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Salty Life No.216

ソルティライフは海を愛する方々の日常生活に、潮の香りを毎月お届けするメールマガジンです。

ソルティライフ

いよいよ夏ですね。海から見える陸地の木々はますます濃く茂り、白い入道雲と青空とのコントラストが美しく映える季節です。
と同時に楽しくも悩ましい暑さがやってきます。
今月のイラストは創刊号、そして節目となった100号でも取り上げた「北米の東海岸」がテーマです。
編集部も作者も大好きな憧れのマリンシーン。
少し涼しい夢を見ながら夏を迎えます。
「Salty Life」最終号 No.216をお届けします。


「Salty Life」は来月より新たなソーシャルメディア
「ヤマハ発動機公式note“海の時間です。”」に移行します。
ご登録いただいている読者の皆さまにはこれまで通り、
記事の更新案内などをお送りしてまいります。


Monthly Columnがんばれ「ハーバータグ」

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シーバースで働く最新鋭のハーバータグたち

 5月のある日、東京湾でスズキ釣りを日がな一日楽しんだ。風も波も穏やか、釣果はまずまずで、とても満足な一日となった。おそらく多くの人が抱く、いわゆる海の魅力とは趣を異にするかもしれないが、この東京湾は、実はなかなか楽しい。魚種も豊富で季節によってさまざまな釣りが楽しめる。東京湾に注ぎ出す隅田川、荒川、さらにそれらを結ぶ運河や小河川をボートでクルージングすることができる。ロックゲート(閘門)もところどころにあって、ヨーロッパ辺りの運河をクルージングしているかのような気分が味わえる。羽田空港の近くでは、ボートのデッキから手の届きそうな高さでジェット機が離着陸を繰り返す。本来は静かな海に響き渡る轟音は、これもまた非日常の世界で、ワクワクさせる。

 そして、船の交通量が多いことも楽しい。もちろん、航行には慎重さが求められるのだけれど、さまざまな種類の船が行き交い、普段は見ることのできない働く船の姿を目にすることができる。この日は川崎の沖にある京浜川崎シーバースに大型の原油タンカーが接岸するシーンに出会ったので、しばらくの間、リールを巻く手を休めて眺めていた。タンカーの横腹にはタグボートが数隻、ひっついていて、係船設備に向けて押している。タグボートの船尾には推進装置が作り出す水流が白く泡立つように巻き上がっている。タグボートにとっては日常的な業務なのだろうが、私には懸命に見える。
 「おー、働いとるなあ。頑張れ!」
 海でタグボートを目にすると、テンションが上がる。

 子どもの頃、「ちびっこタグボート」(学習研究社)という絵本を好んで開いていた。船が好きになるきかっけになった、というほどの体験ではないが、少なくとも、「船という乗り物に対する意識」という点で、もっとも古い私の記憶である。
 絵本の主人公はいつも遊んでばかりの怠け者の小さなタグボート。他の船からは嘲笑の的である。ところがある日、近くで大型船が難破し、救難に大活躍する、というストーリーである。
 実際にタグボートを目にすると、どうもこの主人公のキャラを重ねてしまうのである。
 「ちびっこタグボート」はアメリカの絵本作家、ハーディー・グラマトキーが描いた。紹介文によると、自宅のアパートから眺めた、ニューヨークの港のハドソン川沿いを行き交う大小さまざまの船に目をとめ、そんな光景をスケッチしながら構想を得たのだという。タグボートの容姿はどこか人を引きつける魅力がある。
 「Salty Life」で創刊時からイラストを描いてもらってきたTadami(タダミ)さんもタグボートファンのひとり。Tadamiさんはその「タグボート好き」のあまり、タグボートをキャラクターとしたボートをデザインし、物好きな(笑)ヤマハのOB技術者の手を借りながら実際にボートを造り上げてしまった。
 「港湾で働くワークボートの中で、ハーバータグのスタイルが一番気に入っています。時代と共にタグボートのデザインも変わりつつあるけど、90年代くらいまでのタグボートには外見から人格さえ感じられて、トラッドでパワフルで、意外にスタイリッシュなところが好きなんです」(Tadamiさん)
 Tadamiさんの言う “ハーバータグ”とは、タグボートの中でも、小回りのきかない大型船の出入港や作業を手伝ったりするタイプ。本来、タグボートとは「曳船」を意味するが、それだけでなくさまざまなタイプがあり、曳くだけではなく、押したりもする。いずれにしろ並優れた推進力を要する。
 私がその日、東京湾でみかけたのもハーバータグではあるが、写真に写っている「扇丸」と「翼」はいずれも21世紀に入ってから造船された新鋭のタグボート。「ちびっこタグボート」のイメージはない。だが、その無骨な見た目とは裏腹に、たとえば「翼」は、従来のディーゼルエンジンだけでなく、モータージェネレータと高性能バッテリーがディーゼルをアシストする「ハイブリッド型」推進器を搭載しているのだ。
 小さな者でも、ふだんはどこかぴりっとしない者でも、やるときはやる。活躍する場がある。「ちびっこタグボート」は多くの子どもたちの勇気や希望を奮い起こしてきたのではないか。その体のすべてを使って、自分の何倍もの大きさの船を少しずつ動かしていくタグボートを見ているとそんなことを考えてしまう。
 「タグ=Tug」という英単語は「引っ張る」「強く引く」という意味である。が、それと同時に「苦闘する」「努力する」という意味もあるのだ。私にとってのタグボートは、後者のイメージの方が大きい。

