55mph - 2016EICMAミラノショー 「TO THE MAX」への階段
2016年11月、イタリア・ミラノで2016EICMAが開催されました。
2016年11月、イタリア・ミラノで2016EICMAが開催されました。偶数年である今年は、隔年開催のモーターサイクルショー「INTORMOT/インターモト」が10月にドイツ・ケルンで開催され、欧州では2ヶ月連続で大規模なモーターサイクルショーが行われる、出展者にとってもメディアにとってもタフな年。しかしバイクファンにとってはワクワクが止まらない2ヶ月間となりました。
そのEICMA会場で、ヤマハは新たな局面を迎えたのではないかと感じたのでした。いや正直に言うと、なんとかその結論を導き出したというか……ここ数年、欧州バイクブームのトレンドを牽引してきたヤマハが、近年になく落ち着いたプレスカンファレンス&ブースを展開する理由について考え、2016EICMAをそんな風に位置づけてみました。
文・写真/河野 正士
翌年に発売されるニューモデルを中心に、短中期的スパンで発売する&発売を計画しているプロダクトや、それを生み出すに至った思想などをプレゼンテーションするのが欧州のモーターサイクルショーです。プロダクトが絡む“商売”である以上、そのお披露目の場となるEICMAにはさまざまなサプライズとともに、多様な意気込みを感じられることが取材する楽しみでもあります。しかし今年のヤマハからは、強くストレートなメッセージを感じ取ることができませんでした。いや、結果的には“新しい局面”という解釈を得るに至ったので、その結論に居たるヤマハからのメッセージを読み取ることができたのですが……ここ数年ヤマハ・ヨーロッパは、今も欧州市場を賑わせている“カスタム”というキーワードを大々的に打ち出したり、ダークサイドというインパクトのある言葉を使いながら、今までとは違う解釈の新しいバイクシーンやプロダクトを造る試みである「The Dark Side of Japan/ザ・ダークサイド・オブ・ジャパン」というコピーなどに代表される、明解で刺激的なビジュアルやコピー、それに紐付くプロダクトやブースデザインを展開してきましたが、今年のヤマハは今までと違って見えたのです。
その違いを理解できないままEICMAがスタート。悶々としながら会場を巡りました。そして気持ちも会場の人混みも少し落ち着いてからヤマハブースを再び訪れ、そこで展示されていたコンセプトマシン「T7コンセプト」を近くでじっくりと見ることができました。すると、なんとも興味深いディテールで構成されていたのです。プレスカンファレンス会場でチラ見したときには、それを見抜くことができなかったのです。
プレスカンファレンスのテーマは「TO THE MAX」。デイリーユースにおける利便性、バイクに対するパッション、レースにおける情熱という三つのセグメントを、白/赤/青の三色に分けプレゼンテーションするという嗜好。その三つのセグメントにおいて“TO THE MAX/最上級へ(または、限界へ)”へとユーザーのモチベーションを高めるというのです。しかしヤマハファンならお分かりかと思いますが、“MAX”が意味するもうひとつのテーマは、欧州で絶大な人気を誇るヤマハのスクーターシリーズ/MAXシリーズであり、白でまとめられた舞台上では、そのMAXシリーズのニューモデル発表がカンファレンスのトリとなりました。
TMAXを皮切りに2001年より販売がスタートしたヤマハ・ヨーロッパのスポーツスクーターブランド/MAXシリーズは、その後は排気量が違うバリエーションモデルを加え、累計で56万台を越えるセールスを記録。いまやヤマハ・ヨーロッパの大黒柱とも言えるシリーズとなっています。そのシリーズに、走りの楽しさと燃費や環境性能の両立を高次元で具現化するBLUE CORE/ブルーコア思想に基づく新型エンジン&TMAXにインスパイアされたシャシー、TCS(トラクションコントロール)にキーレス・イグニッションを採用した「XMAX300」を、NewフレームにTCSなどを採用した新型「TMAX」は、異なるエンジン特性を選択できるDモードなど高機能アイテムを搭載する「TMAX SX」やクルーズコントロールなど快適アイテムを装備する「TMAX DX」と、TMAX発売以来初の仕様が異なるモデルバリエーションを発表。他の追従を許さないMAXシリーズをより強固なものとしました。
赤を基調としたバイクに対する“パッション”をテーマにしたプレゼンテーションで発表されたのは「XSR900ABARTH/アバルト」でした。XSR900をベースにスペシャルパーツとスペシャルカラーを奢った695台の限定モデルです。そして青を基調にした、レースのDNAを表現するプレゼンテーションでは、インターモトで発表した新型「YZF-R6」を紹介。それに続いて壇上に上がったのが「T7コンセプト」だったのです。
