55mph - SRと過ごす週末
アナログでシンプルなSRだからこそ走りに行きたくなる場所がある。大人の週末をほんの少しだけ豊かにしてくれるショートトリップへの誘い。
「エスアールで洋食を」
写真/井上六郎
洋食が好きだ。
西洋料理ではなく、日本向けにアレンジされた和洋折衷料理、すなわち「洋食」のことである。
トンカツ、コロッケ、カレーライス、ハンバーグ、エビフライ……いずれも美味い。しかし、筆者がとくに好むのはフライと白米の組み合わせである。生パン粉をまとった黄金色のトンカツにウスターソースをたっぷりとかけ、白い飯と一緒にグイグイと喉に押し込むときの幸福感は何にも変え難い。安価な冷凍品を口にすることが多くなったコロッケも、たまにしっかりしたものを洋食屋で食べると改めてその美味しさにハッとさせられる。
ところで、僕に限らず、バイク乗りはどこかグルメな志向をもった人間が多いと思う。クルマや電車など、快適に移動できる乗り物は他にいくらでもあるにも関わらず、あえてバイクに乗るのは、多少しんどくても気候や風土を濃密に感じたいという意志の表れに他ならない。その“食いしん坊”な性向が食べ物に対しても同じように発揮されていないはずがない。
SR乗りとなればこれはもう十中八九グルメだろう。
「お腹に入れてしまえば何を食べても同じ」
そんな人は絶対にSRは向かない。
SRの空冷単気筒やキックスターターといった非効率的ともいえる仕様はバイクの“味”をより引き立てるための演出だからだ。SRで走るということはいわば蝋燭の灯りでディナーを楽しむような行為といっていい。
話を戻そう。前述のような個人的事情もあって、日帰りのショートツーリングとなるとつい横浜へ向かうことが多い。日本最初の近代国際貿易港として、様々な西洋文化の流入拠点となったこの街には洋食のルーツともいえる老舗洋食店がいまも多く残っているからだ。
まず僕が思い当たるのは山下町の「ホフブロウ」。ここはステンドグラスを用いた店内のエキゾチックな意匠とボリューム満点の名物料理、スパピザがいい。そして同じく山下町にあるホテルニューグランド内のコーヒーハウス「ザ・カフェ」。ナポリタンやドリアの元祖としても知られる名店中の名店だが、筆者には少々敷居が高い。そして野毛の「センターグリル」。昭和初期の庶民的な洋食がいまもそのまま残る貴重なお店だ。
今回はそのセンターグリルにナポリタンを食べに行った。
味付けにトマトケチャップを用いたごくオーソドックスなものだが、そこには物資が不足していた戦後に「日本でも手に入りやすい材料を使い、栄養価が高く、安く食べられる西洋料理」として完成させた先人たちの知恵が詰まっている。子供の頃から洋食に親しんでいる筆者のような世代にとってはある意味、日本食以上に日本的な味といってもいい。
さて、ここからいよいよ話を核心に移したい。そう、SRというバイクもまた洋食のような存在といえるのではないだろうか。
1978年、スペック至上主義が蔓延していた日本のバイクマーケットに現れたSRはまさに異質の価値観をもったマシンだった。実際、オフロードモデルXT500のビッグシングルエンジンをロードスポーツに搭載するというアイデアの大本は遠くオーストラリアから持ち込まれたものだと聞く。
基本的なスタイリングはそれまでの英国車をお手本とするトラディショナルなものだが、起き上がったメーターパネルやシートカウルなど、当時の日本人の嗜好に合わせたスポーティなアレンジが加えられていた。以後、SRは登場当初の様式を守りつつ、ユーザーの要望に応じて細部を磨いてゆく。そして現在ではビギナーからベテラン、若者から熟年まで愛される「スタンダード」として確固たる地位を築いているのはご存じの通り。SRに乗っていつも感心するのはスタイリングからフィーリング、ポジション、各部の仕上げに至るまでとにかく日本人の感性にフィットするということである。さりとて土着的で退屈な訳でもない。古典的でありながらわずかなモダンさを併せ持つ普遍性もSRのSRたる所以だろう。
文明開化とともに食文化が大きな転機を迫られた明治時代、上流階級によって広められた西洋料理を長い年月をかけて洋食へと変えたのは他ならぬ庶民の創意工夫の力が大きかったという。SRがカスタムのベースとして日本のマーケットに取り入れられていったのと同じように……。
撮影協力
米国風洋食 センターグリル
昭和21年に創業した横浜を代表する老舗洋食店。オーソドックスなメニューやステンレスのお皿など、創業当時から変わらない古き良き洋食の味が楽しめる。ケチャップを使用したナポリタンのルーツとしても知られている。
神奈川県横浜市中区花咲町1-9
TEL:045-241-7327
営業時間:11:00~21:15(ラストオーダー)
定休日:月曜日(祝日は営業)
http://www.center-grill.com/index.html