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Salty Life No.208

ソルティライフは海を愛する方々の日常生活に、潮の香りを毎月お届けするメールマガジンです。

ソルティライフ

とてつもない真夏の後、残暑を味わう間もなくやってきた秋。
空の色も、海の色も心なしか深く感じられ、
海辺は清澄な空気に包まれていきます。
四季に合わせ、様々に表情を変える海と海辺の至福を
今月も味わっていきたいと思います。
「Salty Life」No.208をお届けします。


Monthly Column不穏な海の思い出

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南の沖合を温帯低気圧が通過中。海は美しかった

 久しぶりに会う友人とボートで遊ぼうということになっていたその日、台風が関東地方に接近するということで、キャンセルとした。9月に入って二度目のことだった。一度目は初旬に九州地方を襲った台風11号の影響による。台風11号はその勢力に過去最大級との冠を頂き、九州に上陸したのち北上し朝鮮半島へ再上陸していった。九州の人々は暴風雨による不安な一夜を過ごすこととなったが、関東地方では台風の影響はそれほどなかった。ただ九州を通過した後、海上に南寄りの強風をもたらせた。
 先日の台風12号は、当初の予報で「関東地方に上陸のおそれ」と「大雨のおそれ」が懸念されていたが、これもそこまでには至らなかった。ジェット気流が予想に反して南へ下がったこと、そして太平洋高気圧の勢力が東へと後退したこととされている。
 その日、もちろんボートのことはすっぱりと諦めたが、海への恋しさが妙に募り、湘南海岸へと足を運んだ。波もうねりもほとんどなかったが、時折の突風を伴う風は強かった。空の雲は猛スピードで流れ、地上の露光は目まぐるしく変わっていた。当たり前のことだったが、沖に船は一隻も見えず、セールボードが水を得た魚のように元気よく、水面を疾走していた。美しい海だった。美しいが沖に船を浮かべるとなると、この風はやはり「無理」だ。
 海、山でも同じことがいえるが、自然を相手に遊ぶとなると、かように天候に左右されるものである。いまはスーパーコンピュータによる精度の高い気象予報が誰でも簡単に入手できる時代で、ほとんどの場合、2〜3日前には出港の可否を判断できる。ただ、それでも天候の急変というものは起こるものであり、油断していると痛い目に遭う。特に地域独特の気象現象には注意が必要だ。
 「スコール」は熱帯に多い気象現象の一つで一時的に強風を伴う豪雨をもたらす。熱帯エリアを観光しているときのスコールはそれはそれで楽しいものだが、ボートで遊んでいるときのスコールはかなり厄介だ。
 もうかなり前のことだが、沖縄の那覇の沖に位置する「ちーびし」と呼ばれる美しい環礁で遊んでいたときに猛烈なスコールに見舞われたことがある。厚い雲が空を覆い、海からは一気に色が失せた。そして強烈な雨。視界はほとんどなく、見えるのは間近の水面に勢いよく沸き立つ尖った波紋のみである。まるで大根おろしを作る粗めのおろし金のようだ。真夏の沖縄だ。短パンとTシャツという軽装だった。強い雨に打たれ、体温がみるみるうちに下がっていくのを感じる。すぐに雨はやむとわかっていたが、とても不安になる。実際には30分ほどの出来事だったと思うが、雨がやむまで2時間も3時間もたったような感覚だった。とにかく寒かった。
 寒いといえば、関東以北には「山背(やませ)」という独特の気象現象がある。6月から8月にかけてオホーツク高気圧が居座ると冷たく湿った北東風が吹き、急激な気温の低下をもたらす。6月の仙台の海でこの「山背」を体験した。すでに東京では当たり前のように半袖で過ごしていたが、東北では寒くなることもあろうかと、ウインドブレーカーを持参した。それが「無いよりマシ」な程度で、保温にはまったく役に立たなかった。仕事なのでキャビンでじっとしているわけにも行かず、耐え抜いたが、6月なのにダウンジャケットが欲しいと真剣に願った。
 私の知るヨット乗りの先人たちは「夏でも冬支度」という教訓をよく口にした。本にもよく出てきた言葉だ。夏に冬支度をしてもほとんどの場合は無駄になる。それでも、寒いと感じたときに温かいウェアを羽織ったときの幸福感は「生きてて良かった」なあんて思うほどなのだ。また適切な温度の維持は事故や怪我の防止にもつながるはずである。
 救助や仕事など、人によっては御免被りたい海に出て行かなくてはならないこともあるかもしれない。これも沖縄でのことだが、ある漁業者を取材したとき、低気圧の影響で現地にいながら何日間も出港を見合わせたことがあった。朝早く那覇のホテルから漁師に連絡すると「きょうも無理だ」と返されることが数日続いた後に「きょうは大丈夫だ。出るぞ」と連絡があった。港で船に乗り込み、舫いを解いて10分もすると、大丈夫ではないことが判明する。なんというか、漁師に取っては大丈夫でもこちらにとっては大丈夫ではなかった。波高は明らかに漁船のブリッジよりも高い。パヤオ(魚礁)のすぐ側にある標灯はもちろん波間に消える。デッキの上で立つことができず、そのときは尻をデッキにつけ座り込んだまま写真を撮った。ライフジャケットはもちろん着けていたが、できればハーネスも欲しかった。プロの漁師が出て行くというから、のこのことついて行ったが、自分のシーマンとしての力量を考えたら、同乗を断るべきだったかも知れない。今後同じようなケースに出会うことがあったら、同じく迷うだろうが「乗らない」という選択があることも頭に入れておきたいと思う。
 うねりも波もない、ただ強い風が吹き渡る美しい海を眺めながら、過去に経験した不穏な海を思い出したわけだが、それでもやっぱり「沖へ行きたい」との思いは募るばかりだ。10月のスケジュール表を見ながら、その日、ともに沖へ出ることになっていた友人にメールを入れた。

