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55mph - 「2017トライアル・デ・ナシオン」観戦記 翼の生えたオートバイ

遠くスペインの地で3名の日本人ライダーが躍動した。トライアル競技の国別対抗戦「2017トライアル・デ・ナシオン」観戦記。

文・写真/松本泰介

年に一度、トライアル競技のワールドカップともいうべき大会が開催されているのをご存知だろうか?その名は「トライアル・デ・ナシオン」(以下TDN)。

デ・ナシオンとはあまり耳慣れない響きだが、これはフランス語だからである。英語に言い換えれば「オブ・ネイション」。読んで字のごとくトライアル競技の国別対抗戦という意味である。 この大会はFIM(国際モーターサイクリズム連盟) の主催で1984年から行われているが、各国の一流ライダーがナショナルチームを組んで競う団体戦であることが大きな特徴だ。ここに日本チームも参加しているわけだが、その活躍が一般に知られることはほとんどない。日本国内におけるトライアル競技の知名度はMoto GPやF1といった他のモータースポーツと比べてもその認知度は著しく低いと言わざるを得ない。世界選手権の優勝を含め、これまで数々の輝かしい成績を日本人選手が収めてきたのにだ。そうした状況に兼ねてから寂しさを感じていた私はいつかこの目で直接TDNを観戦し、ひとりでも多くの人々にトライアル競技の素晴らしさ、日本人ライダーの活躍を伝えたいと思っていた。そして2017年9月。私はいよいよ決心してスペインへと渡ったのである。

昨年と同じ小川友幸(左)、黒山健一(中央)、藤波貴久(右)という日本最強の布陣で挑んだ

2017年のTDN開催地はスペインの西岸に位置するバイヨーナというリゾート地である。そこにはモンテレアルという海岸を一望できる丘があり、かつての城塞を利用した「パラドール・デ・バイヨーナ」というホテルが佇んでいる。今年のTDNのセクションはそのホテルを取り囲むように作られたものだ。こうした歴史的な建築物の周辺で大会ができるということからも、欧州におけるトライアル競技のステイタスの高さを伺い知ることができる。

もちろん貴重な建築物の近くだからといって手加減をしてくれるわけではない。オープンステージ前の巨大岩を利用して作られた予選セクションを皮切りに、丘の上の城壁に向かう急な斜面、波打ち際の岩場、そして立ちはだかる岩壁と、世界一を競うにふさわしいダイナミックかつ難易度の高いセクションだ。

日本チームは「YAMAHA FACTORY RACING TEAM」の黒山健一選手ほか、藤波貴久選手、小川友幸選手という世界選手権、全日本選手権の舞台で活躍する3名で編成された。

TDNは男性と女性のクラスがあり、男性クラスはさらに「ワールドクラス」と「インターナショナルクラス」という2クラスが設けられている。どちらも同じセクションで行われるが、走行ラインをクラスごとに区分けすることで異なる難易度が設定されている。日本チームが挑んだのはよりハイレベルなライダーで競われる前者。日本、スペイン、イギリス、フランス、ノルウェー、イタリア、ドイツの7ヵ国が15セクション2ラップでのタフな戦いに挑む。なかでもトニー・ボウをはじめとする世界ランキング上位選手をズラリとそろえたスペインは大本命である。もともとイギリスなどと並びトライアル競技が盛んであることに加え、道を極めるためには幼少の頃から学校を休ませてでも育てるという風土があるため、その実力は生半可なものではない。昨年のTDNでは日本チームがこのスペインに次ぐ2位を獲得している。

各国のチームプレゼンテーションの様子。男性2クラスと女性クラスを合わせ計20ヵ国以上が参戦した。

TDNの予選は各国1名の代表選手がステージ前に設けられた予選セクションでのタイムを競う。
日本チームは世界選手権に参戦中の藤波選手がアタックし、予選3位という好位置につけた。

トライアル競技はセクションと呼ばれる採点区間をいかに減点数を少なくクリアできるかを競うモータースポーツである。減点は各セクションごとに行われ、足を着くことや、セクションから逸脱すること、転倒、制限時間オーバーなどの項目に応じて最小0点から最大5点まで設定されている。採点はオブザーバーと呼ばれる審判が行い、ひとつのセクションを減点0でクリアすることは「クリーン」と呼ばれる。

団体戦であるTDNでは、3名の選手のうちペナルティの少ない2名の選手の減点数を合計してチームのスコアとして算出する方式を採用する。つまり、一人が5点減点でセクションを終えたとしても、他のチームメイト2人がクリーンであればチームの合計もクリーンというわけである。

