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55mph - バイクに生命が宿る場所 憧れの地平をセローで駆け抜ける。モンゴル・ツーリング体験記。

厳しい自然環境はバイクで走る悦びをむしろ増幅させてくれる。ライダーの楽園、モンゴルの草原をセローとともに走る。

厳しい自然環境はバイク乗りであることの悦びをむしろ倍加させた。広大な草原にセローの轍を刻む、4泊5日のモンゴル・ツーリング・ツアー。

写真/佐藤義幸(MaxFritz)

圧倒的な風景のなかをセローで走っている。
舗装されていない道、いや、もはや道ですらない草原の上だ。

昨日はまるで砂漠のように荒涼としていた大地が夜雨によってすっかり様変わりしていた。
空気が澄み渡り、広大な牧草地が雲間から差し込む鮮烈な太陽光によって本来の色を取り戻している。
両脇にはゆったりとした稜線を描く緑色の大きな丘が見えている。しかし、ぼくとその丘の間には何も遮るものがないためいまいち距離がつかめない。すぐに行けそうであり、いつまでも辿り着かなそうでもある。360°を隅々まで見通せる風景というのは、リアルなようでいてひどく非現実的だった。

絶景だ、いちいち口にするのがバカバカしくなるほどの絶景だ。

ふと気が付くと数メートル先に轍が横たわっているのが見えた。ぼくは慌ててスタンディングポジションをとり、ハンドルに体重を預けぬようステップを踏みつける。念のためスロットルをパーシャルにして速度を落としたが、思ったより深さがある轍だ。マシンは激しく上下に揺さぶられた。腰を屈め、膝にうんとゆとりをもたせてその衝撃を吸収してやり過ごすと、ぼくはお返しとばかりにフルスロットルをくれてやった。後輪がスライドしてささやかな砂塵が舞うと、それを草原の乾いた風がさらう。砂塵は地上に戻ることなく風でどこまでも運ばれていった。

―――中央アジア・モンゴル国。
日本の約4倍の国土面積をもつ広大な国を走っている。
「次は何だ!? 丘か、ガレ場か、川か、それともまた轍か?」
草原とのコミュニケーションはもう4時間も続いていた。

「つまるところモンゴルをバイクで走ったことがあるか、なんだよな」

少し深長な表現になってしまったことが照れ臭そうにS氏が言った。
今回のモンゴルツーリングツアーを企画した張本人だ。
10年前初めてモンゴルをバイクで走って魅了され、以来、毎年のように訪れているという。

モンゴルを走ることで何かが変わる。しかし、実際に走らなければ何も分からないし、変わることもない、前述の言葉の意味はそんなところだろう。ぼくはまるでバイクそのものみたいだと頷いた。スピリチュアルなことに興味はないが、世の中にはそういう物事も往々にしてあることをバイク乗りなら誰でも知っている。

MIATモンゴル航空 502 便 ウランバートル行き。

成田空港から5時間半。午後8時を過ぎても昼間のように明るいモンゴルへ。
ぼくはモンゴルを走ったことの“ある”人になることにしたのだ。

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野生の獣になって走る

「思うがままに駆ける」

走り始めて間もなく、そんな快感に震えた。
内モンゴルの草原に伸びる、いまにも消えそうな2本の轍(というかただのタイヤの踏み跡)を見失うまいとしがみつくように走っていると、S氏が右手に広がる草原のど真ん中を猛然と加速し、パスしていったときだ。たちまち砂ぼこりが一直線の軌跡を描く。

「なるほどそういうことか」と瞬間的に思った。

この草原には道がないのではない。少なくともバイク乗りにとってはすべてが道なのだ、と。
遠くに見える美しいあの丘まで、好きな方角から好きなルート好きな速度で走っていいのだと。

距離を重ねるほど走ること以外の余計な思考が消えてゆく。
轍を超え、丘を越え、羊や牛とたわむれ……ただ走ることの快感だけがバイク乗りの身体を駆け巡る。
モンゴルの草原でバイク乗りを支配するものは法ではない。
ここで暮らす動物や遊牧民と同様、大地の掟なのだ。それは自由でありながら厳しい掟だ。
野生の獣のようにピュアに駆ける、その悦びにしばらく酔う。

この日、ぼくたちは一日で200㎞のオフロードを走り切り、最高に旨いビールを呑んだ。

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誰かのゲルで眠った夜

4個目のボーズ(モンゴルの蒸し餃子)を口に入れて空腹が落ち着くと、ようやく周りを見まわす余裕が生まれた。

2本の細い柱、放射状にのびる梁、布の屋根、フェルトが敷き詰められた壁、可愛い模様が描かれた木製の小さな扉。数千年の歴史を持つというモンゴル遊牧民の移動式住居、ゲルのなかでおよそ20名が夕食をとっている。われわれ旅行者とそのサポート隊で半数、残りはこのゲルに住む一族たちだ。