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イラストレーター/Tadamiさんが建造したタグボートスタイルのプレジャーボート。ヤマハの船外機を搭載
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ダメダメなタグボートが難破船の救出に大活躍する「ちびっこタグボート」
田尻 鉄男(たじり てつお)
学生時代に外洋ヨットに出会い、本格的に海と付き合うことになった。これまで日本の全都道府県、世界50カ国・地域の水辺を取材。マリンレジャーや漁業など、海に関わる取材、撮影、執筆を行ってきた。1963年東京生まれ。

キャビンの棚井伏文学の出発点「山椒魚」

 鱒(ます)の字は「魚」を「尊」ぶと書きます。鱒という字を当てた筆名をもつ、明治生まれの井伏鱒二(本名満寿二)は、釣りや水辺に関する幾多の著作を生み出した作家として知られています。彼の文学は、故郷である瀬戸内、福山での水辺の原体験に端を発するようです。
 かつて井伏の通った中学校では、池に2匹のオオサンショウウオを飼っていました。放課後友人と雨蛙を与えたところパクパクとよく食べたことから、畑の蛙を捕まえるのが翌日からの日課となったそうです。高校生になった井伏が、この中学時代の思い出を書き上げ、親友へのプレゼントとして贈ったのが本作「山椒魚」の原型でした。
 晩年の井伏は当時をこのようにふり返ります。
 「山椒魚という動物は、見たところも愚鈍なような外見です。迂闊者として扱っても不自然ではないような気がします。空腹でたまらなくなって来ると、自分の手を食って餓を凌ぐこともあるそうです。馬鹿なやつだと思います。それで私は山椒魚を主人公にして、愚行の果ての孤独から諦感、諦感から悟道に至る物の心懐を、自分流儀に表すつもりで書きました。」(福山県教育委員会「井伏鱒二の世界」1994)
 彼がいわゆるヒーローではなく、むしろ対極にある愚鈍な生き物を主人公にした理由は何でしょうか。それは、執筆した高校生の井伏鱒二が決して勤勉な優等生でなく、むしろ布団から出てこない無精な自分の姿を投影したからと考えられています。井伏は山椒魚を処女作として発表したのち、70年余りの作家人生で何度もこの作品に手を入れ続けました。このことは「山椒魚」が作家の強い思い入れのあった作品であることを示し、井伏文学の出発点にある重要な作品として評価を受ける所以です。
 余談になりますが、この作品が発表されたのをいち早く読んで感銘を受けたのが若き日の太宰治でした。このことがきっかけで後に井伏に弟子入りし、その後の飛躍につながりました。

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「山椒魚」
著者:井伏鱒二
発行:新潮文庫
価格:490円(税別)

船厨ホタテとマダイの秘密の関係「鯛のスパゲッティ」

 日本人にとって、魚の王様と言えば「マダイ」だろう。その均整のとれた、ほんのりと朱色に染まった魚体は見た目に美しく、古くから祝い事に供されてきた。そして美味い。淡泊な傾向にあるマダイだが、人間、歳を重ねるにつれ、こうした味わいを楽しめるようになる。
 最近では「タイラバ」という、なかなか気の利いた気軽な仕掛けで釣る人も増え、ボートフィッシングでも人気のターゲットだ。ところが、なかなか簡単には釣れない。「そんなことはないだろう」という方もいるかもしれないが、編集部の中では「なかなか釣れない」こととなっている。
 そんな編集部の中でも突出して「なかなか釣れない」筆者だが、それでもマダイが大当たりしたことがある。青森県陸奥湾でホタテ養殖の取材をしていた最中のことだ。仕事中、養殖作業船の船頭さんが釣り竿を貸してくれた。ホタテ養殖の作業中はぼろぼろとロープについた小さなエビやら海藻が海中に落下する。それらを求めてマダイが集まってくるのだ。
 餌はホタテのむき身である。船頭の奥さんが、貝を開け、身を剥き、船の縁(ガンネル)に並べてくれる。道糸に簡単な重りをつけ、その下にハリスと釣り針というこれ以上はないというほどシンプルな仕掛けだ。いわゆる棚など関係ない。海に仕掛けを落とせば、すぐに70cmはあろうかという見事なマダイが食いついてくる。貴重な体験だった。だが、いちおう、仕事中のことだったので、小心者の筆者はこの素敵なサボりの体験を長い間、人には言えずにいたのだ。
 昨日、近所のスーパーの魚売り場の氷の入ったトレーにきれいなマダイが並んでいた。トレーに立てられていた札を見ると「青森産」とあった。