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雲が湧き上がり、一気に天候が変わる。備えは必要だ
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高波の中で作業をする漁師の判断力を信頼してはいたが、泣きたくなった
田尻 鉄男(たじり てつお)
学生時代に外洋ヨットに出会い、本格的に海と付き合うことになった。これまで日本の全都道府県、世界50カ国・地域の水辺を取材。マリンレジャーや漁業など、海に関わる取材、撮影、執筆を行ってきた。1963年東京生まれ。

キャビンの棚向こう岸に渡りたい「人類の歴史を作った船の本」

 最初にページをめくると、「人類は船で世界へ」というタイトルでアウトリガーカヌーが描かれている。アフリカで誕生した人類が「船」という乗り物を得て、世界中に広がっていったこと、物資や食料が運ばれていったことが書かれている。さらにページをめくると、「船の始まり」というタイトルに出会う。川のほとりに立つ若者。対岸には女性がいて、若者に笑顔を投げかけている。川には木や木の実、動物の死骸、竹の枝が流れている。若者は女性の元へ向かうのに何を選んだのだろう。
 最初に船という乗り物を考えた人は何がしたかったのだろうか。“船ファン”ならば一度ぐらいはそんなことを考えたことがあるのではないか。海や川を渡ることが目的だったのは間違いないが、なぜそこを渡りたかったのか、その向こうに何があるとその人は考えたのだろうか。筆者が川の向こう岸に女性を置いたことに共感する読者は少なくないかもしれない。ある船外機メーカーの「恋人にアイスクリームを届けるために手こぎボートに取り付ける動力を作ることにした」という逸話もある。
 いったい、なんのために。食い物か。向こう岸で何か動くものが見えたのか。ただ何があるのか知りたかったのか。誰もいないひっそりとした小さな浜辺や、流れの音しか聞こえない川の畔に座って、そんなことを考えるだけで、時間はあっという間に経つ。
 子どもの未来社が発行する「人類の歴史を作った船の本」は船の存在意義、船の誕生を皮切りに、船の歴史を古代ヨーロッパ、古代アジア、さらには大航海時代、近代への船へとたどる、絵本タッチの乗り物図鑑だ。ページをめくるたびに、独特のタッチの絵に目がとまり、様々なことを想像したり考えてしまう。人間にとって船とは何か。どんなに大切なものなのか。そんなことを考える充分なきっかけを与えてくれるばかりでなく、その答えを見いだすこともできそうだ。
 絵と文を著したのはヒサクニヒコ氏。乗り物だけではなく人類や恐竜などの進化のあとをたどりながら世界を旅してきた異色の漫画家である。その旅の体験がこの図鑑に大いにいかされているという。
 子ども向けの絵本とはいえ、大人でも充分に楽しめる良書。本棚に入れておきたい一冊だ。

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「人類の歴史を作った船の本」
絵と文:ヒサクニヒコ
発行:子どもの未来社
定価:¥2,800(税別)

船厨シーフード満載、失敗が少ない「マカロニのパエリア風」

 新型コロナウィルスの影響でアウトドアでのレジャーが脚光を浴びているらしい。キャンプ場なども盛況のようで、お子さんのいるご家庭では、この秋、そんなキャンプ場へと出かける方もいることだろう。バーベキューを始め、料理はキャンプの中心的なイベントである。焼きそばや焼き肉など、簡単に、みんなで賑やかな意作りながら楽しむ食事はやはり楽しい。その反面、焼きそばなどはあちこちから独特の流儀や作法を口にする輩が現れ、料理として散々な結果になることもあるのではないか。 
 そんなとき、誰にも口を出させずに、ひとりで料理を作り上げるお父さんはけっこういけてる。
 デイやステイに関わらず、アウトドア料理の定番に「パエリア」がある。しかもアウトドアの定番であるばかりか、すこし気の利いた「お父さん」が作る料理の定番でもある。
 これまで、このコーナーでも再三にわたって取り上げてきたスペイン料理なので、一通りの蘊蓄はバックナンバーに譲るが、今回は米の代わりにパスタを使ってみた。米に比べて失敗が少なく、さらにシーフード満載、山や野原にいっても、さりげなく海にこだわりたい方にはおすすめの独特のパエリア“風”料理である。スキレットやダッチオーブンを使って気軽にどうぞ。

