"あの頃"に最大限の敬意を払いながら現代的な解釈を加え、最新の性能と技術を盛り込んだ「XSR900 GP」デザインをご紹介
- 2024年9月27日
先日の「XSR900 GP」開発者エピソードに続き、今回はその魅力的なスタイリングについて、とっておきのエピソードをお届けします。
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「XSR900 GP」
デザイン企画・ランドモビリティ事業本部MC事業部3S第2地域統括部RV部事業戦略グループ 下村 伊千郎さん(左)※開発当時はプロダクトデザイン部所属
デザイナー・株式会社GKダイナミックス 竹﨑 彰一さん
レーシングフレーバーを纏った"Heritage Roadster"の「XSR900」を
もっとレース寄りに突き詰めた「XSR900 GP」
デザイン企画・下村 伊千郎さん(以下、企画・下村さん):
我々がやりたかったことって、一目瞭然。非常にシンプルです。「XSR900」をベースに輝かしい80年代のレースシーンをフィーチャーしたモデルを作りたい、という所から企画がスタートしました。
2016年発売の初代「XSR900」や「XSR700」は、「温故知新」をデザインコンセプトに70年代GPレーサーからインスピレーションを受けたモデルでしたが、時代が進むにつれ、オマージュする年代も80年代へと移行。欧米を中心に80年代のモデルを使ったカスタムが流行っていましたし、またモーターサイクルだけではなく、音楽などのカルチャーシーンにおいても80年代がヨーロッパで人気だったことも要因です。
80年代のGPマシンをターゲットにした瞬間、カタチは実質決まったようなものでした。 通常の開発では、デザインコンセプトが決まらず、みんなで少しずつ折り合いを付けながらゴールに向かうのですが、今回は最初から明確で、みんなが同じ方向を向いていたんです。
デザイナー・竹﨑 彰一さん(以下、デザイナー・竹﨑さん):
目指すゴールにブレがなく、ディテールの作り込みに力を注ぐことのできたモデルですね。
企画・下村さん:
でも逆に、コンセプトが明確で、目指す姿がクリアだったからこそ、みんな妥協ができなくて。実現に向けては、色んな要件が絡んできますし、どうつくるのかというところで一悶着、いや二悶着ぐらいありましたね(笑)。非常にハードルが高かったんです。
そもそも、2022年にモデルチェンジした第2世代の「XSR900」も、"Ironic heritage"をデザインコンセプトに、レーシングマシンの機能とたたずまいを現代風に解釈しレーシングフレーバーを纏った"Heritage Roadster"でした。そして「XSR900」をもっとレース寄りに突き詰めたモデルとして誕生したのが、「XSR900 GP」であり、いずれも"YAMAHA old racing inspiration"を追求しているという点で「XSR900」と「XSR900 GP」は、根っこのところは一緒なのです。互いに刺激し合う兄弟のような関係とでもいいましょうか。
デザイナー・竹﨑さん:
「XSR900 GP」も"Less is More" "Cool and Relax" "Raw Material Expression"といった「XSR900」からのスタイリングテーマを受け継いでいます。
なかでも特徴的な台形シルエットは、XSRシリーズの要所です。足回りがしっかり見えて、ボディがコンパクトに見え、モーターサイクルとしての力強さを表現する上では昨今のヘリテイジ系のトレンドシルエットですが、「XSR900 GP」でも、台形形状に収まるようにしています。
またヘッドランプからタンク、シートにかけて、水平に連続する滑らかなライン、そして最後に斜めに切り落としたテールエンドと80年代を表現する特徴を取り入れています。
企画・下村さん:
「XSR900 GP」のデザインコンセプトは"Manners maketh man"(礼節が人を作る)で、イギリスの教育者の言葉をお借りしています。敬意を重んじる姿勢の大切さを表現したもので、歴史を振り返り、先人が辿ってきた道と、そこで成し遂げてきた成果に触れること。過去から学び、現代のライダーにとってより良いマシンを創造するというそのプロセスは、普遍的なモーターサイクルの魅力を伝え続けていく「Faster Sons(ヤマハモーターサイクルの熱き魂を継ぐ者)」の哲学と調和し、まさに「XSR900 GP」の出発点に通じるとともに、モデルコンセプトの"The Embodiment of Yamaha Racing History(ヤマハレースヒストリーの体現者)"ともリンクしています。
