刺し網漁
日本全国津々浦々で行われている沿岸漁業を漁法別にご紹介します。
タイ刺し網漁
鳥取県御来屋港
待ちではなく常に魚を追い込みながら行う御来屋の刺し網漁。漁は夜間に行われていた
米子から東へ20kmに位置する海辺の漁村・名和町は、「太平記」の舞台で、名和長年公ゆかりの地です。その神話の地で刺し網漁を営んでいる加藤さん一家を訪ねました。
「日本酒のテレビCMで、漁師が海から上がってきて酒を酌み交わすというのがありますよね。一般的に漁師というとあのイメージなんでしょうけど…」
と困惑顔を見せるのが、加藤紀之さん。御来屋漁港(鳥取県西伯郡名和町)で漁を営む加藤家の三代目、現在立命館大学理工学部で物理学を専攻する現役の大学生です。
「実は今、就職活動中で、IT(情報技術)関連の会社でSE(システムエンジニア)職を希望してます。最終的には漁師の道に進もうとは思っていますが、他に何もできないから漁師になったと思われたくないという気持ちもあるし、一度は社会に出てみることも大切だと思いますから」
御来屋の漁法は刺し網が主流。魚種はタイ(通年)、ハマチ(5~8月・10~1月)、アジ(2~4月)。
刺し網漁といえば前日に網を仕掛けて翌日揚げるというのが一般的ですが、御来屋の漁法は、魚群を探知して、その群をグルリと取り囲むように網を打つという巻き網漁的な手法を取り入れた独特のスタイルです。
「昔は仕掛けて待つ方法だったんですけど、こっちの方が効率がいいんで、今ではほとんどのフネがこの方法の刺し網をしてます」(祥良さん)
こうした漁法の場合、魚群が発生しやすいポイントをインプットしておくということの他に、魚群探知機やソナーの情報から、それが何の魚群であるかを確実に見極める能力が求められます。
「100%とまではいかなくても、ある程度はわかりますね。魚種によって使用する網が異なりますから、その見極めが水揚げを左右します」
こうした職人技を体得するには、1年でも早く海に出なければならないのでは?
「早いに越したことはないけど、どちらかというとセンスですから。3年ほどフネに乗れば、そのセンスがあるかどうかがわかりますよ」という祥良さんに対し、
「生徒(自分)の歳より、教師(父親)の年齢の方が問題でしょう(笑)。教師が元気なうちに始めたいとは思ってます」
と紀之さんは笑顔で応える。
漁師に対する一般的なイメージは「勇壮で豪快ながら粗野」。もちろん命を張った厳しい仕事がゆえのイメージではありますが、そんな固定概念に縛られたくないという紀之さん。
漁師としては異色といえる考え方なのかもしれませんが、こうした型破りな異端児から、得てして大物は生まれるもの。何年か先、海に戻ってきた紀之さんが、どんなスタイルの漁をしているのか、想像するだけで楽しくなります。
1回の漁で網を入れるのはせいぜい4回。幅7m、長さ800mもの刺し網を引き揚げるだけで、大漁なら1時間を超えてしまう
20時に出港して翌朝の5時に帰港するというのがパターンだが、ハマチの陰が見えたときは、お昼近くまで海に出ていることもある
現在は祥良さんと婿に出た実弟の新祥史さんの2人で漁に出ている
例年であればハマチのシーズンだが、今年はまだまだタイが主力だった
4月から父親の祥良さんと共に漁に出ていたが、作業中に左掌を骨折してしまい、現在は休養中の紀之さん
今年の3月17日に進水した加藤丸<DT-89B-0A>。スタビリティに優れた船形によって、安定した作業空間が生まれる