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「マカロニのパエリア風」
■材料(3〜4人分)
イカ1杯、エビ6尾、ムール貝6個、アサリ300g、玉ねぎ2個、パプリカ1個、マカロニ100g、コンソメ1個、サフラン 1つまみ、塩、胡椒少々、オリーブオイル大さじ3、パセリ適量
■作り方
1)玉ねぎは粗みじん切り、パプリカは縦に細く切る。エビ、アサリ、ムール貝は洗っておく、イカはワタを抜き輪切りにする
2)スキレットをプレヒートし、オリーブオイルを入れ、玉ねぎをしんなりするまでよく炒める
3)パプリカ、イカを加えさらに炒める。
4)コンソメを溶いた水250ccとサフランを入れ、塩と胡椒で味を整え、一度固めに茹でたマカロニを加え蓋をして中火で10分程煮る。
5)さらにエビ、アサリ、ムール貝を加え蓋をして煮る
6)貝が開き、エビに火が通ったら蓋を外し水分を飛ばし、パセリを振って出来上がり

海の博物誌海で聞こえる音

 海辺に足を運ぶと特に耳を立てずとも音が聞こえてくる。岸に打ち寄せる波が絶えず音を立て、そうした音に耳を傾けるのも海で過ごす楽しみのひとつといえるだろう。
 潮が満ちてくるときに波が立てる音、またそうした潮がぶつかり合う音を人は「潮騒」と表した。海ではどちらかというと日常的に聞こえるもの。ただ、どちらかというともの悲しさを滲ませる表現かもしれない。
 こうした日常の潮の営みが発する音とは異なり、海の激しさを表現する言葉も多い。「濤声」は潮騒とは対極にある、荒々しさを連想させる。怒り狂う濤声、哮る濤声。磯に激しくぶつかる波の音ばかりか、時化た海で、波が海にたたきつけられるようなときの音もイメージできる。
 「海鳴り」は風が強く波の高い時に沖のほうから聞こえる断続的な低い音を指すときに使われる。まるで地面までもが波によって揺れ動くかのような不安をもたらす。低くうなるような音のすることから「海吼」と表現されることもある。
 ここに上げた海の音は、いずれも学術的な表現ではない。それでも海をはじめとする自然の事象に人は文字を使って名をあてがってきた。この美しい日本語を海を愛するのと同じように大切にしたい。

海の道具覆水盆に返らず「インフレータブルボート」

 チューブに空気を入れて使用するボートをインフレータブルボートというが、一般的にはゴムボートと呼ばれることが多い。小型ボートが多いが、中には上陸戦に使用する軍用のものなんかもある。
 ゴムだチューブだというと華奢なイメージだが、実物は何層にも化学繊維を貼り合わせてあって、かなり硬い。とはいえ、空気を抜けば折り畳むくらいはできる。
 ふだん我々が目にするインフレータブルボートは、入江や海岸近くで釣りなどを楽しんでいるシーンなどだろう。
 インフレータブルボートの長所としては、普段はコンパクトに収納できる事、水面へのエントリーが楽な事など。それらは手軽にボートを楽しむ場合にとても有効だ。
 インフレータブルに限らず、3m未満で2馬力もしくは1.5kW未満の動力搭載ならば船舶免許が要らないので、おのずと主流は全長3m未満の製品となる。
 いいことづくめのインフレータブルボートなのだが、少々ご注意申し上げたいこともある。空気を丈夫なチューブに入れているので沈没の恐れはなさそうだが、転覆はする。そして、一旦海に落ちると、ボートに上るのが困難なことがあるのだ。
 人間、海に浸かると首の上くらいしか出ない。その状態から濡れた服を纏ってボートの縁にしがみついて体を持ち上げるのは至難の業だ。下手をすれば、ボートに乗り掛かったところで、今度はボートがひっくり返ったりもする。
 誰も好きこのんで海に落ちる人はいないが、とにかくインフレータブルボートに乗ってる時は立ち上がらない、身を乗り出さない、片舷に偏って乗らないなど、転覆・転落に細心のご注意をいただきたい。
 覆水盆に返らず、もとい、覆人ボートに返らずですよ、ホント。

その他

編集航記

先頃、〈編集部・ま〉の家のメンバーに新しく犬コロが加わりました。かなり厄介な性格をしていますが、それでも楽しみなことがひとつあります。ボートのクルーとして仲間に迎え入れることであります。フィリピンでダイビングボートに乗ったとき、着岸の際にいちはやく舫いロープを咥えてステムに颯爽と立つ犬に出会ったことがありまして、あれぐらいはこの駄犬でもできるのではないだろうかと。いま、ライフジャケットを物色しているところです。


(編集部・ま)

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