デザイナー・竹﨑さん:
とはいえ、YAMAHAのヘリテイジモデルが例外なくそうであるように、昔のモデルを安直にトレースしたわけでも、単にレプリカを作りたかったわけでもありません。"あの頃"に最大限の敬意を払いながら現代的な解釈を加え、さらに一歩先の提案を込めて、最新の性能と技術を盛り込んだモデル。それが、「XSR900 GP」です。
企画・下村さん
あくまでも「YZR500」をオマージュしたモデルであって、そのまま現代によみがえらせた訳ではありませんからね。現代とのハイブリットにしていくところを重要視して手がけたのですが、お客さまの中には「80年代風ではないね」とか「YZR500を模したのであればテールが短い」などとおっしゃる方もおりますが、それは理由があってのことなのです。
1984年の「YZR500」
デザイナー・竹﨑さん:
「YZR500」が活躍した1980年代って、ヤマハにはヒーローレーサーがたくさんいました。そしてマシンも年ごとに特徴があります。テールカウル一つ取っても、あるモデルに寄せて形状を再現してしまうと、年代や乗っていたヒーローを絞ってしまうことになる。なので、みなさんがそれぞれあの時代を思い出しているライダーが乗っているところをイメージできるくらいに、良い意味で曖昧さを残し、解釈に余白をもたせています。
それができたのもヤマハ発動機本社敷地内に、企業ミュージアム「コミュニケーションプラザ」があったから。デザインを進めていた時、ちょうど80年代のGPマシンが展示されていて。少し行き詰まったりすると出張の際に、「コミュニケーションプラザ」で現物を見てヒントを得ることができた。とても幸運でしたね。しかもその年代のマシンがずらりと並んでいたので、一続きに見ることで平均値を探り当てることができたんです。
異例のカラーリング先行モデル!?
当初から白と赤のヘリテージカラーで決定
企画・下村さん:
本モデルにおいてカラーリングはとても大切な要素となります。プロジェクトの初期段階からリソースを割き、当時の雰囲気を再現するため、色は新たに起こしています。赤と白の塗り分けはコストがかかるし、またホイールと車体のカラーリングの合わせも一筋縄ではいきませんでした。同じ色でもカウルとホイールでは素材が全く異なるので色の乗り方も全然違うし、塗料の材料も、つくっている会社も別なんですよ。
さらにプラットフォームを活用したモデルですので、「MT-09」や「XSR900」とエンジン・フレームはともに共有。つまり、元々ブラックのフレームなのですが、当時のデルタボックスアルミフレームを再現したいと、シルバーに塗装しました。フラットなところは塗りやすいのですが、凹みや穴の中までしっかり塗るには、手間もコストもすごくかかりましたね。普通のプロジェクトだったら、あり得ないこだわりようです。
「デルタボックスアルミフレームを再現するぞ!」と言う心意気だけでやり遂げた感じで、"あの頃"を再現したいと言う強い想いがなせる技です。そういう部分が随所にちりばめられているモデルなんです。
デザイナー・竹﨑さん:
オーダーされた訳でもないのですが、この時代ってこういうカラーだよねっていう暗黙知から、実はデザイン初期の段階から、この白と赤のヘリテージカラー「シルキーホワイト」のスケッチを描き加えていました。
通常のプロジェクトでは、カラーリングに惑わされて形状の判断が正確にできなくなってしまうからと、スケッチは、単色で描くことが多いんです。でも、「XSR900 GP」は、80年代のレーシングイメージを投影したものであるので、要所、要所で行われるデザインチェックの時にも、このカラーリングで描いたスケッチを提出していました。自分でグラフィックを描いていて、気分がものすごく盛り上がってましたね。
さらに開発プロセスの余談で言えば、実は今回、このカテゴリーでは珍しくデジタル造形でクレーモデルをつくらなかったプロジェクトなんです。さらにコロナ禍で、みんなが一堂に会し会話することが難しかったこともあり、かなり苦労しました。
