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Salty Life No.202

ソルティライフは海を愛する方々の日常生活に、潮の香りを毎月お届けするメールマガジンです。

ソルティライフ

航海は太古より「再生による歓喜や至福、超越などを示す象徴」
とされてきました。
多くの人が夢や希望を抱き新たなステージに向かう季節です。
世界は混沌としても、その先の夢を追いかけていきたいものです。
「Salty Life」 No.202をお届けします。


Monthly Columnソルトな旅行

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フラットボートでフィッシング。そのうちターポンが釣りたい。筆者の夢だ

 先日、ある女子学生との会話のなかで「夏になったら海外旅行に行きたいのですけど、どこかおすすめはありますか?」と聞かれた。真っ先に思い浮かんだのは、カザフスタンのアルマトイ、メキシコのカボ・サン・ルーカス、ポルトガルのリスボン、ロシアのサンクトペテルブルグといったところだったが、女子学生が喜んでくれそうには思えなかった。あれこれ考え巡らせたけど即答できなかったので、とりあえず「ハワイはあなどれない」と答えた。ハワイが素晴らしい旅行先だと思うのは事実である。
 筆者の場合、渡航体験にかなりの偏りがある。いろいろなところを旅したが、ニューヨーク、ロンドン、パリには行ったことがない。少し残念な気もするが、それはそれで自慢になるような気もしている。
 さて、相手が女子学生だということで口にしなかったが、フロリダのキーウエストも私の中では候補にあがる。なんといっても、ヘミングウェイが11年間にわたって暮らし、カジキ釣りを覚え、「武器よさらば」や「誰がために鐘は鳴る」を書いた海辺の地である。偉大な作家がどのような海に出て、どのような風に当たり、どのような匂いを嗅ぎ、何を目に焼き付けていたのか。同じ体験をしてみたいと考えるのはファンの人情ではないか。
 フロリダの南西沖に続く島々「フロリダキーズ」の西端に浮かぶこの小さな島には2回行った。1回目はマイアミからの日帰りで、2回目は1週間ほど滞在した。濃密な一週間だった。
 滞在中は行きつけのレストランもできた。といってもそこへ行くのは昼間だけ。マリーナの中にあって、蒸し暑さから逃れるためにちょくちょく訪れた。何度も通ううちに、ウェイトレスとも顔なじみになり、頼まなくてもラム抜きのモヒートを出してくれるようになった。これは下戸に近い私が編み出したスタイルで、一気に半分ほどアルコール抜きのモヒートを飲んだあと、おかわりはせず、別にオーダーした炭酸水を入れながら時間をかけて飲むのである。少しばかりせこいかもしれないが、これでかなりクールダウンできるのだ。 
 もちろん海にも出た。セブンマイルブリッジをボートでくぐり、キーズの南にある珊瑚礁までクルージングをした。フラットボートでターポンでも釣りたかったが、それは不発。その代わりにガイドに誘われるがまま沖に出て、名前は忘れたが餌を使って魚をたくさん釣ったりもした。マリーナに戻ると共用のシンクでその魚をさばいた。他にもいくつかのグループが同じ魚を釣ってきていて、フィッシュストーリー(ほら話)を披露し合っていた。「こんなにたくさん食べないだろう」とややあきれ気味だったものの、夕方、予約していた海辺のレストランで調理してもらい、10人ほどの仲間うちですべて平らげてしまった。
 もちろん、ヘミングウェイの住んでいた家にも足を運んだ。ヘミングウェイが飼っていた猫はむろんいなかったが、その子孫は50匹ほどに増え、敷地の中を我が物顔で歩き廻っていた。書斎や寝室を見学しているうちに窓の外のすぐ近くに灯台が見えた。海に向かって放たれる光が部屋の中に射すことはないとわかっていても、夜、その光が真っ暗な一定の間隔で部屋を明るくし、そのなかでタイプライターを打つヘミングウェイの姿を思い浮かべたりした。
 いい旅だったが、やはり、おすすめの旅行先を尋ねてきた女子学生には理解してもらえそうもない。
 息苦しい日々が続いている。なにかと制約が多く、どこか強制的に潮気を抜かれているような気になるものだから、こんな昔の思い出に浸りたくなるのか。まだまだ肌寒いけけれど、モヒートでも飲みながら、夏への夢につなげようか。すこしだけラムを入れて。