序盤である1~4セクションまでは日本を含む上位チームに減点はなし。
「そこまで難易度が高くなかったので、ここで減点するわけにはいかないという気持ちで集中した。序盤は集中と注意力の勝負だった」とは序盤の戦いを終えたあとの黒山選手の弁である。ここで黒山選手がいう「難易度が高くなかった」セクションとは、普通の人が歩いて登ることすらままならない荒々しい崖のことである。まったく神技としか思えないようなテクニックがここでは当たり前のように求められ、皆それを実行しているのだ。

スペインやイギリス、イタリア、日本といった世界トップクラスの実力をもつチームが走る際は、ご覧のように多くの観客に囲まれる。スペインにおけるトライアル競技への関心の高さが伺える。

中盤の5〜9セクションになると、TDNはさらに容赦なく牙をむく。日本ではなかなか走る機会がない波打ち際の海岸に設けられた難セクション。濡れて滑る場所とそうでない場所が混在しているため、卓越したテクニックはもちろん、適切な走行ラインを見極める能力が求められる。ここで日本チームはポイントを失い、一時はスペイン、イギリス、イタリアに次ぐ4位へと後退するも10~15セクションで何とか盛り返し、1ラップ目をスペイン、イギリスに次ぐ3位で終えた。各国の減点ポイントはスペイン5点、イギリスが15点、日本20点。世界最強のスペインチームには大きく水を開けられてしまったが、イギリスチームとは僅差。後半の2ラップ目で逆転を期すことになった。
このときの心境を黒山選手に聞いた。

「ダイナミックなセクションだったので、とにかく前後左右のバランスを保ったままスピードにのることを意識しました。乾いた砂や枯れた草など、路面状況が刻々と変化するため、慎重にラインを見極めつつ、必要な時に必要な分だけクラッチとアクセルの操作を行うことに神経を使いましたね」

日本の大会ではまず走ることがない波打ち際の岩場セクション。日本チームを大いに苦しめた。

日本チームの3選手は自転車トライアルをやっていた幼少期から数えてもう30年以上もの付き合いだ。普段は鎬を削るライバル同士だが、このTDNでは最高の結果を目指して共に戦う仲間。試合中はラインや走り方、他国のライダーについての情報を積極的に共有しているようだった。

今大会はスペインチームの地元だったが、岩、砂、急こう配の岩盤といったハードなセクションを淡々とクリアしていく日本チームの奮闘に地元の観客から「ファンタスティコ!」の声が上がる。だが、2ラップ目で2位イギリスとの差を3ポイントまで詰めたものの結果は3位。前回を上回る結果を残すことはできなかった。とはいえ、世界最高峰の舞台で、日本よりもトライアル競技がはるかに盛んな欧州勢と互角に渡り合っての3位、世界の3位である。遠く異国の地でこうした偉業を達成した日本人がいることを私は心から誇りたい。試合を終えた黒山選手のコメントも前向きなものだった。

「すべてが上手く行った訳ではないですが、懸念していた停止による5点減点を取られなかったことは自信につながりました。世界の走り方を知っている藤波選手と僕。そして小川選手はいずれもベテランですが、まだまだ負けられないという自信とプライドを持って戦うことができた。まずはTDNを走るにあたり、本当にたくさんの応援と支援をいただいたのでありがとうございましたとお礼を言いたいですね。残念ながら結果は3位となってしまいましたが、僕の中では昨年以上の収穫もありましたし、何より今後に向けて素晴らしい刺激を受けました」

私がトライアルを始めたのは東日本大震災がきっかけだ。地震、そして津波という自然の脅威に対して何もできない自分にもどかしさを感じる一方で、トライアルライダーのようにバイクを操ることができたら何か力になれるのではないかという漠然とした思いがその発端だった。それから約6年、私は自宅のある熱海を拠点にいまもトライアルを続けている。なかなか上達しないし、大会で肋骨を折ってしまったこともある。だがそれでもやめようとは思わない。純然たる趣味というより、人として、より強くあるためにトライアルをやるのだ。
トライアル・デ・ナシオンに挑むライダーは圧倒的に強く、自由だ。
あたかもオートバイに翼が生えているかのように。
トライアルはオートバイ操縦技術の究極である―――。
帰国後、私は改めてそう確信し、今日もまた熱海の山を走っている。

松本泰介

1983年ヤマハ発動機入社。実験や商品企画、事業企画、販売などの部署を経て2017年に定年退職。営業企画部在籍時には荒川静香さんとのコラボレーション企画や『Web 55mph』の立ち上げにも携わった。現在は熱海でトライアル仲間たちと共に災害救助隊を作るための活動を行っている。愛車はVMAX1200、TW、BW’S、セロー、スコルパ。東京都出身。60歳。

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