「T7コンセプト」の資料を見ると“XT660Zから始まるラリーレジェンドであるテネレ”のDNAを受け継いだマシンとのこと。フランスに拠点を置くヤマハのオフィシャル・ラリーチームとヤマハR&Dイタリア、そして数多くのヤマハモデルのデザインを手掛けるGKデザイン・ヨーロッパの三者が手を取り合い、開発を進めたそうです。そしてエンジンはCP2の700ccという、いわゆるMT-07系並列2気筒エンジンを搭載し、フレームはオリジナル。LED四灯ヘッドライトにカーボン製カウル&スキッドプレート、アルミ製燃料タンクに樹脂製リアフェンダーを採用。ロードレーサーとモトクロッサー、ラリーマシンとアドベンチャーモデル、そしてカスタムバイクというさまざまな要素が盛り込まれたマシンなのです。
じつはレーシングマシンとは、プロダクトとは異なる手法や製法で徹底的に性能高めたマシンをベースに、それを操るライダーに合わせ各部を徹底的にアジャストした、勝利に向けて究極にパーソナライズしたバイクです。パーソナライズによる発展性は、これまでヤマハ・ヨーロッパが「Yard Built」や「Faster Sons」で強く謳い続けてきたテーマでしたが、T7コンセプトではそれを進化させ、パフォーマンスが求められるカテゴリーにもパーソナライズが進み、浸透していることを視覚的に表現していると感じたのです。パフォーマンス系バイクは電子制御化が進み、それは同時にバイクの無機質化が進んでいるかに見えます。しかし電子制御技術の進化はライダーに寄り添い、それを駆使することで簡単に、そして瞬時にライダーに合わせた個性や特性を造り上げることができるパーソナライズの進化なのです。「T7コンセプト」がやけに有機的に見えたのは、それを視覚的に表現していたからではないか、と。この仮説が、ヤマハが新しい局面を迎えたという、冒頭のコメントの根拠なのです。
一方でヤマハは新型「YZF-R6」を投入し、600ccスーパースポーツカテゴリーにおいて唯一最新モデルを持つメーカーとなりました。1000ccスーパースポーツカテゴリーにおいて「YZF-R1」を投入し、メカニズムとパフォーマンス、そしてセールスにおいても存在感を確立。そのDNAを受け継ぎながら600ccスーパースポーツマシンらしさをアピールしました。それによりバイクでスポーツするというバイクの根源的な楽しみを、ヤマハはより強くアピールしたと言えるでしょう。
スポーツする楽しさや、バイクが自分の生活に根付いていくパーソナライズによる安心感やワクワク感は、カテゴリーを問わずバイクの根源的な魅力のひとつです。その魅力を最大化するために、新型モデルや新しい解釈、そして新しいキャッチフレーズなどを使い、多角的にアプローチするヤマハ。2016年のEICMAでは、その手法をさらに進めたと言えるでしょう。それらによって今後ヤマハが欧州バイクトレンドをどのように牽引するか大いに楽しみです。
昨年はカスタムショップやバイク系ファッションブランドが多数ブースを出展するカスタムエリアに、ヤマハ・ヨーロッパが展開するカスタムプロジェクト「Yard Built/ヤード・ビルト」のブースを新たに出展し、そこにプロジェクトでカスタムした多くのマシンを展示していました。しかし今年はYard Builtブースはなく、その代わりにスリム&コンパクトなVツインクルーザー/BOLTをベースにしたスクランブラーモデル『SCR950』のカスタムコンセプトマシンをヤマハブースに展示していました。
SCR950はすでに、北米や欧州で販売がスタートしたニューモデル。そのマシンを、米国・ロングビーチと東京を拠点に活動するカスタムファクトリー/ブラットスタイルに預け、SCR950のスタイリングとパフォーマンスの可能性を広げるカスタムコンセプトバイクの制作を依頼。またヤマハ・ヨーロッパの動画投稿サイト・アカウントなどですでに公開されているプロモーション動画に、ブラットスタイルの代表でありカスタムビルダーの高嶺剛氏が登場。SCR950が内包するワイルドな世界観を強烈にアピールしていました。
またEICMAの屋外会場では、レースや試乗会などさまざまなコンテンツが開催されていて、最終日の日曜日には、いま欧州で人気のフラットトラックレースも開催されたようです(土曜日に帰国したため観戦できず…残念)。その欧州のフラットトラックシーンにもヤマハは深く関わっていて、カスタムバイクやバイク系ファッションブランドとして知られる「デウスEXマキナ」がカスタムしたSR400ベースのフラットトラック・カスタムマシンを使い、フラットトラック・スクールなどを開催しています。EICMAの屋外イベントスペースには、その体験スクール用に用意したフラットトラッカーSRが多数並べられていました。
こういったカルチャー面からバイクの魅力をアピールしていくこともヤマハが得意とするところであり、人々がアッと驚くその手法が、欧州のバイクファンがヤマハに期待しているところなのではないかと、やっぱり僕はそう思うのです。
河野 正士 (こうの・ただし)
二輪専門誌の編集部員を経てフリーランスのライター&エディターに。現在は雑誌やWEBメディアで活動するほか、二輪および二輪関連メーカーのプロモーションサポートなども行っている。ロードレースからオフロード、ニューモデルからクラシック、カスタムバイクまで好きなモノが多すぎて的が絞れないのが悩みのタネ