延縄
日本全国津々浦々で行われている沿岸漁業を漁法別にご紹介します。
赤ムツ延縄漁
静岡県田子の浦
「旬になるのはちょっと早いけど」との言葉通り、やや小さめの赤ムツが次々と揚がる
「田子の浦打ち出てみれば白砂の…」奈良時代の歌人、山部赤人に詠われた駿河富士。 その田子の浦で、幻の魚「赤ムツ」を追う延縄漁が最盛期を迎えようとしています。
日本一と詠われる富士山を背景に田子の浦で漁を営む飯塚一雄(60歳)さんは、この地区では数少ない櫓船の時代から漁を続けてきました。遊漁船業の台頭により田子の浦で赤ムツを追うのは2隻だけ。人生の8割を赤ムツとともに過ごしたと語る飯塚さんは、まだ夜も明けきらない午前3時に漁場へ向かいます。
縄を入れるのは港から15分ほど走らせた水深160m前後の場所。
「縄はちょうど瀬がかけ上がっていて、よどみになっている場所に仕掛けるのがコツです。あんまり深くてもかからないので、陸寄りでやるのが赤ムツ漁の特徴です。底は泥地のほうがいいけど、それが絶対じゃないからね。上げ潮を狙っていった方が漁はいい感じだよ」
玉縄と呼ばれている延縄は、一縄が約150尋ほどあり、20尋ごとに5本の針を仕掛けた枝糸が付けられます。縄を短くして場所を分散させるよりも、一縄でツボを押さえた漁をするのが好きだという飯田さんからは経験に裏打ちされた自信が伝わってきます。
「餌はイカの切り身が一番いい。サンマとかサバとかも使うけど、食いがいいのはイカだね。それも古くて腐りかけのようなもの。ぜんぶが同じだといけないから、新鮮なものと古いものを交ぜて5本の針に仕掛ける。ちょっと手間がかかるけど、違うんだよね。たったそれだけのことで」
3時に縄入れを始めて5時過ぎに終えると、昨日取れた魚を市場に出荷して、日が出かかった7時頃より漁を再開します。
「だいたい入れ終わってから1、2時間ぐらいで揚げます。それより長いと針に掛かった魚が食われたり、餌が落ちたりするんです」といいながらテンポ良く縄を引き揚げます。揚がってくるのは赤ムツを始めメバルやカサゴ、アナゴなど。底物の魚であればおおよそ捕れるといいます。
赤ムツの価格は1キロあたり5,000から7,000円。旬は5月から8月と、10月から12月までで、年に2回ほどのピークを迎えます。
「私たちの親の代なんかは『赤ムツ捕り』が多かったのですが、いまの時代、手間を考えたら受け継ぐのは難しいですよ。縄といっても揚げるのはほとんど手繰りに近いですからね。でもやり続ければ必ず年に2回はいい時期がありますし、ひとりでやる分には最高の漁ですよ」
この日、港に戻ったのは午前10時。捕れた魚は一晩眠らせて翌朝の出荷となります。
飯塚さんが信頼を寄せる金一丸は1月に進水したばかり。船が一回り大きくなり、作業にも余裕が出てきたと言います。
「この船なら遠くに行っても漁ができるし、残りの人生もわずかだから、もっと冒険をしたいなと思って(笑)。息子もお客さんを乗せたいといっているし、周りの人からもいい走りをしてるって言われるし、最高の船だよ」
以前は32尺の船を使用していただけに、走行性能と安定感に驚いたという飯塚さん。桜の葉が出始める頃、田子の浦での赤ムツ漁は最盛期を迎えます。
縄の引き揚げは右舷から。ローラーを使うものの、針のついた枝糸は手繰りで揚げる。根気がいる仕事だ
餌となるイカの切り身。赤ムツ漁では新鮮ならば良いとは限らない
赤ムツの他にもメバルやカサゴなど底物の魚が収穫される。網と違って魚体も綺麗だ
いまでは数少ない赤ムツ漁を営む、船主の飯塚一雄さんと息子の一明さん
1月に進水した金一丸<DY-45G-0A>