の操業となりましたが、「おかげさまでこれといったトラブルもなく、2シーズン目を迎えることができました」と話します。

その傍らで、ドライバーの皆さんとともに運行前点検を行っていた平井さんにもお話を伺いました。「本業は瓦屋ですが、コロナ禍で仕事が減った時に、地域の観光産業に貢献したいと考えてプロジェクトに加わりました」と話す平井さんは、ドライバーへの教習や資格認定を行うグリスロ・インストラクターのライセンスも取得済み。運行リーダーとして、約10名が登録するドライバーのシフト調整をはじめ、現場管理の全般を担っています。

グリスロをハブにつながっていく小さなコミュニティ。ドライバーのプロフィールは、元校長先生、ブドウ農家のご主人、移住者、市役所OBなどバラエティ豊か

この日の運行を担当したのは、近隣の小学校に勤務していた元校長と、高梁市の自然に親しみを抱いて移住してきた若い女性、そして、吹屋の子どもたちを麓の学校まで送り届けるスクールバスの現役運転手さんなど、それぞれまったく違った背景をもつ皆さんです。このほかにも、特産品であるブドウ農家のご主人、市役所のOB、また学生さんまで、さまざまなプロフィールの方々が平井さんの指導を受けてドライバーとして活躍しています。

「共通しているのは、皆さん楽しみながら取り組んでくれていることです。もちろん安全運行への責任を十分果たした上で、県外や外国から来たお客様との会話を楽しんで、さらに地域の魅力を発信できることに喜びを感じている人も少なくありません」と平井さん。
市の観光課や管理・運行事業者、そしてドライバーや吹屋店主会の皆さんによる、グリスロという“まちの新参者”をハブとしたあたたかく小さなコミュニティ――。そこには「みんなで走らせている」、また「走ることでつながっていく」という、事業継続性にも大きく関わるだろう人的な基盤づくりがうかがえました。

アップデートを重ねて、次なるフェーズへ

高梁市のグリスロ導入は、令和3年度に国交省が実施した「グリーンスローモビリティの活用検討に向けた実証調査支援事業」への参加がきっかけでした。当初は高齢者など交通弱者の移動支援を目的としていましたが、「実証実験では想定していたほど利用者が伸びず、逆に、交通量の多い道路で一般車と並走するのは、この地域に限っては、有効ではないという判断となりました」と渡辺さん。

点在する観光スポットのグリスロ乗り場には、リアルタイムで乗車情報を確認できるQRコードを掲示。2024年からは二つの運行ルートを設定するなど、よりスムーズな運行・運用を模索・検討する

こうして一旦は行き場を失いかけたグリスロですが、市街地から観光地へとフィールドを移して活躍することになった背景には、同市の近藤隆則市長のひらめきがありました。

2012年に閉校するまで現役最古の木造校舎として活躍した「旧吹屋小学校」、往年の弁柄工場を復元した観光施設「ベンガラ館」、天領幕府直轄地の銅山として徳川に莫大な財をもたらした「笹畝坑道」、そして映画・八つ墓村のロケ地ともなった豪商の邸宅「広兼邸」といった観光スポットが、距離を置いて点在する吹屋地区。これらをグリスロでつなぎ、季節の匂いを感じながら周遊していただこうというアイデアです。

高梁市産業経済部 観光課 課長補佐兼観光政策係長の渡辺隆弘さん。グリスロの運行では、環境省の「二酸化炭素排出抑制対策事業等補助金」を活用。年間0.4トンのCO2削減により、407万円の補助を受けた(令和4年度)

2023年4月に運行を開始した“The Japan Red GSM”は、報道やSNS等で話題になったことで、たくさんの観光客の誘致と、観光価値の活性化に貢献。初年度からフル回転の稼働で人気を集めました。

しかし、その一方で、思わぬ課題も浮上しました。「週末の運行で、1日あたりの乗車は約100人。これは予想を大きく上回る数字で、各乗り場で待っていたお客様が定員オーバーで乗車できないということが頻繁に起きてしまいました」と渡辺さん。あるドライバーも、「長い時間待ってくださっていたのに乗せることができず、本当に申しわけなく、心苦しくもあった」と振り返ります。

市の観光課では、その対策の一つとして、各乗り場から空席情報をリアルタイムで確認できるアプリを開発。システムは組織内で内製したにもかかわらず、課題が浮き彫りになってからわずか2か月というスピーディな対応でした。
そして迎えた2シーズン目は、運行ルートについても再検討。令和6年度は、大きな循環=「観光周遊コース」と、小さな循環=「吹屋散策コース」の2つの運行ルートを設けるなど、利用者にとってより楽しく、ストレスのない運用に向けて日々アップデートが繰り返されています。

観光地でのグリスロ活用の成功例の一つとして、さらに全国から注目をされる岡山県高梁市の“The Japan Red GSM”。その活用フェーズは、次のステップに進もうとしています。
「現在、来年度からの有償化を目指して準備を進めています。これには2つの目的があって、まず、事業の継続性を高めること、そして足を運んでくださったお客様に、より質の高いサービスを提供することです」と渡辺さん。アイデアのひとつとして車内デジタルサイネージの搭載等も検討されており、有償化が実現すれば、新たな楽しさの創出にもつながっていくことでしょう。

カラン カラン、コロン。
日本遺産のまち並みを走る、ベンガラ色のグリーンスローモビリティ。鈴の音を聞き、軒先から顔を出した吹屋の人びとの笑顔に見送られて、今日もゆっくり、そして静かに、吹屋が誇る観光スポットをつなぎ、人と人をつないでいます。

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