55mph - SRと過ごす週末
アナログでシンプルなSRだからこそ走りに行きたくなる場所がある。大人の週末をほんの少しだけ豊かにしてくれるショートトリップへの誘い。
「夜間逃避行のすすめ」
写真/井上六郎
机の前でさんざん頭を掻きむしった挙句、とうとう原稿を書くのはあきらめた。外はすっかり日が暮れている。だが、何をどう書いても文章が白々しくて気に入らない。いつかどこかで読んだような紋切型のオンパレード。書いては消してを繰り返しているうちに7時間が経過していた。
ライターという職業柄、こういうことはしばしばあるし、どうすべきかも分かっている。勇気を出してとっととPCの電源を切りバイクに乗る。ゼロから思考するためには本当の意味で無心になる時間が必要なのだ。夜のライディングは物理的に、そして精神的にも孤独になれる魔法だ。
SRのエンジンは珍しく3回のキックでかかった。いつもなら「おっ」と思うところだがいまの自分にその余裕はない。〆切前に許される時間はわずか。その間にアタマの中をすっかり入れ替えなければならない。
ライトケースとフェンダーに映り込んだビルの灯りはSRの滑らかな曲線美をさらに強調していた。スロットルを捻ると夜の澄んだ空気のせいかエグゾーストノートの一音一音がいつも以上に際立って耳に響く。今日1日キーボードにしか触れていなかった指先にようやく血が通ったような気がした。
秋晴れだった昼間の陽気とはうって変わり、冷たい風が吹いている。ジャケットの下にウールのシャツを着てくるべきだったと後悔したが、スロットルにもうひと捻り加えて加速するとすぐに忘れた。いまは寒さもSRとの濃密な時間を過ごすためのエッセンスだ、というのはカッコつけすぎか。交差点でタクシーのライトを受けると暖まり始めた空冷エンジンのフィンがくっきりとした陰影で浮かび上がった。
行く当てもなく湾岸線からレインボーブリッジ、お台場、ゲートブリッジ、銀座をゆっくりと流す。だが、僕は走ることにこれ以上なく集中していた。周囲の夜景を抽象的なものとしてクールに見つめる一方で、股下のSRや、ヘッドライトに照らされたわずかな空間のこととなるとまるで身体に沁み込むようにリアルに感じるのだ。ノッキングを起こさない程度にエンジンに負荷をかけながらコーナーを立ちあがる。たまらない瞬間だ。シリンダーで混合気が燃焼するたびにメッツラーがアスファルトの凸凹をつかむ様子が具体的なイメージとして脳内にフィードバックする。
いま僕がヘルメットのシールド越し見ている風景は映画のようなものだ。余計な情報はすべて夜の闇によって遮断され、スクリーンに映し出されたライダーだけのストーリーに没頭している。
「見えないものは見えないが、見えるものは“もっと”よく見える」
しがらみから解き放たれたい週末、夜間逃避行へようこそ。