本文へ進みます


55mph - SRと過ごす週末

アナログでシンプルなSRだからこそ走りに行きたくなる場所がある。大人の週末をほんの少しだけ豊かにしてくれるショートトリップへの誘い。

 「ホットコーヒーの自由」
文/佐藤旅宇 写真/井上六郎

 トラックが躍動する早朝のバイパスを凍えながら走っている。僕は歯を食いしばり、両ひざでSR400のタンクを思いっ切り締め上げることでかろうじてスロットルを戻さずにいられた。霜が降りるほどではないが、ある程度以上スピードを上げることにためらいを生じる程度には冬である。顎をジャケットの衿にうずめるように引き前方をにらみつける。首元の防風対策をきっちりやっておかなかったことへの後悔が胸の奥でわだかまっていたが、こうすることでヒロイックな気分だけはさらに拍車がかかった。
 空冷単気筒のバイブレーションが無機質な青い空気を揺さぶる。夜明けまであと1時間。
 強い北風が吹きすさぶ海水浴場までやってくると僕はSRを停めた。空が赤らみ始めている。予定通りだ。しかし、残念ながらお目当のドラマチックな瞬間はやってこなかった。水平線付近で意地悪にたむろする雲が力ずくで光の源を抑えたのだ。後光の差した雲が手の込んだ影絵のようにSRのフューエルタンクへと映る。マルーンに塗られたタンクは皮肉にもメノウ石のように美しく輝いた。

 いまいち燃え切らない朝日を前にさっきまで僕をバリアのように包んでいたバイク乗りの“意地”が急速にしぼみ、体がいっそう冷えてきた。
 僕は思わず近くにあった自販機に歩み寄り缶コーヒーを物色した。まるでここまで走ったてきたことの意味をそこに見出したかのように。
 「深煎り」だの「挽きたて」だのといったキャッチフレーズを一切無視し、右手の一番近くにあったボタンを無造作に押す。出てきた缶はすぐに開ける。手の中で缶を転がして指先を温めるのは性には合わない。

 缶に口をつけて顎ごと上に持ちあげるとコーヒー豆と練乳の入り混じった独特の香りが鼻に抜ける。苦みと酸味、そしておせっかいなまでに甘い液体が熱を保ったまま喉元を抜けていくのが分かった。挽いたばかりの豆で淹れるあのコーヒーとは似ても似つかない味だ。だが、味覚を飛び越え、僕はそれがコーヒーであるという事実だけで大きな満足を感じていた。あらゆることが理屈で埋め尽くされた日常からの離脱行為。SRとのツーリングにはコーヒーのような、飲むことに何ら必然性のない〝無駄”な飲み物こそふさわしい。コンビニやカフェのもっと上等なコーヒーであってもその関係は本質的に変わることはないだろう。

 太陽が昇り、強い光線がすべてのものを鮮やかに照らすとようやく今日が始まる。すっかり動きの固くなった下半身でぎこちなくキックスターターを踏みエンジンをかけると僕は南へ向かって再び走りだした。
 冬の朝っぱらからバイクで走り回ることに合理的な理由などあるはずもない。家を出たときよりも少し気温が高くなっていることを確認すると、今度はうんと苦くて渋いコーヒーが飲みたくなった。

雀家

アウトドアコーディネーターとして様々なメディアで活躍する小雀陣二さんが店主を務めるカフェ。アウトドア料理の達人としても知られる小雀さんのつくるカレーは絶品。二階席から港を望むことのできる絶好のロケーションなので、コーヒーとともにゆったりとした時間を過ごすことができる。

三浦市三崎3-6-11 1F~2F
営業時間:11:00~18:00頃まで
定休日:火~金曜日(要HP確認)
TEL:046‐895-3075
http://www.facebook.com/suzumeya

ライディングギア協力

バックナンバー

ページ
先頭へ