イマドキのシャープなエッジのモデルと違って、この時代のバイクは、表情豊かな、ねっとりした面が特徴です。それをデジタルで再現できるのか......。それまでやったことはなかったのですが、長年モーターサイクルのデザインに携わって来て、やってやれないことは無いだろうと、挑戦的な意味合いもあって、何とかデジタル上で完結させました。皆さんの協力もあり、結果として何とか細かいところまで表現できたかなと思っています。
企画・下村さん:
最近トレンドの直線的でパキパキしたモデルでは、オールデジタルでもここまで不安を感じなかったと思います。デジタルでこう表現されているものは、リアルではこんな感じになる、という見る側の理解力に負う部分もありますし、この「XSR900 GP」は、面の質感をとても大切にする年代のモデルだったこともあって、正直、形になるまでとても心配でした。当社は、デザインのプロだけでなく設計者含めてみんなでデザインを決めていくスタンスなので、なおさらです。
デザイナー・竹﨑さん:
実車での確認と画面内での違いとして、サイズ感と立体感の印象が異なり、どうしても実車になったときに印象のズレが生じます。
そこで少しでもリアルな状況を再現できればと、CGのクオリティを上げ、VRなどを駆使し、1分の1の大きさで自由に動かして造形を確認できるようにしたんです。最新の機材に助けられた部分は結構ありますね。
まっすぐな面ではなく、風を避けるよう、うっすら反りの入ったカウルの辺りなど、微妙なニュアンスを取り入れていたので、そうした細かい部分は「実際、どう出来上がるのか?」と疑問を持たれる場面もありました。私たち作り手は、実際の出来上がりが予測できていましたので、自信をもって任せてもらった部分もありますね。
企画・下村さん:
良い意味でみんなの悪ノリで出来上がったモデルですよね(笑)。ざっくり言ってしまえば最初、「XSR900」にフロントカウルを付けるだけ、という所からプロジェクトはスタートしたんですが、結果的には、外装全て「XSR900 GP」専用に作り直していますからね。サイドカバーも「XSR900」と同じように見えて、実は全然違うものを作っています。頑張っちゃう方向に流れてしまうのが、ヤマハらしいと言えばそれまでですけれど(笑)。
あの頃の再現とクオリティのバランスを重視しながら
細部までトコトンこだわってつくりあげた一台
デザイナー・竹﨑さん:
デザイン上、特徴的な部分の一つとしてスパッと思い切りよくカットしたカウルですね。
やはりレーサーをイメージさせるにはアンダーカウルの存在は大きく、だれでも容易に存在を想起させるようにしておき、最終的に付けたくなるような気持になるよう工夫しました。
なかでもこのナックルガード。70年代のレーサーにはナックルガードがないのですが、80年代に入るとちょっと進化してきて、ラウンド形状のフロントカウルにナックルガードが付くようになるのです。
それを再現すべくわざわざ別体で、しかも軽量なアルミのボルトで止めてもらいました。そのため裏側まできれいに塗装しなければならないし、部品点数は増えるし、と手がかかっていますが、そこは設計のみなさんに多大なご協力をいただきました。
また、この年代は機能主義なところがあって、エアインテークとかアウトレットも特徴の一つ。ざっくりとした無骨さも表現しています。
企画・下村さん:
最近のスーパースポーツでは、インパネをがっつり付けたりしてカウルの端面を見せないようにしていますが、「XSR900 GP」では、レーサーの雰囲気を再現するため、あえて見せるようにしています。カウルも結構ピンピンに薄くして。
とはいえ、メーター周りはライダーが最も目にする部分です。配線などの中身が見えすぎてクオリティが落ちるのは避けたかったし、レーサーレプリカをつくった訳ではありませんので、その辺のバランスは大切にしました。
デザイナー・竹﨑さん:
レーサーとしてのコックピットは、走ることに対しての妨げにならないよう基本的にはブラックアウトさせてると思います。余計な情報を与えずシンプルにしていくことがポイントかと思います。イマドキのデザインでは、カッコイイキャラクターを入れたくなるところですが、今回はそれをグッと我慢して、シンプルなデジタルメーターとその周りはブラックの化粧パネルだけの最低限に抑えています。
企画・下村さん:
メーターと言えば、表示パターンは4種類あるのですが、そのうちの一つは、本モデル専用のテーマとしてデザインしています。それがアナログ風のタコメーターです。バックが少しざらついてみえるでしょう?80年代当時のレーサーはメーターをスポンジマウントしていましたので、その雰囲気を出しました。アナログ二眼という案もありましたが小さいと見にくいですからね。