モンゴルの遊牧民たちは見ず知らずの人間が突然訪ねても出来る限りもてなす好ましい文化があるという。“アポなし”が不徳な行為としてとらえられる日本では考えられない大らかさである。

この日は風が強く、外のテントに泊まるはずだった我々も急遽ゲルの中で寝ることになった。とはいえ、起きてれば半畳でも寝れば一畳である。夕食時にはまだ少しはゆとりのあったゲルの床はたちまち埋まり、一人分の空きスペースすらなくなった。このゲルの住人たちも身を寄せ合うようにして寝ている。日本人はただひたすら恐縮するしかない状況だが、家主の表情から特別な感情は何も見て取ることはできなかった。

夜中、ゲルの家主は飼っている羊の群れが行方不明になったと、ひとり真っ暗な草原へと探しに出かけた。「近くのゲルに泊めてもらうから心配はいらない」と言い残して……。

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ナーダムで触れた無垢の力

「そのレンズは遠くのものが見えるんだろ? あっちを覗いてみなさい」

モンゴル語は分らないが、隣の大柄なモンゴル人は身振り手振りで確かにそう言っている。
ぼくは70-300mmの望遠レンズを付けた一眼レフカメラを草原の方に向けた。

何も見えない。

ファイダーから目を外して彼の顔を見る。
彼は太い首を左右に振ると、ぼくがカメラを向けた場所より、少し左側を指差した。
ぼくはその方向へカメラを向け再びファインダーを覗いた。

見えた! モンゴルの国旗を掲げた四輪駆動車に導かれ、無数の馬たちが左右に広がってこちらに走ってくる。教えてくれたモンゴル人の視力に驚くことも忘れファインダーを凝視した。はじめは点のように小さかった馬たちが徐々に大きくなると、騎手の姿も見えてきた。百頭以上の馬が草原のうえを一斉に駆ける姿は勇壮そのものだが、馬上にいるのは信じられないことに10歳以下の少年少女たちなのだ。

「ナーダム」は7月11日~13日の期間に開催されるモンゴルの国民行事である。
期間中は各地で相撲、競馬、弓の試合が行われその技能を競う。上位に入賞すれば賞金とともに大きな栄誉が与えられる。
見ているのはその競馬のゴール直前の光景である。
機会があればツーリングの合間にナーダムを見学に行く、そんなプランになっていたからだ。

子供たちは上半身を大きく左右に振るようにして馬に鞭を入れる。
すでに20㎞以上もの距離を走ってきたとはとても思えない、火を噴くような最後の追い比べ。先頭集団も、その次の集団も、いや最後尾の少年に至るまでゴールだけを見据えて遮二無二に馬を追っている。
子供の“無垢”のエネルギーに激しく胸を打たれる。
同じようにバイクで走れたなら、どこまで行けるだろうか――

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宇宙にさらされた大地

真っ暗なゲルの中で目が覚めた。午前二時半、日中の暑さにかまけてついTシャツで寝てしまったため猛烈に寒い。大陸性気候のモンゴルは昼間30℃近い気温の日でも深夜になれば10℃前後まで冷えることがある。手探りで自分のバッグからダウンジャケットとフリースを取り出して着込み震えながら外に出る。

空を見上げるまでもなかった……。

正面のさほど高くもない丘の上からもう星空が始まっている。
星の見えない空がむしろ異常とさえ思える圧倒的な数の星また星である。
北海道ツーリングで天の川を見たことはあるが、それとはまったく明るさの次元が違う。
大気が消え失せ、この地上が直接銀河にさらされている―――もはや美しさを通り越して不安さえ覚える、そんなモンゴルの夜だ。
草原で用を足すのはもう慣れたつもりだったが、このときばかりは宇宙からの視線を感じて心地が悪かった。

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モンゴルをバイクで走ることで何かが変わったのか?
それは分からない。分からないが、知ったことならある。

この世にバイク乗りの楽園はあったのだ、と。

帰国後、思い出されるのは、モンゴルの草原や遊牧民の営み、食べ物、ナーダム、乾いた風といった各々のディテールではなく、それらを包括するひたすら広大なイメージである。
目をつぶれば、言葉にできない“感覚”としてすぐにモンゴルが蘇る。

明日から続く、当たり前で退屈、でも大切な日常を頑張るための糧として、充分すぎる体験だった。

ライディングギア協力

モンゴルツーリングのスペシャリスト
CRUISE INTERNATIONAL

今回参加したツアーは、自然や現地の暮らしを"肌”で感じられる旅をプランニングするクルーズインターナショナルと、バイクウェアブランド「マックスフリッツ」がコラボレーションして企画されたもの。4泊5日のスケジュールで参加費は約26万円だった。

CRUISE INTERNATIONAL
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