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キーウエストバイト。ただぼんやりと過ごす。一日飽きずにいられる
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ちなみにヘミングウェイがモヒートを好んだのはキューバでのこと
田尻 鉄男(たじり てつお)
学生時代に外洋ヨットに出会い、本格的に海と付き合うことになった。これまで日本の全都道府県、世界50カ国・地域の水辺を取材。マリンレジャーや漁業など、海に関わる取材、撮影、執筆を行ってきた。1963年東京生まれ。

キャビンの棚多彩なジャンルを融合した、壮大な海のファンタジー「秘なる海」

 バイオリンといえば、普通はクラシックをイメージすることだろう。ところがバイオリン奏者、ジャン=リュック・ポンティはジャズ、ロック、クラシックの要素を融合させて名曲を生みだした希有な存在だ。フュージョン、プログレ、ジャズロックなど時代とともにスタイルを変えながら、バイオリンという楽器の新たな魅力を追求した。
 1977年に発売した「秘なる海」は彼の最高傑作として名高い作品である。プログレのトップギタリストであるアラン・ホールドワース、フレットレスのベースを巧みに操り、“爪を弾くような”生々しいサウンドを奏でるラルフ・アームストロング、ダリル・ステューマーやアラン・ザヴォットといった腕利きメンバーから成る超実力派バンドを結成し制作した。
 アルバムの聴きどころは「秘なる海」と「海洋の挑戦」という2つの組曲だ。バイオリンや2本のギター、シンセサイザーといった4本の楽器が、絶え間なく⼊れ替わりながらメロディラインを奏でるのが特徴。ポンティはバイオリンであえてギターのフレーズを繰り返すなど、競い合うようにスリリングな演奏を展開し、壮大な海をテーマにする楽曲をドラマチックに仕上げている。
 発売して40年以上経ち、今では77歳となったポンティは、世界で最も影響力のあるジャズバイオリニストという名声を得ている。また、ジャズの巨匠チック・コリアとバンドを結成するなど正統派ジャズシーンに身を置きながら、独自のサウンドに磨きをかけている。

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「秘なる海」
レーベル:ワーナーミュージック
参考価格:¥1,300(税別)

船厨三陸の恵み「めかぶと山芋のかけご飯」

 ワカメといえば日本人にとってもっとも馴染みのある海藻のひとつであろう。味噌汁の具としてのワカメは多くの人が幼少より親しんできたはずだが、あまりにも身近すぎてワカメについて深く考えることもない、そんな食材かもしれない。マリーナのポンツーンのロープなどにも付着してゆらゆらとしているシーンを見かけるので、それを取って食べたりする人もいるだろうが、流通しているワカメはれっきとした養殖によって育てられている。
 北海道から九州にかけて全国でワカメの養殖が行われているが、ここでは南三陸地方のワカメに注目したい。東日本大震災で被害を受けた三陸地方の養殖業だったが、真っ先に復興させて流通に乗せた海産物がワカメであった。採苗から出荷まで一年以内に行われることもいち早く復活した理由のひとつだったかも。震災の一年後には、がれきの残る港でボランティアの人たちがワカメの荷さばきを手伝っていた姿が見られた。茎と葉に分ける作業である。茎の最下部は「めかぶ」と呼ばれるが、これが三陸地方の名産となっている。
 めかぶを切り刻み、さっとお湯でゆでると、葉と同じく鮮やかな緑色に変色し、磯の香りを放つ。新鮮なワカメはほんとうに美味い。三陸地方のワカメはいまがまさに繁忙期、旬だ。

