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55mph - Vol.2 スペシャルインタビュー 北川成人(レースマシンレストア担当)

知られざる歴史車両のレストア。その実態について聞いてみた。

北川 成人 1976年の入社以来、車体設計者として数々のレーシングマシンの設計・開発に携わってきたスペシャリスト。2013年よりコーポレートコミュニケーション部の所属となり、主にレーシングマシンのレストアを担当。これまでに 90年型「YZR250」(0WB9)や93年型「TZ250M」(0WF3)、90年型YZR500などを筆頭に、多くのマシンを復活させてきた。プライベートの愛車は発売当時に購入し、現在も所有しているという初期型RZ250。こちらも10年ほど前に自身でレストアを行ったとか。

 「私は入社以来ずっとレーサーの設計をやってきましたからね。御礼奉公じゃないですけど、レストアを通じて長年関わってきた業界に少しでも恩返しができたらと思っているんです」

 北川さんは眼光、舌鋒ともに鋭く、いかにもレース、すなわち「勝ち負け」の世界の住人といった雰囲気の方である。それもそのはずで、北川さんのキャリアは70年代終わりから2000年代にかけてのヤマハ・ワークスレーサーの歴史そのものといってもいい。WGP500でケニー・ロバーツが3年連続チャンピオンを獲得した「YZR500」(OW35、OW45、OW48)や、そのケニー・ロバーツと平忠彦がペアを組み、鈴鹿8耐史上に残るドラマを演じたFZR750 TECH21(「0W74」)、そしてV.ロッシが「Sweet」と形容したMoto GPマシン「YZR-M1」など、目のくらむような名車ばかりだ。レストアやメンテナンスを行う車両のなかには自身が設計したものもあるという。

   
       

 「市販車とレーシングマシンではその性質が大きく異なります。後者はレースで勝つための車両であり、ひとつのシーズンの間でもエンジンを含めた仕様がどんどん変わっていくからです。市販車のレストアが『当時の新車の状態』になるべく近づけるという明確なゴールがあるのに対し、レーシングマシンのレストアは市販車のような明確な完成形がそもそも存在しないわけです。担当するメカニックによって配線やワイヤーの取り回しすら違ったりする。また外装の仕上げに関しての記録も市販車と比べてあまり残っていないですね。レースの現場ではとにかく走るための機能を優先して開発が進められますから」

 

 では、レーサーのレストアとは何をもって完成とするのか。北川さんは続ける。

 「重視しているのは当時のレースの『空気』をいまに伝えるということでしょうか。一部の車両では外装の再生は展示に耐えうる最低限の水準に止め、あえてレース時に付いた傷や汚れなどをそのままにしてあります。また、当時の車検シールやサイレンサーのノイズチェックの際に施されるペイントなども当時の空気をいまに伝える貴重なディテールとしてなるべく残すようにしています」

 そのモデルがいつ、どこで、どのように活躍し、どんな歴史的意義を持ち、どう当時の人々の目に映っていたのか。それを体系的に理解できる知見がなければ見る者の心を揺さぶるレストアはできない。ほとんどの人間にとってワークスレーサーとは、実際に乗るものでも、買うものでもないからだ。獣の如き咆哮をあげ、勝利のためにサーキットを駆ける記憶上の存在なのである。そこには当然、砂や埃、飛び石による傷だってある。

             
     
 

 「メカニカル部分に関してはなるべく当時の再現を目指していますが、パフォーマンスまで完全再現という訳にはどうしてもいきません。そもそも今と昔では使っている燃料が違いますからね。90年代までのレーサーはオクタン価の高い有鉛ガソリンの使用を前提にした設計になっているので、いまの無鉛ガソリンで走らせるには圧縮比を下げるなどの対策をしなければなりません」

 北川さんのブースにはヤマハに初めて世界タイトルをもたらした60年代の250㏄GPマシン「RD56」が鎮座していた。まさに今日作業を終えたばかりという。

 
 

 「じつは点火システムを電脳化、つまりポイント式からコンピューター制御のフルトランジスタ方式に変更したんです。もちろん既存のものが使えるわけではないので、プログラム含めすべて一からシステムを製作しました。この年代のレーサーはエンジンひとつかけるのも非常にシビアで、高回転を維持し続けていないとすぐに止まってしまうんです。昨年(2016年)開催した「歴史車両走行見学会」でもなかなか始動できず苦労しましてね。沢山のお客さんが目の前でエンジンがかかるのを見守っている状況だったので、正直レースのときよりも緊張しました(笑) これでは僕がいなくなった後が大変だろうと思ってアップデートすることにしました」

 北川さんのレストアは、再現度によってその真価が図られる一般的なレストアとは別の次元の何かといってもいいかもしれない。ヤマハ・レーシングマシンの一から十までを知るエンジニアが手掛けた本当のホンモノ。コミュニケーションプラザに展示される歴戦のレーサーたちはショールームでなお「活きて」いるのだ。

 
 

コミュニケーションプラザにてレストアされたレースマシンについての詳細は、「展示コレクション」のページをご確認下さい。

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※現在コミュニケーションプラザにて展示されている車両は「展示中」ページをご確認下さい。
      

コミュニケーションプラザ

「過去・現在・未来」と「コミュニケーション」をキーワードにしたヤマハ発動機の企業ミュージアム。館内には最新モデルのほか、それぞれの時代を彩った市販車やヤマハファン垂涎のワークスレーサーなどが当時のままの姿でずらりと展示されている。3階にはソフトドリンクや軽食を楽しめるカフェスペースが用意されてるので、ツーリングついでに立ち寄るのもおすすめだ。開館日などの詳細は下記リンクより。

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