刺し網漁
日本全国津々浦々で行われている沿岸漁業を漁法別にご紹介します。
コウイカ刺し網漁
山口県安岡港
サザエの網揚げは夜明け前に行われる。300メートル以上もある網を揚げるには、ローラーを使用しても1時間以上かかる
本州の最西端に位置する山口県下関市。眼前に開ける関門海峡は潮の流れも早く、優良な漁場として有名です。 とりわけ北浦海域と呼ばれる関門港北部の藍ノ島から蓋井島にかけての沿岸部にはサザエやアワビなどの生息に適した瀬が点在しており、瀬戸内海側の内海に勝るとも劣らない漁場が形成されています。
午前5時、安岡漁港の岩壁には漁船のエンジン音が響いています。町野昭仁さんの所有する昭栄丸も前日の昼間に仕掛けた建網を回収に向かいます。
「このあたりでは一晩建てでサザエやアワビを捕るんだよね。今時分は甲イカもいいから、平行してやっているんだけどね。イカの方は明るくなってからでもいいんだけど、サザエやアワビは夜行性なんで、夜明け前に網を上げなきゃならないんだ」
この地域ではサザエ・アワビの建網漁では出漁時間が決まっており、正午になると建網で操業する漁船は一斉に港を後にして、ほど近い久留見瀬付近の漁場へと急ぎます。
「サザエ用の網は二張り入れてあるからね。ひとりで操船しながら、ローラーを操作して手繰って、(サザエやアワビを)外していくんだけど、水が冷たい時期は手が凍えて手間取ることもあるだ」
ひと張りの建網には120枚の網が張られていて、全長300メートル以上。この地区で建網漁を営む方々は、ひとりが網を手繰り、ひとりが網から(獲物を)外すというように、親子など2人で乗り組むことが多く、一昨年までは昭仁さんも父・秋夫さん(68歳)と2人で出漁していました。
「親父もかなり歳をとったので船を下りて、去年からはずっと1人でやってるよ。今ではもっぱら網仕事にかかっているので、手があればと思う場合も多いんだけど、そう泣き言ばかりも言ってられないからね(笑)」
春先からサザエ・アワビの潜水漁が解禁となる5月、そして6月の梅雨時までが一年を通じて最も水揚げのある最盛期。年間の大半の収入はこの時期に稼ぎ出すと言っても過言ではないようです。寝る間も惜しんで働くような状況下でも町野さんの口からは弱音はまったく聞かれません。
ひと張りの網を手繰るのに約1時間。サザエ用の二張りの網に加え、甲イカ用の二張りまで回収し終える頃には午前10時を回っています。この日の収穫はコンテナいっぱいのサザエ20kgと生簀の甲イカ180パイに、アワビ、マダコ、カサゴなど。イカスミで汚れてしまった顔に笑みを浮かべる町野さんは安岡漁港を目指します。
春先から潜水漁の解禁となる5月までは甲イカのシーズン。多いときには300パイ以上の漁も見込める
水温が低いのでまだまだ小粒というサザエ
「今は建網だけど5月からは潜りに切り替えて、その後はサワラの一本釣り」25歳でサラリーマン生活に終止符を打ち、今では一人で作業をこなすようになった
町野さんの漁の師匠は、この道50年以上の大ベテランである父、秋夫さん。船を下りた今でも網の補修に精を出し息子をサポートする
5年前に進水した昭栄丸。漁場へ向かうそのスピードには町野さんも満足している