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「めかぶと山芋のかけご飯」
■材料(2〜3杯分)
生めかぶ200g/めんつゆ適量/山芋10cmほど
■作り方
1)めかぶはよく洗い、みじん切りにする。山芋は3ミリ位の千切りにする
2)鍋に湯を沸かして1のめかぶを入れ、さっと茹でる
3)ざるにあけ、冷水をかけ、水気を切る
4)めかぶと山芋をまぜ、めんつゆで味付けし、よく混ぜてご飯に乗せる

海の博物誌海に春の訪れを告げるスプリングブルーム

 桜前線のように、おおむね南から北へ移りながら、海に生息する植物プランクトンを“開花”させる「スプリングブルーム」という現象がある。この現象は三陸沖から日本海やオホーツク海を経て北極付近まで到達する春の風物詩である。
 「スプリングストーム」は、冬の間にたっぷりと栄養塩を貯えた海水に春の陽射しが差し込むことで、光合成を活性化させる。最盛期になると植物プランクトンの数は深層水に比べて100倍以上に増えて、動物プランクトン、イワシやマグロへと繋がる海の食物連鎖をスタートさせている。
 また、「スプリングストーム」は単細胞生物しかいないはずの北極海の氷の海でも発生している。氷の下に植物プランクトンが発生していることから、そのほか動物プランクトンなど、地球の新たな生態系の可能性があるのだろう。

Salty Log〜今月の海通い時代小説の川をゆく

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荒川の堀切から見た墨田水門。ここから綾瀬川へ

 いわずと知れた時代小説家、池波正太郎は67年の生涯で1400以上もの小説を著した。そのなかでも「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛け人・藤枝梅安」の三大シリーズは特に人気がある。それらは物語としての面白さもさることながら、そこに登場する料理や江戸の町人文化をうかがい知ることができることも魅力である。さらには当時の舟運の様子をイメージすることもできる。東京を流れる隅田川のクルージングはそれらの小説のシーンと重ね合わせる楽しみがある。

複雑な東京の川の付け替え

 この日は東京都江戸川区の妙見島にある「ニューポート江戸川」からボートを出した。迂闊に通っていると忘れてしまいそうだが、妙見島はその名の通り「島」である。周囲を護岸に囲まれているものの東京都23区の中で唯一の自然にできた島(中州)だという。ここからボートを出し、旧・江戸川を通って海へと向かう。
 東京湾に流れ込む川はいくつもあるが、江戸川、荒川、隅田川、そして多摩川が代表な河川だろう。だが、現在のそれらは元々の川の原形をとどめていない。たとえば多くの人が江戸川としてイメージするのは、旧・江戸川の東を流れる河川であろう。実はこの江戸川はいまから100年ほど前に開削された放水路である。荒川も同じで、現在の赤羽から荒川河口にかけての流域は人口の河川であり、かつてはさらに上流で利根川と合流していた。そして隅田川は埼玉県を源流とする入間川の河口域であったという。
 江戸時代よりそれらの川は人の手によって付け替えられてきて、素人にとってはそれなりの資料をあたらないと説明が付かないまでに複雑化している。
 旧・江戸川にかかる最後の橋をくぐり抜け、海に出て、次は荒川放水路を遡る。首都高速の堀切JCを視認してから左手に墨田水門を探すがすぐに見つかった。ここまでは、またこれから先も、水面はほぼフラットで、快適なボートクルージングが約束されているのだ。
 ゆったりと水門に入る。ここからは隅田川を目指して旧・綾瀬川を行く。川といっても、いまではほぼ水路と言ってよい短い川だ。