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「鯛のスパゲッティ」
■材料(2人分)
スパゲッティ200g、マダイの切り身2切れ、ニンニク2片、マッシュルーム6個、ルッコラ数枚、オリーブオイル大さじ4、塩・胡椒適宜
■作り方
1)マダイの切り身は塩胡椒しておく
2)マッシュルーム、ニンニクは薄切りにする
3)鍋に湯を沸かし、スパゲッティを茹でる
4)フライパンにオリーブオイル大さじ1を熱し、鯛の切り身を皮から焼き、裏返して、充分に火を通してから皿に取る
5)フライパンにオリーブオイル大さじ3、にんにくとマッシュルームを入れ、中火で香りがたつまで炒め、強火にしてスパゲッティの茹で汁・大さじ2を加え、乳化させ、茹でたスパゲッティを加え混ぜ合わせる
6)皿に盛り鯛の切り身をのせルッコラを数枚飾る

海の博物誌四大昆布の使用法

 昆布は、だしをとっても、煮て食べても美味しい食材だ。
 日本には45種の昆布があるといわれている。その中で四大昆布といえば羅臼昆布、利尻昆布、日高昆布、真昆布。
 また、和食の繊細な味付けを決める昆布は、だし向きと食向きに分けられる。四大昆布は日高昆布を除いてだし向き昆布。日高昆布は、おでんで煮て食べるのが代表的な使用法。
 だし向きの3つの昆布の代表的な使用法はというと、羅臼昆布は麺類、真昆布はお吸い物、利尻昆布は鍋とお吸い物が長所を活かす食べ方。ちなみに昆布を60度のお湯で1時間かけて煮出すのが最もうまみを引き出すだしをとる方法とされている。
 昆布の旬は、7月から9月。今年は旬の昆布を美味しい調理法で食べてみたい。

海の道具地道に大切なお仕事「マリン用バッテリースイッチ」

 「バッテリーにわざわざスイッチをつける理由なんてある?」「だよねぇ」
 そんな会話が交わされることがあります。
 ビギナーのキャプテンが車のようにエンジンをかけるべく、キーを差し込んで回しても、ウンともスンとも言わず、マリーナのサービスマンにメンテナンスの不備を食って掛かった時、「バッテリースイッチをオンにされました?」と冷静に指摘され、アフトデッキのハッチを開けて、はいつくばってバッテリースイッチを入れたらあっさりエンジンが掛かった、なんてことは、いかにもありそうな話です。
 もちろんバッテリーにスイッチがあるのには理由があります。
 第1が、完全にバッテリーをオフにすることで、放電を抑止する効果。ボートは車程使用頻度が多くないので、わずかな放電でも、長期になればバッテリー上がりにつながってしまいます。さらに言えば、漏電などによるバッテリー上がりも根源で電流をカットしていれば影響を受けることがありません。
 まあ、この機能がメインなのですが、もう一つ、2個目のアクセサリーバッテリーとエンジン始動用バッテリーを遮断させる機能を持っているバッテリースイッチがあって、これはアクセサリーの使い過ぎがエンジン用バッテリーに影響を与えないようにする狙いがあります。機能はとても単純ですが、大変重要な仕事をしているのがバッテリースイッチなのです。
 社会でもそういう仕事を地道にこなしている方々がいますが、頭の下がる思いです。バッテリースイッチもそんな思いで眺めてやると、冒頭の八つ当たりのような会話も静まるというもの。
 もし誰かに「バッテリースイッチのようなお仕事をされているんですねぇ」と言われたら、ああ、褒められているんだなあと照れていただきたい。いや、そんな回りくどい誉め言葉を言う人はいないだろうけど。

その他

編集航記

メールマガジン「ソルティライフ」は2003年6月に創刊、18年間、毎月5日の発信を続けてきました。この間、200本以上のコラム、200種類の料理や飲み物、200冊以上の本やCDについて著し続けてきました。我ながらよく頑張ったと自画自賛したいところです。この216号からは同様の内容でヤマハ発動機公式note「海の時間です。」に場所を移し、これまでと同じく「日常でも潮気を感じられる」メディアとして発信を続けていきます。長い間、「Salty Life」ご愛読いただき、本当にありがとうございました。そして「海の時間です。」においても引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。


(編集部・ま)

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