しかもメーターの書体にもこだわりがあるんです。現行モデルでは、人間工学的に見て視認性の高いフォントを使用しているのですが、「XSR900 GP」は昔のものを採用したんです。社内ルールや見やすさよりも"あの頃"の再現を優先した結果ですね。
デザイナー・竹﨑さん:
最近のスーパースポーツモデルは、スモークがかったウインドシールドが主流ですが、昔のレーサーは透明ですので、今回はクリアにしたり、我々が"あの頃ステー"と呼んでいる丸棒のステーを採用したり、レーサーっぽさを表現するためにヘッドランプをなるべく小さいものにしたり、USBのソケットもコンソールの中に収めてしまったりと、とにかく細かいところまでこだわりが詰め込まれています。
とは言え、昔のコピーを作っているわけではないので、最新のモデルとしてのクオリティの高さも維持しなければなりません。みんなの思いがどこにあるのか、数字で答えが出るものではないので、時間をかけながら作り上げましたね。
企画・下村さん:
レースにスグに出られるイメージとして、アッパーカウルをベータピンで留めています。実際にカウルも簡単にはずせますしね。"あの頃感" を出したいとはいえ、普通のものづくりであれば、ここまでやらないですよね。
設計に携わっていたみなさんが、こういう部分に熱い方で、共感してくれたおかげです。ベータピンのアイデアは、「当時はやっぱりこれだよね」と設計さんからの発案です。マシン性能として見ると、あまりメリットがない部分なので、通常であればデザインサイドで、設計のみなさんと交渉しながら進めていくような要件を「なるべく本物感を出していきたい」と今回は設計者側からたくさん提案いただきました。
80年代リアル体感世代はもちろん
"あの頃"まだ生まれていなかった世代まで
見た目に違わぬ性能もお楽しみください
企画・下村さん:
ヤマハのレーシングヒストリーを生で体験していたみなさんにまずオススメしたいですね。昔スポーツバイクに乗っていた方にもう一度バイクライフを楽しんでいただけたらと思います。
更に、若い年齢層の方にも、最近のモーターサイクルには無い造形感として新鮮に映るのではと期待しております。
デザイナー・竹﨑さん:
昔、世界グランプリに憧れていたと言う方は推しのマシンやGPライダーを投影して頂ければ幸いです。様々な事情で離れてしまった方も、バイクライフに戻ってきてくださったら嬉しい限りです。
コンセプチュアルな白と赤のカラーリングに対して、どなたにでも受け入れていただけるカラーとしてグレーを設定していますが、XSRシリーズとしてカスタムする人もいますので、そういう人たちにはカジュアルなスタイルで乗ってもらえると思います。
企画・下村さん:
年を重ねると、体格がだんだん良くなっていくので(笑)、最近のシャキシャキしたスーパースポーツが体に合わなくなってきますが、「XSR900 GP」なら体の大きさにフィットするのではないでしょうか。
セパレートハンドルがあまりに下がりすぎるとライディングポジションがきついので、良い案配にしています。バイクが多機能化する中、スイッチボックスも大きくなっていて、カウルとハンドルを切ったときの関係が難しいのですが、80年代のちょっと後ろ乗りの雰囲気は持たせつつ、真面目にスポーツ走行しようと思ったときにしっかりフロントに荷重をかけていけるライディングポジションになっています。
メーター周りの文字1つを取ってもコンセプトが勝っているモデルで、ニッチなジャンルだと思いますが、こういう世界観に共感いただける方に一番良いモノを提供したいと、"あの頃"のテイストと最新の機能・性能、そして質感をバランスさせた、こだわりが凝縮された1台です。
80年代をリアルに体感されていた方はもちろん、"あの頃"を知らない世代の方まで、見た目だけではない性能も含めてお楽しみください。
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下村さん、竹﨑さん、ありがとうございました。
「え!こんなところまで」という細かいこだわりは、オーナーになってから一つひとつ発見していく喜びでもありますね。本ブログで気になった方は、ぜひ一度、お近くのYSPおよびアドバンスディーラーにて実車をご覧になってくださいね!
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