舟を漕ぐ19歳の妻女

 池波正太郎による人気小説「剣客商売」の主人公、秋山小兵衛は、大川(隅田川)、荒川、綾瀬川が合流する鐘ヶ淵を望むところに暮らしていた。といっても小兵衛は実在の人物ではないので家の跡などはない。それでも想像をたくましくして小兵衛と41歳年下の妻女、おはるの姿をイメージする。小説の冒頭では、小兵衛がおはるに舟を漕がせ、隅田川を渡って橋場まで行き、嫡子である大治郎を送り届けるシーンが描かれている。
 小説の中では鐘ヶ淵に渦が巻く描写も登場する。三つの川の合流点だったことを考えると、たしかに複雑な流れもあったに違いない。おはるはそんな川の流れを苦にすることもなく舟を漕ぐのである。そのときのおはるは齢19。そんな彼女の「舟が漕げる」という特技に、読む者としては、とにかく惚れ惚れとしてしまうのだ。あとから知るが、関屋の農家の出であるおはるは親戚に漁師がいるのである。そこにも読者としては親近感がわくことだろう。昭和を生きた時代小説家たちは江戸時代を見てきたわけではない。おそらく膨大な資料にあたり、絵図を見て、そして最終的には想像を文字に現したはずだ。そうとわかっていても、それらをさらに読者のひとりとしてシーンを脳内で映像化する作業はとても楽しい。
 浅草を過ぎても様々な小説のイメージが沸いてくる。剣客商売から鬼平犯科帳、池波正太郎に限らず、さまざまな時代小説のシーンを想像することができるのである。時代小説ファンとしては、短くともかなり充足した時間となるはずだ。
 隅田川の河口にたどりつくと、「大江戸釣客伝」(夢枕獏)の主人公、津軽采女が夜釣りでとてつもなく大きな鱸を針にかけ、舟から落ち、それでも決して魚を放さなかったシーンを思い出してしまった。この日の目的はクルージングではあったが、ボートにはもちろん釣り竿も積んである。隅田川を下りきってから、早速竿に手を伸ばした。

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旧・綾瀬川は首都高速道路向島線の下に流れる水路。この先左手の奥に秋山小兵衛の宅があったと思われる
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左手に見えるのが橋場町一帯。いまでは川面に向かってマンションが建ち並ぶ
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隅田川を行き来する舟のために1866年に建てられた常夜灯が見える。隅田川の河口は沙魚や鱚、鱸の釣り場としても人気があったようだ

海の道具それでも人間の力が欠かせない「オートパイロット」

 オートパイロットというと何やら電子機器の粋を集めた精密機械を想像してしまうが、ボートの場合、それほどのことでもない。もちろん、最先端では、GPS機能と連動し、モニターの地図画面上で行きたい場所を指示でき、転舵するポイントを何カ所も登録でき、しかも転舵ポイントは自動で大回りしながらスムーズに走り抜けるなんてこともできるのだが、簡易なものはコンパスと組み合わせて向かいたい方向に自動で舵を操作するだけといったものもある。
 ボートの場合、車のアクセルにあたるスロットルは手を離せばそこで固定される。ついでながらお話しすると、ボートのスロットルは、レバー1本でクラッチと前進後進、そしてスピードをコントロールする。中立から前進に入れ、更にレバーを前に倒せばエンジンが高回転で回り、そこで力を緩めれば、その回転数のままエンジンは回り続ける。
 ところが舵は波や風、潮流に翻弄され、真っ直ぐ走るためには常に左右に細かく切り続けなければならない。
 その代わり、大海原に出てしまえば、隠れ岩などない限り、道なき道というか、真っ直ぐ目標に向かって進むことができる。長距離のクルージングを行う場合、ずっとハンドルを握りしめて舵をとり続けるのはなかなか苦行である。そこで概ねの方向に舵を切り続けてくれるオートパイロットが活躍するというわけだ。そんな便利なオートパイロットだが、他の船や漂流物は避けてはくれない。こればっかりは目視してマニュアルで回避しないとどうにもならない。常に周囲にアンテナを張りめぐらせて注意を怠らず、安全回避に努めること、これはどんなに機械化が進んでも人間がしなくてはならないこと。
 でも、そういうことがあるから、操船は楽しいんじゃないかな。

その他

編集航記

今号の「船厨」で紹介されているワカメのめかぶを買ってきて、私も作ってみました。茶色いワカメをお湯にとおすと鮮やかな緑色に変わることに新鮮な感動を覚えます。そしてなぜか三陸の海の復興に思いをはせ、力がわいてくるように感じます。記事にある長芋もいいけれど、辛子明太子を混ぜてもイケました。お試しあれ。


(編集部・ま)

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